佐々木朗希の24球を見た。横にいた今中慎二さんをして「これ、お金取れるで」と言わしめた才能。ロッテ・吉井投手コーチに「宝ですね」と声をかけたら「楽しみです」とうなずいた。別の球団関係者にも同じことを伝えたら「だから大変なんです」と返ってきた。まだ18歳。宝だからこそ、人間教育をしなくてはならない。それが引き当てた球団の責務である。
佐々木朗を見たかったのは僕だけではない。阿波野、赤堀両投手コーチに小笠原、岡田…。ランチタイムと重なったこともあり、好奇心を刺激された同業者がブルペンに集まった。誰もが目を見開き、球筋を追った。それなのに、1人だけ目を閉じていた男がいる。
「途中からですけどね。音を聞いていたんです。腕を振る音が聞こえてきました。そこから空気を切り裂くブォーッという音がして、パチンと(ミットが)鳴る。久しぶりですよ。あのブォーッが聞こえたのは」
球界最年長投手の山井は、耳を澄ませていた。捕手の「さあ、来い!」に合わせて目を閉じる。右腕がしなる音。空気を切り裂く音。そして捕球音。19年のプロキャリアをもつ山井が、この若さで「ブォーッ」という音を奏でる投手を見たのは、佐々木朗で2人目だという。
「僕が入団したとき(2002年)のキャンプで聞いたのが中里篤史でした。当時19歳。しかも、中里はブォーッの前に指先でボールを切るピシッという音も聞こえたんです。今日の佐々木くんでもそれはなかったですから」
僕は知り合いのうなぎ屋の大将が教えてくれた話を思い出していた。うなぎ屋の世界には串打ち3年、裂き8年、焼きは一生という言葉がある。視覚と嗅覚で焼きを見定めるが、最後は音で聞き分ける。「ピチャッという脂が落ちる音が聞こえてくるんです」。それより早くても遅くてもいけない。山井が19年ぶりに聞いた「音」は、間違いなく本物の証しなのだろう。