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 ~ イシモチソウ( Drosera peltata )ついて考える  ~
食虫植物の栽培に関するあやしげな考察 vol.8 : JCPS情報誌 平成**年*月号(第**号)




 筆者の自宅から車で30分程、静岡県菊川市にある茶畑の一角にイシモチソウの自生地があります。研究会が数年置きに見学会を催しているので訪れたことのある人もいるのでは無いでしょうか。
 筆者が初めて訪れた30年前は、この茶畑の周辺に幾つものイシモチソウ・コモウセンゴケの小自生地が点在し、広大な自生地群となっていましたが、開発や遷移が進み、多くの小自生地が運動公園や女子大のグランドになってしまい、現在ではこの一角しか見ることが出来ません。
 その為、過去において自生地であった場所で見るべきものが、食虫植物から女子大生の太モモに変わってしまったことは特筆しておく必要があります。

 それはさておき、この自生地から何回かイシモチソウの種を採取し、紆余曲折を乗り越えて、ほぼ放任栽培法が確立出来たと判断しました。これくらい栽培出来れば能書きをタレても問題無かろうと思い報告させていただきますのでお付き合い下さい。
 なお、何せ初期の頃は一昔以上も前に当たります。自生からの成株の採集についても記載されていますが、時代が変わったことを認識して皆さまは自生地から採集することはお慎み下さることを御願いします。




 第一章 イシモチソウの概要

 和名 :イシモチソウ
 学名 : Drosera peltata Thunb.
 
 地中に球根をつくり、茎を直立に伸ばすエレクタタイプの球根ドロセラ。
 豪州から東南アジアを経て北西はインド、北東は日本と球根ドロセラ中で最も広い分布域を持つ。その為かどうも地方変異があるらしく、昨今分類の見直しが提起されており、植物の和名と学名を結びつけデータベースにした労作「YList」では、var. nipponica (Masami) Ohwi と亜種扱いになっています。しかし、筆者の好みに合わないのでこの稿ではpeltataで通します。
 
 日本に自制する唯一の球根ドロセラで、主として西日本の太平洋側に分布し、前述の静岡県菊川市より東では千葉県と茨城県ぐらいしか発見の報告がありません。
 植物体が立ち上がり、扇形の葉を互生させている草姿は優美で、とても鑑賞価値が高いのですが、生育期間が4月~7月と短く残念なことこの上ありません。
 筆者の居住する静岡県袋井市での栽培品の観察の結果からすると、3月下旬から4月に掛けて芽出しをし、5月の下旬から逐次開花して、一つの花は1週間ほど持つ。梅雨前に受粉して梅雨明け頃に結実する。この頃には地上部が痛み始め8月にはほとんど枯れてしまい、球根のまま春を待つというサイクルで生育しています。
 
 豪州産の球根ドロセラを栽培する人はそこそこいますが、日本産のイシモチソウを栽培している人は余り聞きません。まあ日本産のドロセラそのものが広く栽培されていないので当たり前かも知れませんが、イシモチソウの栽培は他の日本産ドロセラとは一線を画します。
 また豪州産球根ドロセラともちょっと違うようで、こちらが巧く栽培出来てもイシモチソウは巧く行かないとかその逆もしばしば耳にします。 
 
第二章 それほど力が入っていない栽培奮闘記(敗北の記録)




 筆者が初めてイシモチソウを見たのは、かの有名な千葉県にある『成東・東金食虫植物群落』で、もう35年も前になります。
 さすがに当時でも国指定の天然記念物でイシモチソウを採集するような愚かなマネは出来なかったので、栽培を試みるためにイシモチソウを採取したのは岡山県の瀬戸内海にある定期便船さえ無かった島(当時)、大学や図書館で調べた文献から地名だけを頼りに訪れ、島中をほっつき歩き自生地を見つけ、5株ほど持ち帰ったのです。
 この頃の栽培に関する情報はガーデンライフか近藤先生の著作しかなく、両方ともイシモチソウについては詳しい記述もない状態ではありましたが、下宿の窓際で成長し花を咲かせました。しかし種子も出来ず、球根もカラカラに乾かしてしまったため、翌年に姿を見ることはありませんでした。
 就職し静岡県に戻った昭和の終わり、研究会の見学会で冒頭の菊川市(当時は菊川町)の自生地見学会にも参加しましたが、何を血迷ったのか仕事が面白くなり、一時食虫植物栽培から離れ、仕事へ、酒へ、オネーチャンへ勤しむ日々が続いてました。
 ところが平成12年になってたまたま訪れた仕事先が菊川の自生地の隣。季節は梅雨明け、イシモチソウの真っ盛りはすぎていましたが、なんだか懐かしくなり食虫植物バカが復活して、種子をホンの少し持ち帰り栽培を再開。ミズゴケを粉にしたものに播種すると8割方発芽しました。 何だ簡単じゃん!
 過去の失敗を鑑みてそのまま腰水で栽培し続けましたが、翌年芽は出ませんでした。過湿すぎて腐ったようです。何でやねん!
  リベンジを期して再び自生地に向かい50粒程採種して昨年同様播種。1~2mmの球根を40ヶ程得ることが出来ました。
 地上部が枯れた後、赤玉土・ピートベースの混合用土に植え替えましたが次の発芽は僅かに5本。実生1年目の糸のように細い茎から倍ぐらいの茎になり、球根も3~4mm。これで行けると当時は考えていました。
 その後、24時間冷暖房の場所で栽培するようになったのですが、5ヶの中球根が20本を超える小球根になったり、それが半減したり、2本しか芽が出なかったり、再び10本になったり、と増減の幅が大きく、毎年春先に"今年は芽が出るだろうか"とヒヤヒヤしたものです。
 兎にも角にも、手持ちの数が無いと栽培法も試せないと増殖実験に手を染めたのでした。

 第三章 イシモチソウの増やし方

 自然界におけるイシモチソウの増え方は種子からと分球になります。これに加えてドロセラ類は葉挿しという増やし方を付け加えることが出来ます。





1) 種子による増殖
 
 当地ではイシモチソウの種子はだいたい7月ぐらいに採種出来ますが、それを採り蒔きするとお盆過ぎに発芽し、11月頃まで生育して1mm程度の球根を作ります。
 発芽率は50%弱、夏から秋までの短い生育期間では出来て1mmほどの球根ですので、球根で越年し発芽する株はかなり減ります。
 春先まで保存してから蒔いてもさほど発芽率に変化はありませんが、イシモチソウの発芽メカニズムのスイッチは弱い低温感知ですので、冬の寒さに当てると発芽率が70~80%に向上します。冬場に播種して良いのですが、軽く湿らせたティッシュ等に種子を包み、ビニール袋に入れ、冷蔵庫に1~3ヶ月くらい保管してから蒔き、冬場は加温して生育期間を延ばすというやり方も出来ます。
 この「湿低温処理」は種子が越冬する多くの食虫植物に応用できますので各自お試しください。
 春に発芽したものは成株が枯れてしまう夏場も乗り切り、秋には1~2mmの球根となります。


2) 分球
 
 イシモチソウは球根の栄養を使って成長し新しい球根を作ります。元の球根が小さい内は一つしか新しい球根を作らないことがほとんどですが、充実した球根の場合に複数の球根を作ることがありこれを「分球」と言います。
 大体は大き目の球根一つと小さな球根が幾つかとなるのですが、吃驚するほど細かい球根に分かれてしまうこともあります。筆者の観察では肥料を多く与えた場合に小球根への分球傾向にあるように思えます。
 しかし「分球」をコントロールして増殖計画として盛り込むのは不可能でありましょう。


3) 葉挿し
 
 イシモチソウは茎から葉柄を伸ばし扇型の捕虫葉を複数着けます。これを切り取り捕虫葉の裏面が用土に密着するように挿せば1~2ヶ月で葉の表面から新しい芽が出て、半年ほどで直系1mm程の球根が出来るでしょう。
 筆者は良く使う葉挿し用土はミズゴケを細かく刻んだものですが、プラコップに水を張り、葉を水面に浮かべるという方法もあります。
 葉挿しで出来た小苗も実生と同様に夏を越していき、秋には1~2mmの球根となります。出来るだけ早い内に行った方が生育期間が長くなるので筆者はGWに行っています。

 第四章 イシモチソウ栽培の壁




 前章で記載したとおり、播種や葉挿しによって1~2mmの球根を得ることはさほど難しくありません。ところがこれを3~5mmに育て上げようとすると途端に歩留まりが悪くなります。
 地上部の生育期間中はイシモチソウ自身が調整してくれるので多少のことは問題となりませんが、休眠期間中の球根を鉢に植え込んだまま放置したままにしておくと、腐ったり、萎びたり、凍ったりして消失してしまう可能性があり、小さな球根程その傾向が強くなります。
 生ミズゴケとともに冷蔵庫保管なども試してみましたが、小さな球根の消失は防ぎ切れず、また大きい球根も春を待たずして発芽するなど鉢に放置するよりは幾分増しか程度の効果しかありませんでした。
 混合用土・赤玉土単用・鹿沼土単用・ピート単用などの各種用土、肥料の量の変更など色々条件を変えても思わしくなく、イシモチソウの安定栽培はここに来て完全に暗礁に乗り上げました。
 結局、5球程植えた鉢を複数用意し、消失を防ぐという栽培家としては敗北宣言とも言える結論しかないのか。自生地も近いことだしそこに見に行けば良いか。
 大阪方面から「やっぱりミズゴケ用土最強説。イシモチもいけます。」などとの声も聞こえてきましたが、筆者はイシモチソウ栽培における実験計画をすべて手仕舞いとしたのでした。
 

 第五章 放任栽培への道




 平成19年の5月頃と記憶しています。山野草展で知り合った近隣の山野草愛好家のお宅を訪ねると、ほったらかしの草ボウボウの鉢からイシモチソウが出ているのを見ました。
 話を伺うとイシモチソウを栽培しているのではなく、変わり種のススキの一種を育てているとのこと。それが水を欲しがるので水盤に置いているとの事でした。
 イシモチソウについてさらに聞くとあんまり記憶がないが、多分毎年出てると思うし、そのススキ自体は大昔に山取したとのことです。場所は冒頭に出てくる菊川市の運動公園に為っているところでした。運動公園になる遙か以前に採取したそうなので、この鉢のイシモチソウは20年以上維持されている訳です。
 
 何故に専門に栽培しようとしている筆者がダメで、雑草処理の手抜きしている人が結果として維持出来てるんでしょう。理不尽極まりない現実にしばし呆然としたのでした。
 とは言え、何かしらの理屈が成立し、維持出来ている訳ですから色々観察させて戴きました。
 
①イシモチソウの球根は細かいヒゲ根の部分に埋っているなぁ~、ススキでは無く小さなイネ科の雑草のの根の中の様だ。
②鉢の表土はすべてスギゴケに覆われているがイシモチソウはそれを突き破って伸びている。コケは土壌水分の保持にも一役買っていると思われる。
③長く伸びたイシモチソウはススキや雑草にもたれかかっている。
④ススキがデカ過ぎて、イシモチソウの鑑賞性が悪い。
⑤鉢は水盤に置かれているが、頻繁にカラカラにしてしまうらしい。
⑥でもススキの根が溜め込んでいる水分で数日は問題ないらしい。ススキの他に雑草が覆い茂っているが、冬季の凍結防止の目的でそうしている。
 
 つまり、この鉢のイシモチソウが維持出来た理由は「共存植物によってイシモチソウに適した鉢内環境が出来ている!」 ということの様です。では、自分でどうそれを作るかが問題となります。
 

 第六章 放任栽培鉢の構築

 まず初めに検討したのが共存植物の選定であります。筆者の栽培場には色々な食虫植物以外の植物が所狭しと生えており、もちろん目的を持って栽培しているものもありますが多くはいわゆる雑草であります。その中より、
①冬場の凍結防止の観点から一年草はダメ。
②鑑賞性から考えて高さは最大10cm程度、幅広の葉を持つものもダメ。
③花も咲かない方が良い。
④細かい根がたくさん伸びるものが良い。
⑤繁殖力が強すぎても邪魔くさいので、穂があまり出ないもの望ましい。
 




 そうやって選んだのは、名前も調べられなかった雑草そのもの。高さは10cm程度、細い葉がコンモリと茂り、根も細かい。穂らしいものもあまり出さず、春先に丸刈りしてもすぐ回復する。誰か特定できる方はいらっしゃるでしょうか?
 欠点としては葉に力が無いのでイシモチソウが持たれ難いこと。そこで補助としてヒメワタスゲも植え込むことにしました。ヒメワタスゲは大きくなっても15cm程度、根はサラセニアのような根ですが水の吸い上げも良く、増殖性も高くないし、茎も丈夫なので持たれようの共存植物としては最適です。草姿に日本的な上品さがあるので本邦産ミミカキグサの添え物として以前から使用していました。
 表面に貼るコケとしてはスギゴケ・ヤマゴケ・ウィローモスを用意しました。
 
 鉢の仕様は次の通り。
 100円ショップで購入した18cm×18cm×H15cmのプラ各鉢の底にひゅうが土の大粒を2~3cm入れ、その上に下から、ピート量多めの混合用土を4~5cm、ピート量中の混合用土を4~5cm、ピート量少なめの混合用土を2~3cm、最終的には鉢の縁から1cmほど低い位置まで入れる。混合用土のレシピは桐生砂・ひゅうが土・富士砂・矢作砂・鹿沼土を等量混合。これの基本量1に対し、ココピートまたはベラボンをピート量多めは3、ピート量中は2、ピート量少は1の比で混ぜています。
 
 さて用意した鉢に共存植物を植え込み、コケ類はその株回りに配置してからおよそ3ケ月、共存植物が良く馴染むのを待ってからイシモチソウを植え込みましたが、球根の植え込み深さという課題もありました。
 以前、豪州産の球根ドロセラの大家に訪ねたところ
 「球根サイズの4~5倍ぐらいの深さに植え込むことが基本」
 との回答がありました。
 しかし、4~5倍の深さだと成株サイズである5mm球根でも深さ2.5cm。温暖な静岡県袋井市でも冬期に凍結の恐れがあります。試行錯誤の結果、ことイシモチソウに限っては球根サイズに係わりなく、最低5cmは植え込み深さを取った方が良いとの結果が出ています。
 植え込み場所は共存植物の細かい根が掛かる位の場所としました。
 

 第七章 放任栽培の記録




 こうして平成19年の初秋に5球植え込まれた鉢は、翌平成20年にはしっかりと5本の芽を出し、順調に生育し花も付けました。
 平成21年になると分球したためか前年よりやや小振りですが10本以上となり、さらに平成22年になるとこぼれ種から発芽したと思われる実生株も見られるようになりました。
 平成24年頃には20~30本、大きい株は20cmを優に超え、平成27年(現在)には40~50本、20cmを超える株は全体の5割ぐらいになり、30cmに届くものも見られるようになりました。これくらいのサイズになると通常は分岐しても花芽にしかならなかった枝が捕虫葉を幾つも付けるようになり、イシモチソウとしてはほぼ成長しきったと言えます。
 腰水で全日照栽培。その他の世話として行ったことは、共存植物以外の雑草駆除、伸びすぎた共存植物の剪定、増えすぎたコケ類の駆除ぐらいで、最初の2~3年は追肥をしましたが、その後は無肥料。
 ほぼ放任栽培法が確立したと言えます。 ・

 あとがきに変えて




 イシモチソウの成株は即売会でも展示物としても滅多に出てこないので、鉢植えのイシモチソウを入手する機会はほとんど無いでしょうから、皆さまが入手する際には種子か球根を手に入れることとなります。
 それとて、さほど出回っているとは思えませんが、入手を志している方は予め共存植物として適した植物を探して置くことをお奨めします。共存植物は夏場~秋に掛けて、背の低い稲科の植物を河原や草地で探して見て下さい。鑑賞性の問題はありますが、他の食虫植物にも応用が利くのではないでしょうか?
 ところで筆者はこのように自慢出来るイシモチソウの鉢を作り上げることが出来ましたが、いつまでこの状態を保つことが出来るでしょうか?
 鉢から用土全体を引き抜いて分割してやれば良いとのアドバイスを受けましたが、ヘタレな筆者はまだ試みる勇気がありません。仕方がないので放任鉢をまた幾つか作り始めているのですが・・・・・
 アレ?・・・・・なんかこの結論可笑しくないか?
 
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