なぜ、美形を前に感情が波立つのだろう
眼前に超美形の端正な男がいる。
相手は誰でもいい、自分が最も好きなタイプでいい、たとえば、
今、若い子なら横浜流星さんとか、中村倫也さんとか、もっと上なら佐藤健さんとか、小栗旬さんとか、西島俊秀さんとか。
これ、美女でもいいよ。
ともかく、想像してみておくれ。
自分がドキドキして、ちょっと平静ではいられないような美形。
もし、その人が目の前に座っているとしたら・・・
それが戦国時代に名高い軍師・竹中半兵衛。
一分も隙のない佇まい、そして、無言。
表情は薄く、まぶたを少しだけ降ろして、影がかかったような目つきでこちらを見ている。氷のような表情って、こういうのを言うのだろうか。
氷の美男美女を前に、人が最初に行う共通の儀式があるって思う。
男性は顔を見てドキドキし、女性は彼の醸し出す雰囲気にドキドキして、両性とも軽く緊張の汗を手のひらに感じるんだ。
これは脳科学の話なんだけど、女性と男性じゃあ、美男や美女の見る場所が違うのだそうだ。
男の場合は顔一択。美女を前に脳の視覚野を司る部分が活発化するらしい。つまり、見た目が100パーセント。おい! コラ、まんまじゃないか。
一方、女性は同時に前頭葉にある言語野の部分も活性化するらしく、つまり顔だけじゃなく、全体の雰囲気や会話なんてのにチェックいれてる。
こやつ、イケメンだけどダラシないとか、話が真面目すぎてダメとか、もうね結構、厳しい。
だから、魅力を感じる男性が完璧な容姿じゃないのは、そのため。
過去にはジョニー・ディップみたいな男が1番人気なんてことあった。
ジョニー・ディップにある男性フェロモン、なかなか普通の男性が真似ができないけど、ただ、一つわかるのは、ああいう男って行動に照れがあるんだよ。
ちょっと、照れる。
大げさな行動しちゃったあとにシャイに微笑む。ここに女性って、キュンってくるツボがあるんだって思う。
自信満々な態度じゃなくてね。
だから、超イケメンが超イケメンぶりを発揮しすぎると、ちょっと引いちゃったりする。
ここから下の意見はアメの偏見だから、あんまり真に受けないで欲しいけど。
イケメンがニコッとして。
「なぁ、今度、酒を奢らせてくれないか」などど、シャイに言われたら、むっちゃ、ドキってする。お酒、飲めないけどな、そこんとこは置いとく。
しかし、「俺とワインの世界で漂わないか」なんて言われた日にゃあ、あんたは、ジェラーモかってツッコミ入れながら、その場で吐く!
つまり、何が書きたいかって、イケメンを前にして、女は緊張するけど、それは顔だけじゃないくて、全体の雰囲気がイケメンでなければならないってことなんだ。
横山城、竹中半兵衛の屋敷で
竹中半兵衛だが、雰囲気も声もいい。
ちょっとハスキーがかった低音で言葉数も少ない。
オババがね、もうね、ぼうってしてる。密談どろこじゃなくなってる。
暑い日だから、障子は開けたままで、薄暗い室内では静かな何も言えない時間が過ぎてくけど、その緊張感だけで一雫の汗が背中を伝った。
たぶん沈黙の時間、10秒もなかったけど、それでも長く感じた。
「あの」と、同時に私とオババが声をかけ、それからオババがこっちを見て先にどうぞって目配せした。
おお、オババが譲っている。
「秀吉様はなぜ謀反を」
私は聞いてみた。
1573年に謀反って、「本能寺の変」はこの9年後だから、それも明智光秀が行うのであって、羽柴秀吉じゃないから。
その明智光秀の城に秀吉が蟄居(ちっきょ)なんて、もうね、ありえへん。完全に逆転してる。
我らの存在が歴史を変えてしまったとしたら、現代に意識が戻ったとき、私はいるのか。それともオババはいるのか。
「なぜ、それを知りたい」
「大事なことなんです」
イケメンだろうが、私は突っ込んだ。自分の存在自体が危ういかもしれないんだ。未来の家族は絶対に守るって勢いになってた。
「羽柴様は刀根坂の戦いで信長公のご不興を買ったのだ」
「まさか、その、織田様が怒ったとき、反発なされたとか」
半兵衛は何も言わない。
ただ、静かに佇んでいる。
セミの声が一段と大きく聞こえた。暑い日なのに寒かった。
一拍おいて、半兵衛の顔がわずかに下を向く。つまり、肯定したのだ。
なぜ? 反発したのは退きの佐久間とよばれる佐久間信盛のはず。叱責されたメンバーは古参の重鎮ばかり、このなかでは秀吉が最も身分的には低く新参者だ。その彼が先に言うなんて、それこそありえない事態だ。
なぜ、彼が。
私はとっさに言ってしまった。
「そんなバカな。口答えしたのは佐久間のはず」
はじめて半兵衛の顔に表情があらわれた。彼は目をあげると私を凝視した。
「佐久間・・・、その物言いはどういうことだ」
「も、物言いって、佐久間は佐久間で」
「アメ様」と、弥助が小声で言った。「丁寧語で、ここは」
半兵衛の声は鋭い。
弥助の小声にかぶせるように低く怒鳴った。
「この場でそなた達を捕らえることもできる!」
鏡はないけど、その時、私、自分の表情が見える気がした。
きっと、大口を開けて、あわわって顔してる。間違いなくしてる。
だって、こいつはイジメられた相手を殺すような、そういう怖い男だ。
「申し訳ございません、竹中殿。この者は巫女です。時に目に見えないものが見えるオナゴでございます。お館様はそれに興を覚え、わたくしめを仕えさせました」
弥助、ナイスフォロー!
半兵衛は彼の言葉をどう受け止めたのか、ただ、口を軽く曲げた。
「竹中さま」
私は必死に訴えた。
「ことは急を要するんです。このままでは、織田、じゃない織田様包囲網が再び息をふきかえします。その時は、もう後がないと」
「ほうい・・もう?」
「あっと、えっと、その、織田様をですね。こう、なんていうか、浅井と幕府と、毛利とか、そのほか、武田とかが、周りを囲んで、くるっと、まるっと」
「ほう」
「だから、浅井を兵糧攻めしている時間はないと言いたいのです」
このイケメン、まったく動揺しないし、顔色を変えない。
ほら、オババ、そこで顔ばかり見てないで、なんとかしてよ!
てか、全く役立たずになってる。よほどツボなんか、彼。と、その時、半兵衛、どっかで見た顔だって思ったんだ。
まだ、若いけど。
1573年の竹中半兵衛は29歳の若さなんだ。この6年後、夭折するけど。天才軍師は、まだ若造で、この顔は・・・
「あ!」
思わず声を出して、私は顔をしかめた。
「どうした」
「いえ、あの、こっちの話で」
半兵衛、オババの妹の夫である叔父の若いころに似ている。
そうだ、うちの叔父さん。相当のイケメンでオババの幼馴染で、おそらく、愛し合っていた過去がある。
オババ、若き日の恋心をいま思い出したか。というか、人ってどうして、こう、同じ系統の顔に恋する。
私はオババを突いた。
その時、オババ、いきなり奇妙なことを言いはじめた。
「怖いのか」
えっ、それ?
「恐れるな、この娘の言っていることは真実だ」
「恐れてなどおらん。そなたたちは一体全体、何を根拠にそう申す」
「それは・・・」
半兵衛という男は理詰めで考える根っからの理系だと思った。おそらく、幽霊とか信じないタイプで、占いや巫女などバカにしているだろう。
どうしようか。
ただ、彼は優しいところがある。歴史上に残っている逸話から考えればそういう男のはずだ。
細面の繊細な、そして、女ぽい容姿に似合わず剣の腕も相当だったはず。
完璧だな。
もう仕方ない、当たって砕けろだ。
「このままでは、まずいのです。竹中様、あなたは山本山城主である阿閉貞征の調落は終わりましたか?」
「なぜ、それを」
はじめて半兵衛の顔に動揺が走り、思わず立膝になった。
「先ほど、知らせがきたばかりの」と呟いて口をつぐんだ。
庭先でみた武将は、そうか、阿閉の者たちだったのかもしれない。
「私は特殊な巫女であります」
彼は立膝のまま、こちらを睨んでいる。
「そういう類は信じぬ」
「では、未来を見るものと」
「未来?」
「そうです。明日を見ることができるのです」
ふいに、半兵衛は吹き出した。笑うと若さが見えた。
「真面目に言っているのか」
「真面目です。世の中には不思議があるのです。例えば、阿閉の攻略を知っているような」
「そなたは間者か」
「いえ、では、竹中様」と言って、彼の若い時の逸話を考えた。
ああもうね、Google検索したい。
何があった?
「あなた様が初陣で大将となったのは、長良川での戦いのとき。お父上が不在だったからです。籠城を成功させたのは、まだ10代でした」
「ほお」
この時代は新聞やテレビ、ましてネットなどない。個人の戦功など、噂程度で、よほど近しいものしか知らないはず、それを詳細に伝えれば、きっと。
しかし、現在に伝わる史実が正しいとも限らない。半兵衛は謎が多いのも事実だった。いったいどこまで話したらいい。
「主君である斎藤龍興は女に溺れるうつけで、あなた様はイライラなさった。織田殿に仕える理由はそこからです。そして、信長殿は浅井に仕えていたあなた様の人脈が必要です」
「では、明日を見るものよ、聞こう。あの城にはお市の方さまがいらっしゃる。むやみに攻めることはできぬ」
「大丈夫です。必ず、お市の方様は助かります」
「そなた名前は」
「アメ」
「アメよ、もし、お市の方になにかあり申したら、そなたの命では償えぬ。死ぬより辛い目に合わせようぞ」
なんせ、こっちだって必死なんだ。未来の家族の生存は正しい歴史にかかっている。それが変わるなんて、それこそ、ありえんから。
お市の方、それ以上に、その三人娘が生き延びなければ、未来は全く別物になってしまう。それこそ、天皇家まで変わってしまう。
その瞬間、オババが凄んだ。
「やれるもんなら、やってみよ!」
オババ〜〜〜。
やっと正気にもどったか。
・・・つづく