東京2020 祝祭の風景
アスリートや市井の人々の思いに耳を傾けながら、この国の風景を見直す
トップ > 社会 > 紙面から > 2月の記事一覧 > 記事
【社会】<あなたは悪くない 性暴力に苦しむ人へ> (上)勇気の声 一人じゃないよ
風呂場や洗面台で、顔を下に向き続けていると気分が悪くなるのが不思議だった。「秘密だよ」という言葉を聞くと、なぜか喉が詰まったように苦しくなった。原因が三十年以上前のトラウマ(心的外傷)だったなんて-。関東地方在住の女性(37)が、それに気付いたのは、父親の同僚から性暴力を受けた記憶がよみがえった二〇一八年秋のことだ。 真っ赤なジャンパーに青いズボン。おかっぱ頭の少女がイチゴ畑を背にあどけない笑顔を向けた一枚の写真。父親とその同僚六人と出掛けた旅行の一コマだ。女性は当時三歳。その晩、酒に酔った父親は同僚に娘を風呂に入れてくれるよう頼んだ。手を挙げたのは四十歳前後の男。「嫌だな」。覚えているのは、そう思いながら服を脱がされるシーンまでだ。 記憶のふたは閉じられたまま、十五~二十八歳は拒食症と過食症に苦しんだ。体重が三五キロまで落ち、生理が止まったこともある。短大生時代には、七〇キロ超に太った姿を見られたくなくて退学し、管理栄養士になる夢を断念した。それでも、摂食障害の体験者から話を聞いて「自分も回復できる」と信じて克服した。三十二歳で結婚。順調かと思われたその三年後、「好きな人ができた」と夫から別れを告げられた。裏切られたショックが、三十数年前の記憶を呼び覚ました。 あのとき男と風呂場で二人きりだった。体をなでられ、「気持ちいいか?」という問いに首を横に振ると、男は鬼の形相に。頭をつかまれ、湯に何度も沈められた。翌日、二人きりになっては「絶対に言うなよ。言ったら殺す」と脅された-。記憶がフラッシュバックして過呼吸やパニックの発作に陥った。 昨年から性暴力の被害に遭った人による自助グループに参加している。今思えば、摂食障害も、性暴力の経験が裏側にあったのだろう。長い間苦しんできたが、体験を仲間と語り合うことで「恐怖心や苦しみを手放していっている」ような感覚になる。 昨年三月に性暴力事件の無罪判決が相次ぐと、被害者に寄り添う声を上げようと人々が花を持って集まり、フラワーデモが始まった。デモは全国に広がり、同十二月十一日には、女性の地元で初めて開催された。 顔を隠すようにマスクをして出掛けた。輪になって立ち、体験を語り、聴き合う参加者たち。話すつもりはなかったが、優しい雰囲気に押され、マイクを握った。「似たような人がいたら『一人じゃない』と思ってもらいたかったから」。傷痕は消えない。でも、同じように苦しむ人のためになれたらと、声を上げた。 ◇ ◇ 昨年四月に始まったフラワーデモには、性被害に苦しむ女性たちが参加している。勇気を振り絞って語る言葉が、別の被害者を救う。「今度は自分が」。女性たちはバトンをつなぎ、性暴力の根絶を願う。三月八日は国際女性デー。女性たちは全都道府県でのフラワーデモ開催を目指す。 (この連載は浅野有紀、飯田樹与が担当します) ◆被害者の半数PTSD 二次被害のケースも精神科医としてトラウマ(心的外傷)のケアに当たっている小西聖子・武蔵野大教授によると、性暴力の被害に遭った人の半数近くは心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症している。被害体験を思い出せないなどの「回避症状」も多いという。被害者は自己評価が低かったり、人に「ノー」と言えずに身を守る力が弱くなり、いじめや再被害など二次的被害に遭うケースもある。 「大事なことは、独りぼっちにしないこと、ならないこと」。小西教授は信頼できる人や、全国にある性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターへの相談を勧めている。 PR情報
|
|