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「人質司法」に挑む日本人CEO、ゴーン氏同様に勾留


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酒井氏は一旦は有罪を認めたが、妻は諦めなかった

By Peter Landers
2020 年 1 月 31 日 13:28 JST 更新プレビュー



自身の会社が建設した道路擁壁の前に立つ酒井政修氏 SHIHO FUKADA FOR THE WALL STREET JOURNAL


 【東京】79日間にわたって勾留された酒井政修氏(63)は、長時間座らされた苦痛に耐えられず、罪を告白した。しかし彼は、そんな罪は犯していないと語っている。

 建設会社のオーナーである酒井氏は、係官の指示の下、勾留施設の中で立ち上がることも、横になることもできなかった。皮膚の床ずれがヒリヒリ痛み、家族が恋しくなった。家族との面会は許されず、彼の弁護士は、すべてを認めることを彼に促した。

 酒井氏によると、彼は、毎日のように尋問を受けても一歩も引かず、9700万円での青梅市発注の道路擁壁工事の契約受注について、公契約関係競争入札妨害(談合)の罪を犯していないと主張し続けた。しかし、2018年9月にようやく公判が始まると、彼は有罪を認め、少なくとも裁判が終わるまでの間は自宅に戻れることになった。

 裁判所は、彼に有罪を言い渡すための第2回公判の日程を正式に決めた。日本の検察は、起訴した被告の99%以上の有罪率という記録に新たな勝利を追加できるはずだった。

 しかし酒井氏の妻の成子さんは諦めなかった。眠れぬ夜が続く中、インターネット上で別の弁護士を探し出し、午前3時に連絡を取った。わらにもすがる思いだったと彼女は語っている。

 新しい弁護士が弁護を引き受け、酒井氏は、無罪に主張を変えた。これは今回の裁判における最初の転換点であり、その後のより大きな驚きの展開につながることになる。

 検察側は、酒井氏が起訴事実の通りの罪を犯したことを、引き続き確信していると述べたが、それ以上のコメントは拒否した。法務省成人矯正課の専門官によると、被疑者を座らせるのは普通のやり方だという。時間に追われる係官にとって、収容者が何も隠し持っていないと一目で確認する必要があることがその理由だ。同専門官は、特定のケースについてはコメントできないとした上で、座ることが苦痛である者に対し、収容施設側がそれを強制することはないだろうと語った。

 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の事件を受けて、日本の司法システムに関心が集まっている。批判的な人々は、同システムについて、被疑者を長期間拘束し、弁護士が同席しない状態で尋問し、一時的な自由や刑の軽減との引き替えで自白を強要するという一種の「人質司法」だと評している。12月末に日本から逃亡したゴーン氏は、金融犯罪の罪を否認したことで罰を科されたため、不公正な扱いから逃避したと語っている。

 日本の当局者らによれば、司法当局は人権を尊重しており、独立した裁判官が被告に公正な審理の機会を提供しているという。ゴーン氏の主張への反論として法務省がネット上で公開しているQ&Aでは、日本の司法システムは「自白を強要するものとはなっておらず…」などと説明されている。森雅子法相は、日本の犯罪発生率は他の諸国と比べて極めて低いと語っており、与野党とも、国の治安維持に寄与していると国民に信じられている司法システムの変更には消極的となっている。

 それでもなお、一部の日本の法律専門家は、外国人よりも日本人の被告に影響を及ぼすことが多い問題点をゴーン氏が指摘したと述べる。

 「自白をなんとか引き出す取り調べ方をしている」と指摘するのは甲南大学法学部の笹倉香奈教授だ。同教授によると、取り調べの係官は「一番弱いところをついている」。容疑者の抵抗する意欲を失わせるため、「『こどもが泣いているぞ』といった心理作戦が続いている」という。

 酒井家は1894年から、東京都西部の青梅市で小さな建設会社を営んでいる。酒井氏は高校卒業後にこの会社に入り、父から事業を引き継いだ後、青梅建設業協会の会長に選ばれたことを誇りに思ったという。

 酒井氏によると、青梅市が2017年に道路擁壁工事の指名競争入札を行った際、同氏と他の業者はこの事業が赤字になるだろうと思った。現場に厄介な勾配があったためだ。しかし、青梅建設業協会の会長として、引き受ける責任を感じたという。新しい道路を建設するためには、その擁壁が必要だったからだ。同氏は仲間の業者の一部に電話し、誰も引き受けたいと思っていないことを確認した。同氏は市の予定価格の上限をわずかに下回る額で入札し、契約を獲得して、従業員に擁壁を作らせた。
 


酒井夫妻 PHOTO: SHIHO FUKADA FOR THE WALL STREET JOURNAL


 2018年5月のある日曜日の午前8時に、警視庁捜査2課の係官が酒井氏の自宅のドアをたたいた。酒井氏は、話をしてもらうため、すぐに都心まで出て来てもらわなければならないと言われたと記憶している。その日は午後11時まで自宅に戻れなかった。

 それは、取り調べの始まりだった。週に何回か行われたが、厳密には任意の取り調べだった。酒井氏は当初、警察が地元の政治家を追っているのだと思っていた。その後7月、警察は談合の疑いで同氏を逮捕しに来た。

 その逮捕で、当局がメディアによる騒動を作り出す力があることを酒井夫妻は思い知った。問題の金額は、7兆円以上の年間予算を持つ東京都においては、取るに足らない額だった。日本の最高経営責任者(CEO)たちの中にあって、酒井氏は、カルロス・ゴーン氏が著名であるのと同じくらい無名だった。しかし、酒井夫人の記憶によると、その逮捕は全国ネットのテレビで終日報じられ、メディアはこれが氷山の一角である可能性があると論じた。ある全国紙は「衝撃事件の核心」という連載で酒井氏を特集し、酒井氏が擁壁の契約獲得のためにコネを使ったという検察側の主張を伝えた。

 北海道大学の稗貫俊文名誉教授は、酒井氏が潜在的な競争相手と入札計画に関する情報をやりとりしていただけに、当局には談合を疑う理由があるとし、「どうして電話したのか。うたがわしい。相互了解があったと解釈するのが自然である」といった内容の発言をした。

 酒井氏によると、収監後は警察の取調官や検察官が自白を促してきた。取調官は「早く認めろ。認めれば早く出られる。家族に会いたいだろう」といったような言葉を言い続けていたという。

 酒井氏は、自らの主張を繰り返した。「ずっとこの一点張りだった」と彼は記憶している。

 酒井氏の妻と娘たちは酒井氏に面会することができなかった。酒井氏の事業が家族経営で妻や娘たちもかかわっており、証拠隠滅などで酒井氏を手助けする恐れがある、と司法当局が判断したためだ。ゴーン被告の妻と息子が面会を禁じられたのと同じ理由だった。酒井氏は勾留されている間に25キロほど体重が減ったと語った。

 酒井氏によれば、同氏の息子は事業にかかわっていなかったが、最初の弁護士は裁判官の心証を害するのを恐れ、裁判所に対し面会の承認を求める申請を行わなかった。酒井氏によると、その弁護士のアドバイスは、「認めて早く出ちゃいなさい」だったという。

(第1回公判で酒井氏が)公訴事実を認めると、妻は酒井氏を連れて新たな弁護士である郷原信郎氏の下を訪れた。郷原氏は弁護士活動に入るまで、23年間にわたり検事だった。酒井氏は(公判で)再び戦うことを決意した。酒井氏は、勝算の見込みの少ない戦いであることは分かっていたが、「納得がいかない」と語った。

 酒井氏の無実を証明するため、郷原氏は検察側が示したいずれの点についても反証しなければならなかった。郷原氏は酒井氏の主張を支持する同業者5人を証人として召喚した。そのうちの1人は証言で、罪状を裏付ける文書に署名するよう検事から執拗(しつよう)に迫られたが、実際のところは、酒井氏から入札案件の落札を熱望するような話を聞いたことはなかったと話した。

 弁護側は東京の道路擁壁工事入札に関する調査を行い、その結果、大半の案件で応札業者がだれもいなかったことが判明した。郷原氏は、酒井氏の行為は地元自治体をだまそうとするようなものではなく、地元のために一役買おうとして入札に手を挙げたのだと主張した。

 弁護士の同席しない検察官による取り調べの中で、酒井氏は契約が欲しかったと述べたとする文書に署名した。郷原氏は尋問時の録音テープを改めて調べ、酒井氏が契約は欲しくなかったと語っていたことを突きとめた。形式上は証言の要約とされる調書に酒井氏は署名していたものの、それは実際の彼の発言と矛盾するものだった。

 東京地検の齋藤隆次席検事は、取り調べ内容の録音はこの数年の間に始まったもので、司法制度上の重要な変更だと指摘した。その上で同氏は「自白強要が裁判の争点になったことはほとんどなくなっている」と語った。齋藤氏は酒井氏の裁判については論評しなかった。

 日本では大半の被告人が反論しない。酒井氏は例外的ケースであり、判決は例外的な結果になった。昨年9月、酒井氏は圧倒的に不利な状況を覆し、無罪判決を勝ち取った。妻の成子さんによれば、裁判長は当初、今回の事案が正式裁判になった際、一瞬いら立ちの表情を見せたが、(判決の際には)「長いあいだお疲れ様でございました」と語ったという。

 酒井氏は経営責任者の職を娘の1人に譲った。また同社は青梅市の入札への参加が再び認められている。しかし、東京地検は(無罪判決を不服として)東京高裁に控訴しており、裁判は終了していない。「間違った生き方をしてきたとは思わない。大変な思い、どうしてしなければいけないのか。悔しい」と酒井氏は語った。




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