出張の移動時間の友として携行した本書、読み終えたもののどうしても再読したくなって二度読み、三度読みしてしまうぐらいに興味深い内容でありました。いわゆる「病める大国・アメリカ論」に類される内容でありつつ、テーマとして辺境の厳しい環境で歯を喰いしばって生活をする地元のアメリカ人やメキシコ人たちの苦境と葛藤。あるいは、豊かな地域に生まれ育ちながら、精神的に行き詰まり、自問自答しながら命を繋いでいく人々の記録と記憶が詰まっているのが本書『グローバル資本主義VSアメリカ人』(篠原匡・著)であります。

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グローバル資本主義VSアメリカ人 [ 篠原 匡 ]
価格:1760円(税込、送料無料) (2020/2/14時点)




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 序章から、筆者のアメリカ大統領選に対する読み違えの懺悔があり、実は現実のアメリカ人が何を考えているのかを知りつつメディアが有利とするヒラリー・クリントンさんの勝利を疑わなかった経験を踏まえ、本書は始まります。冒頭に元吉烈さんの手によるものと思われる引き込まれる写真、また取材アシスタントをした長野光さんへの修辞も踏まえて、繁栄するアメリカにおける「B面」とは何であるかというテーマが提示され、グッと引き込まれるわけですよ。

 どうにもならない現実が、ここにあるんです。

 そして、アメリカからすれば偉大なアメリカを取り戻す大統領であるドナルド・トランプさんの「移民を防ぐ壁」を巡る、国境線付近でのアメリカ人コミュニティやメキシコ人移民のリアルが提示される。あるいは、復権するアメリカの前で教育問題やドラッグ、妊娠その他個人の事情で立ち往生する人々の現実が突き付けられ、そういう本物の当事者の声を取り上げながら、さらにその外側にいるアメリカ人保守層やリベラル層が取り巻く環境を解き明かしていきます。そして、誰の人生においても「正解」は、ないのです。

 センセーショナルに物事を書き連ねるよりも、淡々と人々の人生で直面している事実を重ねていくのを読み進めるたび、移民する切実な事情、生きていくために必死な人たちの心情、売春婦に身を落とした母がせめて我が子は良い教育を受けさせ辛い生活をさせたくないと願う愛情とが奔流のように本書を覆います。そこにあるのは人生そのもので、圧倒的なリアルであり、あっさり死ぬ母親、違法行為をする父親、経済的な事情で四散する家庭、地域や家庭の事情を斟酌せずに蹂躙しようとする圧倒的な政治の力とそれに巻き込まれて大混乱する人々。そして、何よりもまわりにあるリベラルなボランティアから戦場を失い行き場のなくなった退役軍人まで、拭い去れない状況に立ち向かう、胸をかきむしられそうな当事者の心が伝わってくるのです。

 良質なルポルタージュというのはこういうものだと思いながら、何度も読み進めるたびに行間に込められた著者の情念が湧き上がってくるようで、そこには無限の同情とどうにもならない諦観と、しかしこれを詳らかにすることで何らかの魂の救済を願うかのような余韻が輻輳して、章ごとに綴られる地域とそこに息づく人々の人生の重みを痛感します。深い。そして、どうにもならない。

 文化は違えど人の心は同じであり、良い生活をしたい以前に生きていくのに精一杯だけれども、家庭を養い愛する人たちがせめて自分の後で苦労しなくて済むように奮闘する、しかし環境や制度がそれを許さない、地域によっては麻薬組織との折り合いや中産階級を作りたいメキシコの政策による環境の変化などあり、これ、私たちが知っている綺麗なアメリカの真の意味でのB面だと思うんですよ。

 本書は、そう多く売れる本ではないかもしれないけど、社会問題に関心のある人や、日本とアメリカとの関係を考えてこれからどうしていったらいいのか考えたい場合に、太い補助線を引いてくれる快著であることは間違いありません。単に、異世界探求もののルポとして読んで良し、あるいは人権や民主主義を大事にしていきたい西側自由陣営の日本の未来を思い描く材料としても良し、人によって陰影の深い読み解き方のできる内容であることは保証いたします。類書は多々あれども単なるアメリカ事情ではとどまらない深みを是非読み解いて戴きたいと思ってしまうような本です。

 何より、大統領選を控えるトランプさんが、明らかにボケ老人のようなイケてない政治家にすぎない人物であるにもかかわらず大統領となっただけでなく、少なくないアメリカ人になぜそこまで評価されどうやら再選しそうだという下馬評にまでなっているのか、本書で記されたアメリカ人の現実を読むだけでも随分スッキリ分かってくるんじゃないかと思うんですよ。著者の篠原匡さんが繰り返しB面のアメリカを強調する割に、でもそれって世界帝国であり繁栄しダウ3万ドルを目指さんとする好況に沸くアメリカの、その繁栄から取り残された少なくないアメリカ人のリアルそのものだと思うのです。

 翻って、経済後退や人口減少による国威低迷を宿命づけられた日本も、地方経済や移民への依存で起きるリアルも今後はどんどん表面化でてくる問題でしょうし、アメリカの直面する課題を自分なりの価値観で正面から捉えることもまた、知識と慎みある日本人として為しておくべき事柄なのではないかと改めて思う次第です。

 久しぶりに、出色だなと思えるルポでした。必読だぞ、と言わせてください。そして、登場する一人ひとりに、自分だったら何と声をかけるのか、もしも自分がその立場だったらどうするか、自問自答してみることを強くお薦めいたします。

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グローバル資本主義VSアメリカ人 [ 篠原 匡 ]
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『グローバル資本主義VSアメリカ人』(篠原匡・著 日経BP・刊)



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