書籍紹介
中学生・高校生向けのやさしい数学を楽しい会話で学ぶシリーズです。
本書のテーマは《積分》。
数学や科学の世界で積分が使われるのはもちろんですが、 私たちの日常生活でも「刻々と変化する量の合計を考える」というのは極めて基本的なアイディアでしょう。
微分と積分は、三角関数に並んで数学の苦手意識を刺激するキーワードですが、 その本質は決して難しくありません。
本書では、速度と距離という日常的な例から始めて積分をじっくり味わっていきます。
数学ガールたちといっしょに学びましょう!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
《ピタゴラスの響き》
僕はユーリといっしょに、双倉図書館で開催されている《音楽と数学》というイベントに来ている(第283回参照)。
いまは《ピタゴラスの響き》コーナーで《ピタゴラス音階》を調べているところ。
音から始めて、周波数を変えて音を作っていくのだが……
五個目の音
音の周波数を倍してできる音の周波数は、 音の周波数を何倍すればいいでしょうか(第283回参照)。 その答えは、
音の周波数を倍した新しい音ができました。
新しくできた音をと呼びます。
との組、との組、との組、との組は協和します。
私たちはこれで、ととととの五音を手に入れました。
六個目の音
ユーリ「五個の音だけでも、曲って作れるんだね(第283回参照)」
僕「そうだね。ここまでで倍を繰り返して五音が出来たから、同じことを続けていくんだろうけど……ユーリはそろそろ飽きてきたかな?」
ユーリ「やだなーおにいちゃんたらユーリはそんなにあきっぽくないしー」
僕「棒読みやめい……これが六個目の音だね」
僕とユーリは掲げられたパネルを見上げる。
六個目の音
音の周波数を倍してできる音の周波数は、 音の周波数を何倍すればいいでしょうか。 その答えは、
なので、初めの音からオクターブの範囲に入っています。 ですからさらにで割る必要はありません。
音の周波数を倍した新しい音ができました。
新しくできた音をと呼びます。
との組、との組、との組、との組、との組は協和します。
私たちはこれで、とととととの六音を手に入れました。
ユーリ「飽きてこないけど、パターン見えてくるよね」
僕「パターンとは」
ユーリ「倍して、より大きくなったらで割る。その繰り返し。パターンじゃん?」
僕「そうだね。規則的に繰り返して音を作っていく。《ピタゴラス音階》を作っていく」
ユーリ「次のパネルはこれ?」
七個目の音
七個目の音
音の周波数を倍してできる音の周波数は、 音の周波数を何倍すればいいでしょうか。 その答えは、
なので、初めの音からオクターブ上より高い音になります。 ですからさらにで割ります。
音の周波数を倍した新しい音ができました。
新しくできた音を(エフシャープ)と呼びます。
との組、との組、との組、との組、との組、との組は協和します。
私たちはこれで、ととととととの七音を手に入れました。
僕「これで七音」
ユーリ「ねーねー、ユーリ発見したかも。パターン!」
僕「お?」
ユーリ「パネルにしつこく『私たちはこれで……を手に入れました』って書いてあるじゃん? 作った順番が綺麗なパターンになってるよ!」
僕「どんなパターンだろう」
ユーリ「こんなの! 見て見て!」
作られていく音の順番(ユーリの視点)
ユーリ「ね? ね? 下から順番に作られるんじゃなくて、上がって下がるのを繰り返すんだよ。何てゆーの……ぐるぐる?」
僕「ああ、ほんとだね。こんな風に行ったり来たりにも見える。ええと、それはなぜかというと……」
作られていく音の順番(僕の視点)
ユーリ「次のパネル行こ! いよいよ八音目、到着だね!」
僕「おおい!」
八個目の音
八個目の音
音の周波数を倍してできる音の周波数は、 音の周波数を何倍すればいいでしょうか。 その答えは、
なので、初めの音からオクターブ上より高い音になります。 ですからさらにで割ります。
音の周波数を倍した新しい音ができました。
新しくできた音をと呼びます。
との組、との組、との組、との組、との組、との組、との組は協和します。
私たちはこれで、とととととととの八音を手に入れました。
ユーリ「ありり?」
ユーリは、けげんな顔をして指を折り始めた。
僕「どんどん次のパネルに行くんじゃないの?」
ユーリ「これおかしくない? オクターブって音だよね? ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド……ほら音」
僕「そうだね。オクターブの名前の通り」
ユーリ「名前の通りって?」
テトラ「オクターブ(octave)の "oct-" というのはを意味するからですよね、先輩!」
僕「うわびっくりした!」
ユーリ「テトラさん!」
登場人物紹介(追加)
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕「まるでミルカさんみたいに突然登場したね!」
テトラ「違いますよう! さっき二人を見つけて追いかけていたんですけど、急に走り出したりするので、なかなか追いつけなかっただけです。 人がいっぱいで……ところで、オクターブがどうしたんですか?」
ユーリ「あのね、オクターブって音だから、八個目の音を作ったらオクターブの音がぜんぶできると思ったの。でも、になっちゃった」
僕「ああ、それで数を数えてたんだ……テトラちゃんはもう《ピタゴラス音階》のパネルはぜんぶ見たの?」
テトラ「あっ、はい。そうです。なのでネタバレにならないように黙っていますねっ!」
テトラちゃんはそう言って『口にチャック』のジェスチャをする。
ユーリ「テトラさん黙っちゃった……えーっと、八個目でにならないってことは、もっと進まないとオクターブ上には行けないんだね。音よりも多くなるんだ」
僕「やも出てきたからね……ああ、そうだよ。だって、ピアノの鍵盤を見ればわかる。オクターブにあるキーは、個じゃなくて個だ。黒鍵があるから」
ユーリ「あー、そだね。そんじゃ、倍を回繰り返せばいーんだ!」
テトラ「あっ、それはっ……(チャック)」
僕「うん? いや、おかしいよ、ユーリ。それは違うはずだ」
ユーリ「なんで? あーそっか。《倍を繰り返す》んじゃなくて《倍して、オクターブ越えるときにはさらに倍する》のを回繰り返すんだね! そーすれば、オクターブ上の音までたどり着いて《ピタゴラス音階》が完成! キーボードの音も完成!」
僕「いや、そうはならないよ。回繰り返してもオクターブ上には絶対行けないはずだ」
ユーリ「は? なに言ってるデスカ?」
存在しない音
僕「《ピタゴラス音階》を作る方法としてここまで使ってきたのは、最初の音を決めること、周波数を倍すること、 それから場合によって周波数をさらに倍することだけだった」
ユーリ「うん」
僕「倍するのが場合によって変わるから複雑に見えるけど、最初の音を決めた後にできることは《周波数を倍していくこと》だよね。 とは以上の整数で、しかもだった。とは場合による」
テトラ「ですねっ!」
ユーリ「《周波数を倍していくこと》……そだね。それで?」
僕「でもね、
ユーリ「あ……」
僕「回どころじゃない。何百回、何千回繰り返したとしても、周波数は倍にならない。周波数を倍して作れる音は無数にあるけれど、 その中に最初の音の倍の周波数を持つ音は存在しない」
ユーリ「えーと、ちょっと待って。『を満たすとはない』ってホント?」
僕「ほんとうだね。なぜなら、は、
テトラ「オクターブ上の音はできませんし、同じことですけど最初の音に戻ってくることもありませんね」
僕「うん、うん、そうなる。だって、周波数を倍して最初の音に戻るってことは、最初の音の倍の周波数になるということだから、
ユーリ「わかったけど、わかったけど……だったらどーなんの? 《ピタゴラス音階》は音階になんないじゃん。どーするピタゴラス?」
僕「いや、音階にならないわけじゃないよ。《周波数を倍する方法》ではオクターブは作れないだけだから。 作ることができた音を使えばいい」
ユーリ「うー……それでいーの? お兄ちゃん、パネル飛ばして十二個目の音を見に行こーよ! そこでは何が起きてんの?!」
見に行こうよ、と言ったときにはすでにユーリは早足で先に進んでいた。 僕とテトラちゃんは彼女を追うようにして十二個目の音を作るパネルに進む。
十二個目の音
十二個目の音
音の周波数を倍してできる音の周波数は、 音の周波数を何倍すればいいでしょうか。 その答えは、
なので、初めの音からオクターブ上より高い音になります。 ですからさらにで割ります。
音の周波数を倍した新しい音ができました。
新しくできた音をと呼びます。
との組、 との組、 との組、 との組、 との組、 との組、 との組、 との組、 との組、 との組、 との組は協和します。
私たちはこれで、 とととととととととととの十二音を手に入れました。
ユーリ「うわ、一気に増えてる」
僕「途中を飛ばしてきたからだよ」
ユーリ「あ、十二音目まではうまくいくんだ。問題は次の音なんだね」
僕「というか、次の音を作るステップというのは、必ずうまくいくはずだよ。最後に作った音と協和するように次の音を作ってきたんだから。 完全度だっけ」
テトラ「完全度と完全度ですね」
ユーリ「うーわかんなくなってきた。早く、十三音目に行こうよ! いったい、何が起きるの?!」
十三個目の問題
十三個目の問題
私たちは十二個の音を手に入れました。同じ方法で十三個目の音を作りましょう。
音の周波数を倍してできる音の周波数は、 音の周波数を何倍すればいいでしょうか。 その答えは、
なので、初めの音からオクターブ上より高い音になります。 ですからさらにで割ります。
音の周波数を倍した新しい音ができ……
僕「……」
テトラ「……」
ユーリ「……」
僕「なるほど。まったく同じ方法で十三個目の音を作ろうとすると、
テトラ「きれいに協和する完全度と完全度を作る操作を回繰り返すと、何となくきちんと最初の音に戻ってきそうですが、ちょっと高くなっちゃうんですね」
ユーリ「なんでバシッとキマらないかなー! すごく惜しーなー!」
僕「惜しいといっても、計算してそういうずれが出てしまうんだからしょうがないね。最初の音に戻るとか、ちょうどオクターブ上の音になるというのは勝手な思い込みということか」
ユーリ「でもさー、きっちりしたオクターブが作れないってことは、協和しなくなるってことじゃん!」
僕「ああ……確かにそうなるね。完全度と完全度の音程差がある音を順次作っていった結果、完全度が作れなくなったわけか」
テトラ「先輩、先輩。こちらに《ピタゴラス音階》を作っていく表があります」
僕「ああ、なるほど。最初からこの表を見にくればよかったなあ」
ユーリ「この表は何なの?」
僕「下が低い音、上が高い音で、半音ずつ上がっている。左から右に見ていくと、どういう順番で音を作って来たかがよくわかる。矢印を描いてみよう。 周波数を倍すると赤い実線の矢印で音が高くなる。 でも音がオクターブを越えて高くなったら倍するのが青の点線矢印」
倍するのが赤い実線矢印で、倍するのが青の点線矢印
ユーリ「なーるほど。ユーリが見つけたパターンだとこーなるね!」
赤い実線矢印は完全度を作り、青の点線矢印は完全度を作る
僕「そうなる。そして問題は左下と右下の音だよ。左下の赤い丸で囲んだのが最初の音で、右下の青い星で囲んだのが十三音目の音だ」
テトラ「その二つの音の周波数が等しくないということなんですね……」
ユーリ「うわー……」
テトラ「こちらにピタゴラスコンマの解説パネルがあります」
ピタゴラスコンマ
一音目の周波数と、十三音目の周波数の違いをピタゴラスコンマといいます。 周波数の比として表したピタゴラスコンマは、
ユーリ「ぴたごらすこんま! 名前があるんだ!」
僕「そうか、ここでいう《違い》は周波数の比になるわけか」
ユーリ「え?」
僕「日本語で《違い》というと、差を意味することもある。でもここでは比の意味」
ユーリ「よくわかんない」
僕「難しい話を言ってるわけじゃないよ。《最初の音の周波数》をで表して、《十三音目の周波数》をたとえばで表したとする。 ピタゴラスコンマはだから、
ユーリ「比の意味、わかった。いままでずっと周波数を倍したりにしてきたんだから、ぜーんぶ掛け算の話だもん。 それにしても、この《小さい違い》はどーすんの?」
テトラ「……それでいいんでしょうか」
ユーリ「テトラさん、それって?」
テトラ「あたしたちは計算の方法を知りましたよね」
ユーリ「?」
テトラ「計算の方法を知ったということは《小さい》ではなくて《どのくらい小さい》と言えるようになったはずだと思うんです。なので、ピタゴラスコンマはどのくらい小さいのかな……と」
ユーリ「あっ! 定量的な議論ってやつ?! (第282回参照)」
僕「なるほど……」
(第284回終わり。第285回へ続く)