「乗りものニュース」というサイトがあって、しばしば飛行機についても取り上げている。
そのせいで、僕のところにもニュースフィードなどで流れてくるのだけど、とにかく記事の質が悪いことで定評があるので、普段は見ない。
見ないのが優しさだと思っている。
しかし、今回「旅客機の外板 実は100円玉ほどの厚さ その薄さでなぜ大丈夫? 」という、なかなか良い題材を取り上げているので、感心して見に行ったのだ。
そしたら、あまりにも酷いので、このエントリを書くことになってしまった。
件の記事はこれである。
「旅客機の外板 実は100円玉ほどの厚さ その薄さでなぜ大丈夫? セミモノコック構造とは | 乗りものニュース」
web魚拓 1ページ目 → http://gyo.tc/1OrA2
web魚拓 2ページ目 → http://gyo.tc/1OrAX
お題はよいのに、ほぼ間違ったことしか書かれていない。
どうやったらこんな記事が書けるのか。
わざとやってるのか。
与圧耐荷にセミモノコックは関係ない
この機内と機外で生じる気圧のギャップによって胴体にかかる力は、1平方メートルあたり5トンから6トンとされ、フライトのたびに胴体の外板はそのギャップにさらされるわけですが、この外板、厚さはどれくらいなのでしょうか。
機種や部位で差がありますが、現代のジェット旅客機における外板の厚さは、およそ1.5mmから2mmが一般的とされています。この厚みは、身近な例だと100円硬貨(厚さ1.7mm)に相当します。
旅客機のキャビン与圧で、胴体の外板に5t~6t/m^2の力がかかるというのは正しい。
そして、外板の厚みが2mm以下だったりするのも正しい。
で、なぜこれほどの力に薄い外板が耐えられるのか、というのが記事の本題で、この着眼はいいと思うのだ。
しかしこれが
現代の旅客機では、胴体部分が「セミモノコック」という構造になっているのが一般的です。これは、飛行機の胴体における外板の内側、つまり客室側の外板に沿って、格子状に補強用のパーツを張り巡らせることで、負荷を分散させているというものです。
(傍線は筆者による)
めちゃくちゃである。
与圧による荷重は「格子状の補強パーツに分散」などされていない。フレームやストリンガーは与圧荷重を受け持つ部材ではない。
薄板の外板で与圧に耐荷できる理由は、それが薄肉円筒構造だからだ。薄板の外板がフープ荷重として受け持つに決まっているではないか。
これは炭酸飲料の入ったアルミ缶や圧縮ガスのボンベと同じで、アルミ缶にはフレームもストリンガーもない。真円断面形の円筒であるために、薄い外皮が引っ張り力に耐える形で与圧荷重を受け持つことができるという話だ。
この記事を書いた「編集部」は、どこかにこんな無茶苦茶な解説があったのを書き写したのか、それとも自分の頭で考えて書いたのか。
日常生活レベルの理科知識があれば、小学生だっておかしいと思うはずなのだが。
思い付きで適当なことを書くな
この記事の酷さはそれだけではなくて、以下のような記述がある。
「通常の飛行で胴体の外板が割れるようなことは、ほぼありえません。こういった事故は世界でも歴史上数件しかなく、かつそれぞれ適切な運用がされていなかったことが原因と見られます。」
(傍線は筆者による)
これもむちゃくちゃである。
与圧機体の外板が割れるという事故は何度か起きているが、それらはいずれもその時代における設計思想の限界を露呈した重要な事故で、その都度、構造設計のあり方に大きなインパクトを与えてきた。「適切な運用がされていなかった」ために起きるような事故ではない。
なぜこの筆者は、これほど有名な技術史上のエピソードについて、かくもデタラメなことが書けてしまうのか。(愚太郎の影響か)
初歩的な飛行機の本にも書いてあることを「適切な運用がされていなかったことが原因と見られている」と書くこと自体、こんな記事を書く資格がないわけだが、それであっても、書くなら調べるくらいのことはするのが普通の神経ではないのだろうか。
とにかく最後まで酷い
この記事の酷いのは、これで終わらないんである。
多くの旅客機において胴体外板で使われている素材は、「超々ジュラルミン」と呼ばれるアルミニウム系の素材です。
外板に超々ジュラルミンなんか使わないだろう普通。
超々ジュラルミンというのは、アルミ合金の中でも亜鉛(Zn)を添加物質とした7000番台の番号を持つ材料で、高い強度が特徴である。
しかし、強い反面、加工性や耐疲労性は超ジュラルミン(2000番台アルミ)に劣るため、旅客機の外皮には2000系が使われるのが普通だ。7000番台の超々ジュラルミンは、旅客機の場合だと主翼外板や胴体ストリンガーなどに使われるだろう。
このあたりも、ほんの少し調べればわかることだ。
とまあ、この記事は起承転結どこをとっても酷く、わざとふざけているのかと思うほどなのだが、いったいどういうことなのだろう。
こんなもん読むのが悪い、と言われるような話でもあるが、読んでしまった以上、ここに書いておくことにした。
(プンスカ)
解説、ありがとうございます。この手の話題はそれほど航空雑誌でも詳しく扱わない気がしますのでインチキ記事を信じてしまう人が多そうです。小生はまあまあ行けるかなと思いました。が、外板の厚みが2㎜程度というのは、見たことはあるのでしょうけど意識はなかったです。自動車の外板は特殊鋼で0.6㎜だそうなのでそれよりは厚いのかな?くらいのイメージです。たぶん、外板はテーパーミルで削られて最小の厚みがX㎜くらいの記事は見ていたのでしょうが。
外側ではなく、内側に取り付けられた縦通材や円框が内圧に耐えることとは直接関係ないことはわかっておりました。骨がなければ剛性が出ずヘタってしまうからでしょう。米製の液体ロケットはビーチボールのようなもので中に燃料を入れることで内圧により剛性が出て直立させることができるようになるとか。旅客機などでは構造重量の節約で地上では翼が垂れ下がりますが、与圧も剛性に寄与するのでしょうか?
与圧と外板の破壊と言えば、第1にコメットなのでしょうが、これにも触れずに通り過ぎるのはおかしいですねえ。70年代の初めだったか、学研の高1コースかなんかの付録にノンフィクションのダイジェスト集(自社の本からの再録)があって、コメットの連続墜落の謎を解く調査委員会の話が乗っていて小学生の私は繰り返し読んだものです。
以前、医療健康系でデマとヨタを並べたDeNAだかのサイトが話題になりましたが、このサイトも同じように二束三文で発注した与太記事でアフィ商売をしているのでしょう。昔、黒須吉人というプラモ評論家が”純粋でない行為というのは、とかく人を傷つけがちなものだ”と少年ファン向けに書いていましたが、こういうサイトを見ていると彼の言わんとしたことがわかってくる気がします。”飛行機が好きなのでみんなに良さを、面白さを伝えたい”ではなく、単にマネタイズのために、ぼんやりした人たち向けにバッタもんを並べているということですからねえ。
宇宙やミサイルの分野は、航空機と違う技術ノウハウが支配している部分が多いようです。
かつて、宇宙・ミサイル部門との技術ノウハウ共有などを検討した際、想像以上に違いが多くて驚いたことがあります、
航空機では、与圧による外板の張力で胴体の剛性を確保するという考え方はしません。
また、胴体の曲げ荷重が大きいのは着陸のケースなどですから、そこに焦点を合わせた強度が必要になります。
この胴体曲げ荷重に対しては、それこそセミモノコック構造がものを言います。主にフレーム、ストリンガー、スキン(外板)の組み合わせによる張力場で耐えるのですが、よく障子が喩えに出される構造様式ですね。
しかし、着陸時に前脚を激しく打ち付けたのか、胴体曲げ荷重で上面の外板が座屈してしまった事例を、2件ほどネットで見たことがあります。いずれもボーイング767でした。
確かに、医療系の与太も含めて、ただアクセスを稼ぐためだけの記事が多すぎますね。
誰でも簡単に書いたものを発表できてしまう時代ですが、情報の質が劣化していく傾向に、歯止めがかからない感じです。