送り込まれた戦争屋 送り込まれた戦争屋 送り込まれた戦争屋 送り込まれた戦争屋

内戦へ参加した親イラン組織

ヒズボラ

(レバノン)

人民動員隊
(PMF)
(イラク)

イスラム
革命防衛隊
(イラン)

設立

1982~1985年

2014年

1979年

規模
(推定)

2.5万人

10万人

12.5万人

米国の認定

「外国テロ組織」など

一部を
「外国テロ組織」

「外国テロ組織」

 真夏のイラクに来て1週間がたとうとしていた。気温50度にも迫る熱気は心身をなえさせる。

 「やはり無理か」

 あきらめかけていた時、現地のイラク人仲介者から「やっと見つかった」という連絡が入った。

 私たちが探していたのは「シリア帰りの戦争屋」。

 広い情報網を持つ仲介者でも、これまで「接触は不可能だ」と繰り返していた。米国からは「テロリスト」とされる人物が、私たちの前に姿を見せるのか。連絡を受けてもなお、半信半疑のままでいた。

 翌日、私たちは指定されたイラク中部にある民家の薄暗い一室に通された。仲介者は「人目につく場所では何が起きるかわからないので」とだけ説明した。

 部屋に入ってきた若い男は中肉中背、シャツにジーパン姿。ボタンがはち切れそうなくらいパツパツになったシャツは、中の鍛え上げた肉体をうかがわせた。

 名前はムハンマド、30代独身。

 私たちは彼の戦闘員名、生年月日も確認した。だが、ムハンマドは「取材を受けたとわかれば殺される」と言い、これ以上の個人情報の掲載は拒んだ。

 「僕はイラク人だけど、イランで軍事訓練を受け、シリアで戦っている。カネのためにね」

 ソファに腰を下ろしたムハンマドは落ち着いた口調で話し始めた。意外に人なつこい笑顔を見せる。私たちの緊張も少しほぐれた。

ベールを脱いだ兵士

 「シーア派民兵」。ムハンマドは、そう総称される戦闘員の一員だ。イランの息がかかったこうした勢力は、中東各地にアメーバ状に広がり、米国がイランを警戒する最大の要因になっている。

 中でも、大国の思惑が渦巻くシリア内戦に派遣されたムハンマドはいわば「最前線」にいる存在。ベールに包まれた実態を語れる生き証人だ。私たちが、ムハンマドのような男を探した理由がそこにある。

 ムハンマドが所属する「人民動員隊」(PMF)は、約50に及ぶイラクの戦闘団からなる。ムハンマドの戦闘団はアラビア語で「神の党旅団」を意味する「カタイブ・ヒズボラ」。米国が「外国テロ組織」に指定する親イランの最強硬派だ。PMFの中でもカタイブ・ヒズボラは、メディアが接触するのは格段に難しい。

シリア内戦2011年3月、中東の民主化運動「アラブの春」がシリアに波及し、反政府デモが起きた。アサド政権が武力で抑え込もうとした結果、市民の一部が武装を始め、内戦に発展。ロシアやイラン、欧米の思惑も絡み、泥沼化している。

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 目撃したのは、雄たけびをあげる戦闘員たちだった。「生ける殉教者」と言われる指揮官から、大学進学をやめて入隊した若者まで。PMFの戦死者は、特別の墓地に埋葬されていた。

 イラク人の彼は「戦争屋」としてシリア内戦に派遣された生き証人とも言える。ベールに包まれた内戦の実態、加担する理由、その正当性は――。

 イスラム聖戦のメンバーが語り始めたイラン、秘密のトンネル、自由――。壁から出たことのない若者たちは、組織にどう勧誘され、なぜ戦おうとするのか。