お奨めミステリー小説 (250) 『星々の舟』 村山由佳

直木賞受賞作品だが、ここ十数年の受賞作の中でも出色の出来ではないだろうか。

東野圭吾 『容疑者X』や宮部みゆき 『理由』の受賞からも分かるように、この賞は本来の趣旨(一応“新人賞”なのだ)から外れて、功績のあった作家にご褒美的に与えられる。したがって『悪意』、『白夜行』や『火車』は「まだその時期ではない」ということでもらえなかった。出版界の妙な権威主義を象徴する出来事だ。

その点、この作品で受賞した村山由佳は幸せだった。一作ごとに主人公が変わっていく連作短編集だが、それぞれの登場人物の細部まで磨かれ、小説の見本ともいえる出来である。個々の登場人物たちの名前さえ、その役柄にふさわしく感じられる。

特に前半は悪役のように見える父親の若い頃の描写など、それまでの展開からは驚きを禁じ得ないだろう。権威主義の告発や戦争に対する嫌悪など、作者の静かな闘志のようなものを感じさせ、胸のすく思いすらする。深刻な話が多いが、地味な長男貢のエピソードはユーモアもあり良いアクセントになっている。

反発しあいながらも離れられない家族を“星々の舟”が無限の海を渡っていくと表現するネーミングも大したものだ。
それを象徴するかのようなカバーデザインもシンプル。

これは高貴な大衆小説とでも呼びたい作品だ。
------------------------------------------------------------------------------

[あらすじ]

『雪虫』
水島暁は15年前 20歳の時、暴力的な父親重之に反発して家を飛び出した。現在の暁は北海道で商売に成功し、それなりに裕福な生活を送っているが、自分の家庭を築くのには失敗した。そんな暁に育ての母親、志津子が危篤だと電話が入る。東京に戻ったとき、志津子は息を引き取った後だった。暁は志津子の連れ子で義妹である沙恵と恋に陥ったことがあった。やがて義母の志津子について語り合ううちに、暁は意外な事実を知る。

『ひとりしずか』
沙恵は暁のことが忘れられず、未だに独身を通している。そんな沙恵に隣人で兄のように優しい清太郎が求婚してくる。ようやくプロポーズを受け入れる気になった沙恵だが、母親の死で再会した暁に会って動揺する。

『青葉闇』
水島家の中では常識人の長男、貢は職場の部下の真奈美と不倫関係になっている。家に帰れば妻頼子の罵倒が待っているので“帰宅拒否症候群”気味だ。やがて家庭菜園という楽しみを見つけた貢は妻の声に耳を貸さず意地のようにのめり込む。

『雲の雫』
貢の娘、聡美は平凡な高校生だ。父親の浮気や家庭のいざこざにうんざりしているが、周囲には明るく振る舞っている。最近、聡美には加奈子という友人ができたが、不良に脅された聡美は加奈子を売ってしまう。自己嫌悪に陥る聡美を救ったのは意外にも祖父重之だった。

『名の木散る』
重之は年をとっても未だ現役の大工だが、体はさすがに衰えてきた。暁が忘れられずいっこうに嫁に行かない娘沙恵も気にかけている。息子貢の嫁で高校教師、頼子の頼みで生徒に戦争体験を語る羽目になる。「我々は体験ではなく生き抜いたのだ」 そう考えた重之は自分の人生をも振り返る。


星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)
文芸春秋
村山 由佳


Amazonアソシエイト by ウェブリブログ



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック