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2020年2月12日 紙面から
野村克也さんの訃報を受け、取材に応じる与田監督=北谷球場で(川北真三撮影)
中日の与田剛監督(54)が11日、野村克也さんの訃報に沈痛な表情を浮かべた。現役最後となった2000年に阪神にテスト入団。その時の指揮官が野村さんだった。春季キャンプ地の北谷球場で、感謝の気持ちや思い出を神妙な面持ちで話した。
チームがウオーミングアップしている最中だった。突然の訃報に触れ、与田監督は驚きの表情。信じることができず、ショックを隠せなかった。
「タイガース時代、私が苦しいときにいろいろな教えをしてくれた恩師。とにかく残念です」
2000年。活躍の場を求め、阪神にテスト入団した。当時の指揮官が野村さんだった。腰痛に悩まされ1軍登板こそなかったが、チャンスを与えてくれた恩人だった。
「全く1軍で活躍することができなかったので、タイガースファンには申し訳なかった。でも、タテジマを着て、鳴尾浜で阪神ファンの方に応援してもらった。感謝しかない」。偽らざる本音だろう。当時、そばで学んだ経験が今に生きている。
「自然と口から出た言葉が、ああこれは野村さんに教えてもらった言葉だったな…ということがすごくあります」。特に印象に残っている言葉は『時間はみんな平等にある』。「時間の使い方、どう使うかによって人生は変わっていく。それはよく思い出す」と言う。
プロ入団時、ヤクルトを率いていたのも野村さんだった。「いわゆるID野球という言葉がプロ野球に入ってきた。やっぱり不気味だった。奇襲をかけてくるというわけではないが、何かやってくるのかなと、相手に対してプレッシャーをかける監督だった。敵将だったがいろいろと参考になる方だった」。本当に多大な影響を受けた。
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