第2話 デビュー戦?
ウウウウゥゥー!!と、甲高いサイレンが駅周辺に鳴り響く。
貨物ターミナル駅はパニックとなった。強敵のT-34戦車の大軍が町の東側から向かって来ていたのだ。
駅ぞいの道路を、わーっ!と人と車両が逃げていく。
「ハンス隊長!早く逃げましょう!」
オットーは血相変えてハンスに訴えた。
「この戦車を置いてはいけん、エンジンを始動しろ!早く貨車から降ろすのだ!」
その言葉にはその場にいた全員が目を剥いた。
「ハンス中尉!」と叫んだのはカーミラ少尉だ。
「無茶ですハンス中尉!だいたいまだ操縦訓練すらしてないじゃないですか!」
「じゃあアンタがやれカーミラ少尉!」
「……へ、私?」
カーミラ少尉はポカンとする。
ドカアアアン!と、駅舎の近くで榴弾が爆発する。
まだかなりの距離がある、混乱させるための威嚇射撃だ。
「急げカーミラ少尉!ともかくエンジンをかけろ!!」
と、ハンスはカーミラをティーガーの上に、ほとんど放り投げるように押し上げた。
「は、はい!?」
「オットー!砲塔に入れ!戦闘準備だ!おい、そこのお前!」
ハンス隊長は、近くにいた隊員を適当に指差した。
「お前は装填手、そしてお前!コラ逃げるな!お前は無線手だ!さっさと乗車せんかい!逃げたらシベリア送ってやるぞ!他のやつは角材を全部スロープに投げこめ!」
カーミラは狭苦しいドライバー席に渋々入り込む。
シートに座ると、目の前には自動車と同様の丸いハンドルと、小さなのぞき窓。右側に計器類と電装系スイッチ類、そのすぐ下にはシフトレバーが2本。
上のは変速レバーで、前後に動かすタイプだ。その下にあるのは前後進切り替えレバー。
足元には左からクラッチ、ブレーキ、アクセルペダルとなる。自動車と同じ配置だ。
シートの横には左右クローラーを別々に制動するためのブレーキレバーが付いている。さらに左にはハンドブレーキレバーがある。
カーミラは計器盤を睨み付けた。
初期操作用に始動手順のメモが張り付けてあるが、意外とやることがが多い。
「えーと、えーとまずは、で、電源、電源マスタースイッチ?場所は……車内後部?」
カーミラは後ろを振り向く。
「オットー君!……だったよね?後ろの方に電源マスタースイッチとかいうのがあるはずだから、探してちょうだい!」
「電源スイッチ?了解しました!」
「次は、燃料コック!……これも後部ね!オットー君!電源スイッチの次は燃料コックもお願い、見つけたら開いてちょうだい!」
「了解です、電源スイッチは見つけましたよ、入れていいんですか?」
「入れて!」
またメモに目を戻す。
「次は、イグニッションキーを差して回す」
計器盤にキーというか工具のようなものを差し込んで回す。キーは取り外す。
「油圧バイパスをキャブレター充填に切り替え……また後ろ、オットー君!オイルの切替レバー探して!」
「またですか?オイルですね、了解!」
「燃料手動ポンプを使ってマニホールドに圧送……どこかしら」
計器類の下や、シートの横などをもぞもぞ探していると、後ろからオットーが報告を上げてくる。
「オイルバイパス切替レバーでいいんですよね?開きましたよ」
「ええ、ありがと!次はね、どっかに手動の燃料ポンプみたいのないかしら!?」
「始動用とか書いているのがありますよ?」
「それポンプして!」
「何回ぐらいですか?」
「分からないわ!だいたいよ!」
「ええっ!そんなんで大丈夫なんですか!?」
オットーは後部にある四角いボックスのポンプレバーを上下に動かす。
ハンスはだんだんと焦れてきていた。
「カーミラ少尉!まだエンジンはかからんのか!?」
「もう少しです!……ええっと、ニュートラルよし、ブレーキよし、クラッチよし、えっと、点火装置の準備操作を3回」
左下にあるそれらしいポンプレバーを、3回カチカチと動かす。
「次に、始動ボタンを押す……」
カーミラは計器盤右側の、大きめなスイッチに指をあてる。
「え、エンジン始動します!」
「待ちくたびれたぞ」
カチンッ……………
エンジンはウンともスンとも言わなかった。
「ば、バババッテリーが上がってます!車外始動しなくっちゃ!」
「落ち付いてくださいカーミラ少尉、4号戦車と一緒で手回し始動ですか?」
「そうです!」
「だそうですハンス隊長!」
ハンスはハッチから顔を出して叫んだ。
「おい!二人来い!車外始動だ!」
スロープに角材を置いて、いざ逃げようとしてた2人が呼び止められる。
その2人がティーガーの後部に取り付く。が、なかなか出来たという声が聞こえない。
「どうだ!?後部のどっかに回すところがあるはずだろ!」
「見つけてクランク差したんですが、なんか安定しなくてうまく回せないんですよ!」
ハンスは車内でも叫んだ。
「カーミラ少尉!どういうことだ!?」
「ちょっと待ってください」
カーミラは運転席で取扱説明書を開いていた。
まごまごしている間に、敵戦車は街に迫ってきている。
「あ!えーっと、なんか金属板?みたいなものを穴に取り付けて、その上からクランク差すそうです!」
ハンスがまたまたハッチから顔を出す。
「金属板っぽいのを固定してからクランクだ!探せ!」
「もう見つけてフライホイールを回しています!すごく重いですよこれ!」
フライホイールの回転数が上がるにつれて、車内にもキーン!と響く音が聞こえてくる。
「接続レバー、入れますよ!」
外の2人が汗だくの顔を見せる。
ハンスがその言葉にうなずき、車内に怒鳴った。
「カーミラ少尉、接続するぞ!イグニション準備しろ!」
「準備よし!」
「いいぞ!接続しろ!」
後部の慣性始動装置接続レバーを押し込むことで、勢いよく回転しているフライホイールが接続され、エンジンがゴウンゴウンと回り出す。
「カーミラ!イグニションだ!」
「はい!」
カチッ、とイグニションキーをONにする。
ゴンゴンゴン、ゴン、ゴン……ゴン…………
エンジンは点火される様子が無いまま、回転を止めてしまう。
マイバッハHL230エンジンの
要するに、
「カーミラ少尉!」
「知りませんよ!私、戦車のエンジンかけるの初めてなんですよっ!」
車内がシン、と一瞬静まり返った。
「はあああああああっ!?」
「カーミラ少尉!!あんた引き渡し係だろ?なんで操作法しらないんだ!?」
「……ここにマニュアルが―」
ガガガアアアアアンッ!
砲塔に徹甲弾が直撃した。貫通はしなかったが、車体は巨人にでもブン殴られたような衝撃に叩かれ、中の全員が、なにかしらに頭をぶつけた。
「いてて、ハンス隊長!敵が接近してきます!」
「くそっ、ええい手動で回して撃て!後ろの二人!もういいから退避しろ!こうなったらここで粘るのみ!初弾は榴弾だ!」
「榴弾ですか!?」
「目くらましだ!その後からは徹甲弾を入れろ!」
オットーとハンスは人力用のハンドルを勢いよくグルグル回すが、砲塔はものすごくノロノロとしか回らない。
「動かさないなら、私、逃げていいですか?」
「そのクラッぺから外を見てみるといい、今出たら機関銃の的だぞい」
カーミラはドライバー用ののぞき窓から外を見てみる。
街の入り口が遠くに見え、そこに黒いモノが動いているのが見えた。戦車だ。
「はあはあ……照準よし!」
「撃て!」
オットーは撃発レバーを引いた。しかし撃針が落ちず、大砲は静かなままだ。
「オットー!何してる!?早く撃たんか!!」
「射撃できません!?なんで!?」
オットーは何度も引き金を引いてみたが、大砲は何の反応も示さない。
それもそのはずで、大砲の引き金はバッテリーに依存した電気式だった。バッテリーがイカれているため動くはずもない。
「ならば
「それドコにあるんです!?」
誰も、その装置の位置を知らなかった。その場所はハンス隊長の座る、車長席の左側にあったのだが、もう探している余裕もなかった。
「ぬうう……じゃあ、機関銃でもなんでも撃ちまくって踏ん張るだけだ!」
ハンスたちは、機関銃を撃ちまくり、砲塔を動かし続け、そして砲弾の直撃を何発も受けた。
連邦軍は、いくら撃ちこんでも沈黙しないこの謎戦車に驚いて、近づいてこなかった。視界の悪いT-34は、この戦車が大砲を撃ってこないことに気がつかなかったのだ。
連邦軍は奇襲が頓挫したため、すぐに郊外の森へと撤退していった。
※燃料コック操作に『空気抜き弁切替』もあります。
※オイルはバイパス切替をしていましたが、オイルクーラーを迂回しているだけなのでキャブレターに優先して向かっているわけではありません。なので簡単には油圧が上がらないのです(戻し忘れるとオーバーヒートの原因)