この作品はフィクションです。
実在の人物団体には関係ございません。
不快に思われる方は誤ってお読みになりませんよう、ご注意ください。
久しぶりにOnlyYouのシリーズのいい人みなみ。
長めですが、なんてことないゆるいいちゃいちゃです。
「お疲れさん」
私がソファでもらった資料を繰っていると、シャワーを浴びてきたみなみが声を掛けながら、隣に腰を下ろした。
すぐ傍らで、ふわりと立ち上るみなみの体温と湿度。
私は本をテーブルの上に置くと、まだ湿り気の残る手を取った。
テーピングの痕がうっすら残っている。
左手の上にみなみの右手を載せて、その掌を指で辿った。
「もう痛くない?」
「うん、全然」
やわらかくて厚くてあたたかい。
みなみの手肌の感触が心地いい。そんな私の心の声が聞こえたように、
「れいの手、冷たくて気持ちいいな」
みなみがそう言って、私の指を辿り返した。
そのままするりと上下が逆転して、私の左手は、いつのまにかみなみの右手にやわらかく握り込まれる。
みなみが、親指の腹で、私の親指の第二関節をゆっくり撫でた。指先から穏やかな体温が伝わってくる。
なんだか眠くなりそう。
私はうっとり目を細めた。
みなみの掌に、手を預ける。
されるがままに、優しく撫でられているのが気持ちよくて、頭もコトリと、みなみの肩に載せた。
みなみがちらりと私の顔を見て、少し嬉しそうに笑って頭を傾けて、私の髪に頬を寄せる。
お互いの接する面が広くなって、でも、もっと広げたくて、そのまま私は、みなみの左腕に腕を絡めた。
…あ。
筋肉質の硬い腕。
それを抱え込んだ瞬間、Tシャツ一枚の私の胸に肘があたる。
その瞬間、勝手に心臓が、トクンと跳ねた。
咄嗟に横目でちろりと、みなみの様子を伺う。
なんでもないような顔をしてるみなみ。
さっきまでと変わらずに、掌に私の手を載せて、やわらかく指で辿ってる。
のが、なんとなく憎らしい。
仮にもだ。
自分の腕が彼女の胸に当たってるんだよ?
みなみなんだから、ドキマギするくらいのことなんじゃないの?
なのに。
じとっと見ている私にも気づかずに、私の手を撫でて、ご満悦のみなみ。
…余裕じゃん。
絡めた腕に、ちょっと力を籠めた。
これで、どうだ。
いくら私の胸にそんなに体積がないとは言っても、これくらい力を籠めれば、みなみの腕の一本や二本、ちょっとはむにゅっとできる、はず、多分。
抱えたみなみの腕がぴくりと強張った、気がする。
でも、恥ずかしいから、俯いたまま、みなみの腕を抱き締めた。
…どうしよう、やりすぎた?
うなじに、みなみの視線を感じて、顔が赤らむ。
一瞬手を止めたみなみは、やがて再び、私の親指と人差し指の間を指で辿って、手の甲に指を這わせた。
何も言わず、黙ったまま、静かに、やわかく、何度も、何度も、指を滑らせる。
みなみの体温が指先から伝わって、触れられたところから、ゆっくりあたたまっていく。
ふしぎ。
手を取られて、最初にやってきたのは安堵。
みなみの指先に滲んでいる気持ちが一緒に私の手を包んでくれて、そのあたたかさに、心がほどけて、くったりとやわらかくなる。
でも、それだけで終われなくて。そのやわらかくなった私の上を、みなみの指が何度も滑るうち、徐々にオブラートを溶かすみたいに外側を溶かされて、なんだか段々、心がざわめきはじめてしまう。
みなみの手は、魔法の手。
ただ優しく微笑みながら、黙って私の手を撫でてくれているだけなのに。
ただ愛おしそうに、大事に私の手に触れてくれてるだけなのに。
うれしくて。
でも、うれしいだけじゃなくて。
体が切ない。
唇から、湿った吐息が漏れる。
多分、瞳も潤んでる。
私の中に水が満ちて、滴り落ちそう。
猫がそうするみたいに、私はみなみの肩に、そっと頬を擦り付けた。
ん?と首を傾けて、みなみが笑って私を見る。
そうしてさっきまで手を撫でていた指先で、私の頬を辿るから、私は今度はその指に頬を摺り寄せる。
気持ちいい、みなみの指先。
ほっぺたを、その手にくっつける。
ねぇ、気づいてよ。
もう、手だけじゃ足りないの。
なのに、みなみは懐く私を見て、ちょっと困ったように笑った。
「なんや、もう」
まるで子どもをあやすみたいに、私の髪にキスを降らせる。
私は顔をみなみに向けて、じっと見つめた。
大抵の人は褒めてくれる、大きな瞳でじっと見つめた。
じっとじっと見つめた。
みなみが、ふっと溜息をつく。
「困った子やなあ」
優しい目が弧を描いて、薄い唇が笑う。
なにそれ、どういう意味。みなみの余裕の笑顔が憎らしくて、私は厚い唇でみなみの指先を食んで、カリっと軽く噛んだ。
「なんやの」
眉根を下げて、情けない声を上げて、困った顔でやっぱり笑う。
にくらしくて歯先に力を籠めたら、さすがに痛そうに顔を顰めた。
「なんか、あかんかったか?」
なだめるように問いかけてくるみなみに、問い返す。
「何人?」
この指先で、みなみに溶かされた人は、何人いたの。
齧った指先に少しキスをしたあと、ぺしんと叩くと、みなみがきょとんとした。
「何人て」
「つきあった人の数」
「へ?」
間抜けな声をだして、みなみの眉がハの字になる。
「おれへんよ」
「…は?」
今度は私が間抜けな顔をする番だった。
返事の意味がわからない。
「どういうこと?」
「だから、おれへんて」
何度も言わせんでと、恥ずかしそうにみなみが笑った。
「れいみたく、モテへんもん。知っとるやろ」
いや、確かに、長い付き合いのなかで、みなみが誰かと付き合ってるって話は、聞いたことはなかったし、みなみがそっちに鈍いのは知っていたけれど、でもこの顔であれだから、いくらなんでも、そんな。
「うそ、でしょ」
「こんなことで嘘なんかつかん」
みなみが肩をすくめる。
えええ。
私は軽いパニックに陥った。
絶対、みなみは他にも経験してるって思ってた。
「え、ほんとに、みなみ、その」
落ち着け落ち着け、と私は手を広げて上下させる。
「私以外とは、その…一度、も?」
首を捻って確認する私に、みなみはきょとんとうなずいた。
「うん、れいとしかえっちしたことないよ」
ストレートな言葉が返ってくる。
私は思わず天を仰いだ。
まさかの処女…いや童貞?
いやいや、それは置いといて、とにかく!
まさかの初めてだったとは。
その責任の重さに、少しおののく。
みなみは、このままだと、一生、私しか知らないことになる。
「それは、えーと…」
言いよどむ私の言葉を、お座りして待つ犬のような顔で待つみなみ。
私は何度もその顔を見直した。
もちろん愛は大事だ。
けど、あれの相性ってのも多分、すごく大事だと思う。
私みたいに、あれこれした挙げ句にみなみしかいないとわかったのならともかく、初恋で初めての相手としか一生関係しないって、それはそれで本当に正しい選択だったのか、後で悩んだりしないだろうか。
いやでも、だからって、これからみなみが他の人と…
と、それは想像することすら、頭が拒否する。
ああもう、どうすりゃいいの。
「…ごめん、やっぱりあかんかった?」
悶々とする私の様子を伺って、みなみが口を開いた。
「私じゃ、物足りないよね」
私の目の前で、明らかにしょぼしょぼとしょぼくれたみなみが、肩を落とす。
「ごめんな、経験なくて」
「え、あ、いや」
「みんな、どんなふうにしてるんやろ」
目の前で、みなみが途方に暮れてる。
いや、確かにあれこれはしてはもらったけど、だからといって、それがよかったかと言えば全然だったわけで。
でも、それを説明するわけにもいかなくて。
「う…」
「やっぱ、みんなと違って、下手くそやった…?」
「いや、そうじゃなくて」
言いながら、初めてみなみと結ばれた日の記憶が脳裏を掠める。
経験不足どころじゃない。むしろ、
「慣れてるのかと思った」
「な…!?」
みなみが目を白黒させた。
「んなあほな」
慌てて手をバタバタして
「夢中やったよ。何をどうしたらいいのか、全然分からんくて」
「分からなかった…」
あれが?
「だって、あんな…」
あれは、初めての人の取るような行動じゃないだろ。
あの時、それこそ初めての感覚に戸惑ってた私を、みなみは、えっと、その…。
う、顔が熱い。
思い出したら、もう。
真っ赤になって固まる私に、みなみが言葉を重ねる。
「あのときはもう、とにかく落ちてきたタナボタをこぼさんようにするだけで必死で」
私は餅か!?
「れいは、ほら、れいこやちなつさんとつきおうとったやんか、せやから、あんな人らに私が勝てるとしたら体の柔らかさと体幹の強さくらい」
それ、全然要らないやつ。
「とにかく必死やった…」
相当必死だったらしく、みなみは遠い目をして、感慨深げに中空を見つめた。
やがて、ゆっくり首を巡らせて私を見る。
「いつも気になってはいたんよ」
私の手を取って、そっと触れる。
「変なことしてへんかなって、れいが嫌なことしてへんかなって」
そう、いつもみなみが心配してくれるのは、私のこと。
言葉よりも雄弁に、触れる指先から流れ込んでくるみなみの気持ち。
その気持ちが、私を溶かすの。
「れいしか、知らないから、私」
そっと抱き締められて、耳元で囁かれる。
あったかい、みなみの腕の中。
そっか。
これも、私だけ。
私専用のみなみ。
「私だけ」
口にしたら、やっぱりうれしい。
「うん、れいだけ」
優しい掌が髪を撫でる。
ほどけてく。
みなみの手が、後頭部から首筋に降りて、頬を包む。
触れられる端から、私がとけてく。
誰にもとけなかったのに、みなみの指だけが私をとかす。
私しか知らないみなみ。
同じように実は、みなみしか知らない私。
内緒だけど。
やわらかく抱き締めるみなみに、身体を摺り寄せて、きゅっと、みなみの服を握る。
「もっと触って」
「ええの?」
おずおずとみなみが尋ねる。
腕の中で、こくんと頷いてみなみを見上げた。
「全部、触って」
みなみの喉がごくりと鳴る。
夢中になって、私だけに。
みなみの胸に顔を寄せれば、トクトクと早鐘が聞こえる。
その心臓の音に耳を澄ませていたら、そのまま易々と抱き上げられた。
一生、私専用の優しい腕の中、私は猫のように体を丸める。
安堵もときめきも切なさも快さも、全部くれるみなみ。
ずっとずっと、私専用。