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魔法世界の資本論

§7 金融システムの発生

 信用の概念は資本主義経済の根幹である。だがこの概念の本家は資本主義の発生地ヨーロッパではなく、華北に誕生した金帝国下であるという。この稿は史実における資本主義経済の発展状況を論じる物ではないので、元祖探しには関与しない。重要なのは如何にして信用の概念が生まれたかである。

7-1 紙幣の誕生

 キタイ帝国を滅ぼして金帝国を建国したジュシェン(女真)人は森林地帯の狩猟民で、固定家屋に住み、首領や採取のかたわら農耕も行っていた。金帝国はキタイ帝国の領土をそっくり受け継いだ上に新たに華北を領土に加えたが、北方は内モンゴルまでで、外モンゴルには支配は及ばなかった。やがてそこからモンゴル帝国が勃興してくるのである。

 それはさておき、ジュシェンは狩猟や採取のかたわらに農耕を行う定住生活を営んでいたので、遊牧型のキタイ人よりもシナ型の都市文明になじみやすかった。華北の発達した商業を維持するためには大量の通貨を必要としたのだが、あいにく華北にはそれをまかなうための銅の鉱山が無かった。そのために金帝国では通貨の補助手段として約束手形を大量に発行した。

 要するに金王朝下で発生した手形制度は、貨幣の不足を補うためであった。これまでの貨幣となる貴金属の不足と社会の衰退の相関関係を突き崩す大改革であった。金帝国の領域は北シナに留まっていたが、これを滅ぼしたモンゴル帝国はユーラシア全体へ拡大の過程でこの制度を発展させ、世界初の紙幣制度を生み出した。製紙印刷の技術はどちらも中国文明に起源があるのだからこの技術の結晶である紙幣がその文明圏から生まれたのも当然と言える。

 さて魔法世界への応用である。錬金術が貨幣の不足を補いうるので有れば、この様な展開は起こりえないはずである。だが錬金術の理論それ自体が信用の概念を生み出す可能性がある。西方で発達した錬金術と東方で構築された錬丹術の理論が融合し錬成学が誕生する。これは金と生命とを等価交換する学問である。つまり信用の概念は商人の生命によって購われる。錬成学によって生命から金が生み出されるので有れば、「ベニスの商人」に描かれたよな契約も充分に有効であろう。そこから銀行家=吸血鬼という概念が生まれる。

 ちなみに、ワラキア公ヴラド・ツェペシをモデルにした吸血鬼がドラキュラ伯爵なのも、カウントという言葉に(外国の)伯爵という意味の他に数えると言う意味があるからであるらしい。

7-2 信用と利子

 紙幣が鋳造貨幣の代用として用いられた理由として、それが当時の最先端技術であって偽造が困難であった事が挙げられる。そもそも貨幣とは商取引を行う際に双方が価値を共有出来ると言う点から広く利用されるようになった物である。そこに国家の保証は別段必要ではない。

 そして国家に信用がなければ紙幣は通用しない。その良い例が明帝国における事例である。元を故地へ追って建てられた明帝国でも紙幣の発行も行われたのだが、元時代ほどの信用が得られずに流通しなかったと言う。鋳造貨幣が機能するのはそれ自体が価値を持っているからに他ならない。

 逆に個人の信用に裏打ちされた為替手形というのはより手の込んだ貨幣として十分に機能する。それを基盤として発展した資本主義制度というのは国家制度とは無関係に存在し得る訳である。

 利子というのは金融市場の発展には不可欠の要素である。ギリシア=ローマ時代には普通に受け入れられていたこの制度が中世ヨーロッパのキリスト教徒達に罪悪視されたのは単に教義に反すると言うだけではない。これは古代には行われていた債務者を奴隷として売って借金を補填すると言う手法が使えなくなった事による。実際に債務不履行者への処置として債務奴隷制度以上に簡単な解決法は無い。

 関連稿 §4 奴隷制の経済的側面

7-3 担保と抵当

 債権を保証する制度として(債務奴隷の代案として)考え出されたのが担保と抵当である。

 担保というのは借りた金額より高価な品を貸し手に預け、債務不履行になった場合にその所有権を委譲すると言う制度である。一方抵当というのは担保物品は債務者の手元に残り、借金を返すまでその売買が禁じられると言うモノである。

 借金の代価となる品物を持ち合わせていない人間には保証人という制度がある。これをさらに発展させたのが金融中立人(あるいは仲介人)と呼ばれるモノで、ここからさらに進むと銀行制度へと移行する。

 魔法の概念を導入するといくつかの問題点が解決される。ここで想起されるのは誓約の儀式、あるいはもっと直接的に呪いと言っても良い。これにより借金は容易に踏み倒せるモノではなくなる。魔法社会では生命と財産が等価で取り引きされることになる。

7-4 保険制度

 西洋では保険の概念はユダヤ人によって発明されたという説が根強いが、ヨハン・ベックマンは著作「西洋事物起源」(岩波文庫・全4巻)でこの俗説に対し否定的な見解を述べている。抵当はそれよりは古く、フランスの海岸部にのオレロン島の航海法に記載が有るらしい。この地方を領有していた公爵家の娘エレオノーラがイギリス王ヘンリーⅡ世と結婚してこの法律をイギリスへ持ち込んだという。彼女の息子がかのリチャードⅠ世である。

 保険の概念がヨーロッパに根付かなかったのはキリスト教の存在が大きい。キリスト教会がこのシステムこのシステムに抵抗を示したのは一つには金融業全般に含まれるギャンブル的な要素が嫌悪された為であろう。この点を指摘した一文が荒俣宏氏の著作シムフースイシリーズの第一巻「ワタシnoイエ」(角川ホラー文庫)の中にある。詳細は保険業というのは適度な不安が社会全体に広まっていて、且つそれが補償出来ないほどの危険性を持たない状態でのみ機能する。社会不安が信仰によって支えられている間は保険業は普及しない。保険業はある意味では金が神の地位を奪った結果広まったと言えるかも知れない。やはり荒俣氏は保険業は悪魔的な発想であると書いているが、神に対峙する概念である事には間違いない。

 魔法世界における保険制度には重要な要素が三つある。一つは錬金術の存在。これは高度に修練されて錬成学と呼ばれる体系を生み出す。次に生命と財産の等価にする誓約。さらに重要な第三のファクターは占星術による危険回避技術である。これも東方で発達した易学などと融合して宿曜道と呼ばれる高度な学問体系に纏められる。これを基底に据えると単なる保険制度を飛び越えていきなり株式会社制度へと発展するかも知れない。

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