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魔法世界の資本論
§1 前市場経済 慣習と指令
市場経済システムが発生する以前の経済形態として経済史では二種類が想定される。それがによる「下から」もたらされた諸規則によって運営される経済と「上から」もたらされた諸規則によって運営される経済である。前者を「慣習」経済と呼び、後者を「指令」経済と称する。専制君主もすべての慣習を打ち壊す事は出来ない。純粋な指令経済は非常事態においてしか存続出来ない。また純粋な慣習経済は非常事態に置いて共同体を軍事組織に変貌させる。そして軍隊はいずれは民政府という形態へと改変されるか、そうでなければ解体される。そう言う訳で、中央政府がすべての経済を管理する事は不可能であり、逆に中央政府の存在しない経済形態もまた存在出来ない。この混在タイプがの例として、慣習の要素が強い「封建制」経済と、指令の要素が強い古代「官僚制」経済が産まれる。
1-1 「封建制」経済
封建制とは、軍隊を民政府に転換していく過程で将軍達を領国の支配者に、司令官を地区の官吏に登用した一種の過渡的・妥協的な政体である。彼ら封建領主は中央に対して何らかの忠誠心を感じてはいるが、その指令の強制力は制限されている。その為、指令経済から慣習経済へと回帰していく。
軍隊の維持のため現地調達(略奪)は一時的に侵略者を富ませ、野心を駆り立てる要素には成るが、究極的な解決法には成り得ない。何処かの段階で拠点を定めねば成らず、自己の支配地域に置いて無制限の略奪は不可能である。方策としては、一つは捕虜を奴隷として働かせる事、もう一つは被支配者に貢租を課す事である。これは軍隊に限らず、非生産者階層を維持する最も有効な方策である。前者が野蛮で、後者が文明的とは限らない。
さて、王(中央政府)が従臣(特に軍隊)を養うためには輸送の問題が生じる。交通が困難な、現物貢租の時代には、収入源に近い場所に軍隊を分散配置し支配する事になり、これが結果的に封建制の状態へと帰結する。現物貢租の場合、地方領主が収税を担当し、まず彼らが必要分を取って残りを中央へ送ると言う形態が最も効率がよい。その為に封建体制下では長期的に中央が空洞化・衰退する事が避けられない。そして中央を空洞化しようとする地方勢力と集権化を目指す中央政府との綱引きが始まる。
魔法世界において想定される農耕民魔術文明圏においては、封建制の在り方に一考を要する。古代における封建領主とはかつては独自のトーテムを要する独自の魔法農耕文明を有する王であったと思われる。この独自の魔法が古代帝国への統一過程でどの程度保持されるであろうか。それは帝国領内の地理的条件に因る物とと思われる。つまり地理的条件の差が大きければ、同一環境での農耕魔法体系の統一は難しい。この多様性が環境操作型魔術と環境適応型魔術の差を生み出す分岐点であると言える。
此処で言えるのは、環境操作型魔法文明圏では中央集権が強い家産官僚制へと進むであろうし、逆に環境適応型魔法文明圏では中央集権が弱い封建制が打ち出される、と言う事である。
1-2 「官僚制」経済
支配者が地方政権との抗争にうち勝って中央集権化を推し進めるには、民政への移行、特に官僚制の導入強化が必要不可欠である。そして官僚制が成功するためには、1)汚職の防止のための監査制度、2)昇進制度と輪番制、3)新人登用制度の完備といった条件が必要となる。重要なのは税収入がきちんと中央で管理出来、また職務が特権として世襲化されないことである。これらすべての要件を満たすには市場経済システムの登場が必要なのであるが、官僚制それ自体は市場経済とは無関係に発展を遂げてきた。
納税を物納で行う為の手段として古代帝国は街道や駅逓制度と言ったインフラ整備を必要とした。しかし国家の規模が大きくなるとこれはあまりに非効率であり、やがてこれに代わる手法として金納が考案された。そして金納制度が機能するためには市場経済の発達状況は非常に重要である。よって市場経済が発生すれば中央権力は結果的に強化される事になる。
1-3 収入経済と市場経済の関連
非市場経済は、支配者の存在しない純粋な慣習経済の例を除いて、生産者からの余剰を収取され、官僚の生活資料として給される「収入経済」として捉える事が出来る。市場経済が存在しない時には租税や地代、あるいは徭役と言った経済関係は区別が出来ず「収入」と言う名前で一元的に捕らえるしかない。収入経済は市場経済に先行して、市場経済の発展の背景となるものであるが、市場経済が成立した後も残存している。それは「自由放任主義」が謳われた市場経済全盛の時代には意味を変え、国家の官僚による「公共部門」を維持する為に独立して機能する。社会主義は言ってみれば収入経済への復古である。
1-4 魔法教育の経済理論
魔法が国家管理されている社会では魔法使いはすべて国家官僚であるから、その報酬は国家財政によって賄われる。問題は魔法が国家から切り離されて管理されている社会である。彼らの財源は一体どこにあるのであろうか。
魔法世界では魔法使い養成機関は最高学府=大学に相当する。中世ヨーロッパの大学で神学がその中核であったように魔法大学では魔法学がその中心に据えられる。だからまず生徒からの学費が第一に考えられる財源である。しかしこれだけでは非常に心許ない。魔法の才能を持つ人間に学費を負担するような経済的な余裕が無かったらどうするか。在野に才能のある魔法使いを野放しにしておくのはかなり危険であろう。そう言う無統制な時期も背景世界としては面白いが。才能ある魔法使い候補を集めるためには当然に奨学金制度が考案されねばならない。だがそのような制度が維持されるためにはやはり市場経済の発達が不可欠であろう。
だが今考えているのは市場経済発生以前の話である。となると考え得る財源は二つしかない。一つは国家や地方政府からの寄付金・補助金であるが、もう一つはやはり錬金術を用いた自給自足策であろう。
次稿・§2 市場システムの勃興