衰退日本にトドメを刺す「2025年の崖」大企業の8割が未対応の現実 経営陣の不見識が問題の核心だ

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プロセスが消え、いきなり結果が出る

アナログ時代のビジネスのしくみをデジタルが破壊していくなかで、日本企業は低生産性・高コスト体質から抜け出せず、人口減に伴う消費の縮小で、都市と地方の格差はさらに拡大する――。後戻りのできない「2025年の崖」がいよいよ間近に迫っている。

最初に《2025年の崖》について、おさらいをしておこう。

現在進行しているデジタル化は、過去にわれわれが経験した電算化、情報化とは本質的に異なる。IoT、AI、RPA(Robotic Process Automation)、ビッグデータといった技術により、仕事や事業の形態が根本から変わる。

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預貯金の通帳や運転免許証、健康保険証などはすべてスマートフォンに入ってしまう。自動運転技術によってドライバーの需要は激減し、AIが病気を発見し治療や手術の判断が迅速になる。市町村の窓口業務から人の姿が消える。銀行の支店はなくてもよくなる。顔認証や目の光彩で本人確認が行われるようになり、現金もクレジット決済の手続きもナシで買い物ができる。

こうした変化が積み重なると、産業と雇用の構造が変わり、仕事の仕方が変わる。情報系、サービス系のITシステムだけでなく、受発注・生産・在庫管理など業務系、財務会計、人事給与といった基幹系のITシステムも根本から見直すことになる。

20世紀型の業務において、多くの労働者が担ってきた「プロセス」がすっ飛ばされ、いきなり「結果」が出力される時代になるからだ。

「レガシー」が社会を壊すおそれ

行政機関の証明書が不要になり、手続きはワンスオンリー/ワンストップ化し、単純な事務作業はシステムに任せ、専門知識がなくても一定レベルの仕事ができるようになる。DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、ヒト・モノ・カネの「中抜き」と「省略」のシステムであると言える。

しかし、話はそう簡単には進まない。2025年までにITの「断絶」がやってくる。

具体的には、日立製作所のメインフレーム製造撤退、Windows7/Windows Server 2008や統合会計パッケージ「SAP ERP」のサポート終了などが挙げられる。PHSやPSNT(固定電話網)の廃止も迫っている。

そうしたシステムを作ってきたIT技術者が、退職年齢に近づくのも大きなリスクだ。

メインフレームとCOBOLが全盛だった1980年代の新人エンジニアは、全員定年を迎え、システム開発・運用の現場から姿を消す。当時から使われ続けている古いシステムを作り直すにしても、土地勘のあるナビゲータがいない、地図もない状態では、システムはブラックボックス化し、刷新は難しい。

現在の社会・経済は複数のシステムが複雑・密接に連携し、数千、数万の業務プロセスが相互に絡み合って成り立っている。センサー、監視カメラ、スマートフォン、タブレット、パソコンなどから取り込まれた様々なデータが、目的・用途ごとに集積され処理されている。

ところが、この途中に20世紀型のレガシーシステムが紛れ込んでいると、流れが滞ってしまう。結果として経済・社会の動きがちぐはぐになる。計算ミスだけでは済まない。システムが誤動作すれば想定外のとんでもない事故が起こるかもしれず、誰もその暴走を止められない……。

大企業の8割が「レガシー」を抱える

《2025年の崖》が原因でライフライン(電気・ガス・水道)が止まっては困るし、金融システムのトラブルで預貯金のデータが消滅するようなことがあってはならない。

そのような大きな事故が誘発されるリスクは万に一つかもしれないが、小さなエラーでも、海外との取引に支障をきたす可能性が高い。海外の企業が24時間・356日のリアルタイム処理で動いている中で、この国の企業がバッチ処理(一定期間のデータをまとめて処理する方法)ではタイムラグが大きすぎる。結果として、日本の企業はビジネスチャンスを失うことになりかねない。

しかし現時点に限れば、システムは問題なく動いている。多額の予算をかけてレガシーモダナイゼーションを実施したからといって、機能・性能がアップするわけでもない。さらに脱レガシーを決意しても、「誰がやるのか」という問題がある。ユーザー企業の多くはIT技術者を抱えていないので、実務を行うのは外部のITベンダーだ。つまり再び「ベンダー・ロックイン(他のベンダーへの乗り換えが困難になること)」が発生する。

西暦2000年(Y2K)問題に対応するためのシステム改造は1995年ごろから始まり、完了まで丸5年を要した。実態は問題部分にパッチを当て、「根本的な解決はY2Kをクリアしてから」と先送りしたケースが多かった。現在も大企業の8割がレガシーシステムを抱えているのは、そのあと何もやってこなかったことを示している。

経済産業省資料「DXレポート」より
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まさに「喉もと過ぎれば……」だが、企業のIT部門やITベンダーを責めても始まらない。問題の本質は、実は経営陣の不見識にある。新しい事業領域を開く際には、そのタイミングで旧態依然のITシステムを刷新しなければならないはずなのだ。

それを怠っている企業が多いのは、この20年、日本企業が新たな事業領域に挑戦してこなかった証ではないか。実際、2018年の日本のGDPの世界シェアは5.7%で、1990年の13.7%とは比ぶべくもない。

世界に完全に取り残されてしまう

《2025年の崖》はキャッチーなフレーズなので、多くの記事の見出しに使われた。課題の在処について認識が広がり、「我が社は前向きにDXに取り組む」と宣言する企業も登場した。しかし多くは表向きのビジネストークで、DX化に向けた準備は遅々として進んでいないのが実情だ。

DXの準備とは、データやコードの正規化、As-Is/To-Beの業務分析と要件定義、既存IT資産の棚卸しなどを指す。遅れの原因としてしばしば「人材不足」が挙げられるが、経営陣が「やる」と決めればそれなりに進むはずだ。ここでY2Kのときのように、また穴の中に閉じこもって嵐が過ぎ去るのを待つようでは、この国は国際的に完全に取り残されてしまうだろう。

そればかりか、現在では米国のGAFA+M(Google、Amazon、facebook、Apple+Microsoft)、中国のBAT(BAIDU:百度、Alibaba:阿里巴巴、Tencent:騰訊)といったメガプラットフォーマの脅威がある。からくも国際競争力を保っている日本の製造業ですら、デジタル・ファーストに乗り遅れれば市場喪失の事態に追い込まれかねない。

少子・高齢化で縮小する国内消費と相俟って、企業の低生産性・高コスト体質、規制・制度改革の遅れは次々と負の連鎖を生む。意欲ある若者は海外で働くようになり、地方衰退と格差拡大を加速させていく。「日本スゴイ」と思っているのは日本人だけ、国ごと井の中の蛙、裸の王様になる。

経済産業省は、DX施策のゴールを2030年とするロードマップを策定する考えという。それは例えば、現在多くの企業が採用している総合業務アプリケーション「SAP ERP」のサポートが2025年に終了しても、ユーザー企業が新システムに移行するには5年はかかる、という予測に基づいているらしい。

すでに明らかになっている短期ロードマップでは「レガシー度評価・システム刷新準備期間」を今年前半まで、「システム刷新集中期間」を2021年から2025年までと設定している。

具体策として、外郭組織である情報処理推進機構(IPA)に「産業アーキテクチャ・デザイン・センター(仮称)」を設置して業種・業態ごとの共通基盤づくりを進め、併せて企業のDX度を評価・格付けする。今年の春から夏にかけて、DX度評価のための指標やDX格付け制度の詳細、DX準備企業向け補助金制度などが新聞・雑誌を賑わすことになりそうだ。