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2020年2月9日(日) NEW

ポン・ジュノ監督×是枝裕和監督 スペシャル対談 全文掲載

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今年のアカデミー賞6部門にノミネートされ話題をさらっている、映画『パラサイト 半地下の家族』(以下『パラサイト』)。中でも作品賞のノミネートはアジア映画初の快挙で、賞のゆくえに注目があつまっている。今回、ポン監督の来日に合わせて、10年以上親交がある是枝裕和監督との対談が実現。是枝監督の『万引き家族』とポン監督の『パラサイト』は、カンヌ映画祭でパルムドールを連続受賞したり、どちらも貧困層の家族をモチーフにしていたりと、なにかと共通点も多い。1時間に及んだ対談の内容を、全文掲載する。

『パラサイト 半地下の家族』の着想は “浸透する”という感覚 

是枝裕和監督)以前お会いしたのはトロント国際映画祭でしたね。

ポン・ジュノ監督)偶然お会いできて、是枝監督とうれしい気持ちでハグを交わしたのを思い出します。『パラサイト』は今年(2019年12月時点)、トロント国際映画祭、ニューヨーク映画祭と、『万引き家族』が歩んだコースを同じように歩んでいるなぁと思います。是枝監督から「今年1年は多忙で大変になるだろうね」と言われましたが、その通りになりました。

是枝)『パラサイト』は一番、最初に書いたのはどこですか?発想が浮かんだのはどのシーンですか。どういう描写ですか、もしくはどういう台詞ですか?

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

ポン)こう言ったら私が変態のように思われるかもしれませんが(笑)、「浸透する」という感覚に惹かれていたんです。他人の私生活、特にお金持ちの私生活を盗み見る、という感じ。彼らの知らないうちに、ひとつずつひとつずつ染み入るように浸透していく。そこに悪い意図があるとか、相手を傷つけたいという意図があるのではなく、食べていくために家庭教師になり、家の中に入っていく。浸透していく人が貧しき者で、浸透される対象になる家が富める者の家なので、そこから自然に社会の階層・階級・社会的な雰囲気がにじみ出てきたんだと思います。

是枝)その時、最初に浮かんでいるのは、笑いですか、コメディですか、サスペンスですか?

ポン)感情の種類やジャンルの感覚から、私はあまりアプローチしないですね。いつもシチュエーションだけを考えます。こういうことが実際に自分に起きたら、どうするだろうかと。それが実際の事件であると考えたり、3年前にソウルで起こったことだと考えたりして、あたかも実際の事件を、自分が自分を取材しているかのようにアプローチします。なので、これはコメディか?ホラーか?という形で自作を振り返ることはあまりしません。そのせいで、マーケティングチームはいつも苦労しています。「監督、このジャンルは何ですか?」と聞かれるんです(笑)。

是枝)ポンさんの作品の魅力って、あらゆるジャンルがミックスされて入っていて、それが見事に融合していることだと思うんですけど。スタートの時点ではジャンルっていう意識は無いんですね。

ポン)はい、意識しないです。私たちの実生活でも様々な感情やジャンルが混ざりあっていますよね。恋人に会ってランチを食べれば恋愛ドラマのような午後になるし、雨降る夜に痴漢に追われれば突然スリラーになる。私はそれを実生活のタッチとして受け止めたいと思っています。

金持ちと貧者に降る “雨”が露わにする格差

是枝)少しディテールの話を。今回も雨が非常に印象的に降りますけど。ポンさんの雨は、黒澤明監督並みに強い。ポンさんは映画を撮るとき、いつも雨を降らせたいと思っておられますか?

ポン)私にも撮影監督にも、雨のシーンにはこだわりがあります。子どものように幼稚な欲。つまり、映画史に残る雨のシーンを撮るぞ!といった、全体の映画の流れとは無関係な、子どもじみた欲があるんです。でも実は雨のシーンは10年ぶりで、『母なる証明』以来でした。
映画『パラサイト』でも、あのシーンは後半部において重要な意味を持ってきます。同じ雨なのに、お金持ちが住む街と貧しい人が住む街ではまったく違う事態が起きます。そのシークエンスで、人物が高いところから低いところへ、お金持ちの住む街から貧しい人が住む街へと移動するのに、雨も一緒に移動していくんです。

是枝)雨も降りていく…

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

ポン)人物と水が一緒に下へ下へと移動します。人物と同時に水も、富める者から貧しき者へ向かって流れるのです。その反対は成立しません。そこから来る不安感や閉塞感があります。雨はテーマとして重要なものだったので、あの雨のシークエンスは準備を念入りにしました。

ポン)是枝監督の作品でも『海よりもまだ深く』に雨のシーンがありましたよね。

是枝)そうですね、台風の日が舞台だったから。『真実』でも車の外に雨を降らせました。ただし、ポン監督みたいな大がかりな雨を降らせたら、そのシーンだけで映画の予算がなくなってしまう。(笑)

ポン)予算もたくさんかかりますが、特にスタッフたちが苦労しますよね。スタッフの苦労をここで語らないわけにはいきません。雨を作って降らせる特殊効果や照明チームの苦労も本当に大きいですが、制作チームは雨を降らせないといけない地域の住民に、1か月前から事前にお会いして、手土産も渡しました。「この日の夜、一晩中ずっと雨を降らさないといけない、本当に申し訳ない」と、婦女会の会長や住民会の会長にお伝えして。制作陣の涙ぐましい血と汗があってこそのシーンです。

“観客の呼吸を2時間コントロールする”

是枝)放送で使えないかもしれないけど、個人的に聞きたいことを聞いてもいいですか?(笑)
『パラサイト』の中で、【ネタバレ】のシーンがあるでしょ。監督の作品には、こうしたシチュエーションが多いぞと。お好きなんだなあ、と思って。『母なる証明』でも、母親がゴルフクラブを持って、カーテンの奥に隠れて、寝てる隙に出て行くでしょ。そういう、観客の息づかいと登場人物の息遣いを同期させておいて、すーっと止めてから、ポンっとはじけさせる。その後は、一気に走らせる。その緩急が非常に見事で。観客の息づかいを鷲づかみするんですよね。

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

ポン)観客が映画館の椅子から背を浮かせる瞬間というものが、ありますよね?そういう瞬間を作りたいと、いつも思っています。私の映画の2時間の間、300人の観客が誰ひとりとして携帯電話を取り出さない、そんな状況を作り出したいという欲です。「コントロール」という表現は良くないかもしれませんが、観客の吸う息と吐く息を、完全に一致させたいというような…。ヒッチコックが望んでいたことも、そこだと思うんです。監督が挙げてくださったシーンは、鋭く息が止まるような、サスペンスのシーンです。観客の息が苦しくて耐えられないくらいの限界まで引っ張って、ある瞬間に何かが弾けた後は、繰り広げられる状況が急激に滝のようにあふれ出て、追いかけていくのも息が詰まるような、そんな急激なテンポの変化。シナリオを書きながらも、そのリズムはよく考えます。是枝監督もそうですが、いわゆる巨匠と呼ばれる方々は、掌握しているリズムがあると思います。ひとつの交響曲が指揮者の手の中で最初から最後まで完結したリズムを持っているように、巨匠と呼ばれる方々の映画をみると、完全に掌握しているリズムがあると感じます。

“ストーリー展開のスケール感は黒澤明並み”

是枝)僕の映画は、転調こそするけれども、やっぱりポン監督ほどダイナミックに、オーケストラ100人が一気に楽曲を奏でるように、大きく展開させるっていうのは、相当力がないとできない。日本だと、黒澤明監督ですね。それくらいのスケール感が必要だと思います。ポン監督の中には、それがしっかりある。日本には今、あまりそういう監督はいないと思っています。今みたいな緩急の使い方っていうのは、聞かれたくないと思うけど、どの監督のどの作品をイメージするんですか?黒澤明監督ってポンさんの中でひとつのモデルとして、あるんですか?

ポン)黒澤明監督の作品もたくさんのインスピレーションを与えてくれます。あとは、アメリカのデヴィッド・フィンチャー監督も、カミソリの刃のような鋭利なリズム感を持っていると思います。是枝監督の作品も、相対的には静的だと感じますが、映画の底辺には繊細な緊張感が流れていると思います。『誰も知らない』も表面的には小さくて静かな瞬間が続いていきますが、そこには「どんなに待っても帰ってこない母親の不在」を基調とした、不吉な弦楽器のストリングスのような不安感が、長く続いている。そして、その弦がパチンと切れてしまうかのような、悲劇的な瞬間を迎えますよね。これは、「心のスケール」ともいうべきものでしょうか。是枝監督の方が、心や感情の描き方のスケールは、圧倒的に大きいと思います。映画はモノを投入してスペクタクルなものでなければスケールが出ない、とは言えません。『歩いても 歩いても』では、母親役の樹木希林さんが、自分の息子が命と引き換えに救った元少年に対して「息子の命日には毎年、あの子はお参りに来て、自分たちと同じように辛い思いをするべきだ」と暗い気持ちを持っていることを告白するシーンがあります。それも、「心のスケール」にあたると思います。人物が持つ繊細な心のレイヤーや心のスケールを描くという点で、是枝監督の映画のほうがはるかに大きいものを持っていらっしゃると思います。

是枝)褒められると困る。

“社会派”ではなく“映画派”でありたい

是枝)NHKからはね・・・

ポン)ふふふ(笑)

是枝)NHKはこういう時に、社会派的な切り口から捉えがちで。いつも僕は「やめた方がいいよ」って言ってるんですけど。今回の『パラサイト』はいわゆる貧困層を主人公にしているっていうことで、ポンさんの映画を、社会派映画的な切り口で、捉えたいらしいのですけれど。そういうアプローチをどう思います?

ポン)社会派…(笑)というほどでもないですね。私は“映画派”でありたいです。映画そのものが与える面白さや興奮、美しさが、私にとって最優先です。映画が面白くなるためには当然、人間に対する描写が正直でなければなりません。人間をもう少し面白く、興味深く扱おうとした結果、その人が生きている時代や属している社会が自然と現れてきます。だから映画に、韓国という国や、時代の姿が現れるんだと思います。そういう流れなので、最初から私は社会・政治・歴史という旗印やスローガンを手に、動いたことはありません。是枝監督の『万引き家族』も同じようなアプローチだったのではないでしょうか。政治的なメッセージを最初から目標にしていましたか?

是枝)全くそうではないんですよね。「メッセージはなんですか?」という質問が一番困りました。

ポン)そうですよね。映画監督は、映画のフィルムより前に、「これがメッセージだ」と旗をなびかせて掲げたい、とは願っていないと思います。映画は豊かなものなので、時にはあいまいに、時には映画そのものを美しい、と観客に受け止めて欲しいと思いますよね。是枝監督もそうではないですか?

是枝)その通りです。

ポン)「『真実』のメッセージは何ですか?」(笑)

是枝)今回は、カトリーヌ・ドヌーブさんをどう面白がって撮るかが、自分に課せられた最大の命題でした。カメラを回してない時の彼女を見ていると、目が離せないの、面白くて。現場で彼女と別れた後は、いつも誰かに伝えたくなるの、「今日カトリーヌ・ドヌーブがさ・・・」って。それは樹木希林さんに似ていて。その面白さを、どう作品に取り込むか。彼女の面白さを引き出したいっていうのが、最大のテーマでしたね。

ポン)理解できます。『母なる証明』で主演したキム・ヘジャさんや、普段のソン・ガンホさんを見ている時の感覚と似ていると思います。「この瞬間を画面に収めたい」、そんな衝動があります。

カトリーヌ・ドヌーブとソン・ガンホ 名優たちの演技

ポン)今回、『真実』を拝見して驚いたのは、カトリーヌ・ドヌーブさんの演技がとても素晴らしかったことです。カトリーヌ・ドヌーブという俳優そのもの、存在そのものが映画から表れていました。あの穏やかで貫禄のある姿から。そして、ジュリエット・ビノシュさんやイーサン・ホークさんが新たに見せた、あのリラックスした姿。すでに監督と3~4本は一緒に作品を撮っていたかのような感覚がありました。是枝ワールドの中に自然に吸収されていて。イーサン・ホークさんが若干、リリー・フランキーさんみたいな感じに(笑)。やはり監督のタッチが重要なんだなあと、楽しく拝見しました。

是枝)ありがとうとうございます。

ポン)カトリーヌさんは、時々、アドリブや即興もされるんでしょうか?

是枝)ほぼ全部、台本に書いています。ただ、撮影の前に長いインタビューを何回もさせてもらっているので、そこで聞いた彼女の言葉を台本に取り込んでるんだけど、彼女は撮影になると、それが自分の言葉だということをすっかり忘れているので。

ポン)まるで初めてのように…

是枝)そう、すばらしいでしょ(笑)。「こんなこと言ったら嫌われるわよ」とぼやきながら、台詞を言っていましたけど。

photo L. Champoussin (C)3B-分福-Mi Movies-FR3

ポン)名俳優の共通点だと思います。ソン・ガンホさんも、アドリブと書いてある台詞の境界線を消してしまう能力があります。私が精巧に書き上げた台詞もアドリブのように生き生きとこなしてしまう。逆にソン・ガンホさんのアドリブは、それがシーンの求めるものや全体のストーリー構成にぴったりはまるので、「これはシナリオの中にきちんと計算されて書かれていた台詞なのかな」と観る人に感じさせます。この双方の境界線を、無くしてしまうような感じです。

是枝)今回もソン・ガンホさんはそういうアドリブがあったんですか?

ポン)『パラサイト』では一度だけでした。『殺人の追憶』のときがいちばん多くて、巧みに、たくさんアドリブを入れてくれました。『パラサイト』はストーリーが緊密で、10人の俳優たちがアンサンブルとして歯車のように回っていく流れだったので、今回はアドリブを少なくしたようです。

是枝)『パラサイト』はここで笑わせてやろうっていうのではなくて、人間の本来持っている「おかしみ」みたいなものが、自然とにじみ出ていました。ポンさんとガンホさん、お二人の持っている個性がとてもよい形で作品に出ていると思いました。

ポン)私はシナリオを書くときに、このシーンで観客を笑わせたいという目標のようなものは全くありません。俳優たちも「ここは笑いのポイントだ」といったアプローチはしません。ソン・ガンホさんやほかの俳優さんたちは、「事実」に沿ったトーンを演じる、いわば表現に余裕がある俳優たちです。中でもソン・ガンホさんには、いろいろな俳優のアンサンブルの中心を掴んでくれるトーンというものがあります。太陽と衛星のようにして、ソン・ガンホさんを中心に他の役者がその周りを回る、そんな威力がありますね。

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

海外で映画を撮るということ

是枝)今回、韓国の現代社会を描こうと思ったのは、やはり韓国を離れて、外国で2本大きな作品を撮った経験も影響していますか?

ポン)半々ですね。『オクジャ/okja』『スノーピアサー』でアメリカやイギリスの俳優と一緒に撮影するのは、もちろんそれは楽しく新たなワクワクする経験でしたが、それと同時に若干のもどかしさも感じました。『パラサイト』では自分の母国語で、俳優たちと細かい部分まで楽しみながら撮影したいという衝動は確かにあったと思います。是枝監督は、フランス人俳優たちとの撮影は『真実』が初めてですよね?映画を拝見して、楽しさと幸せを感じました。フランス人俳優たちと和やかに、幸せに包まれて撮影されたのでしょうね。

是枝)そう言ってもらえると嬉しいですね。僕も『真実』は現場の雰囲気がそのまま作品に写し撮られているような気がしますから。観終わって、気持ちの明るくなるような。僕の作った作品では珍しい。(笑)

ポン)映画のエンディングもそうですし、穏やかな幸せがありますよね。人は皆、過去に良くない思い出や悪い思い出があるものですが、それが雪が解けるように作品に溶け込んでいると感じました。「自分はいつになったらこういう映画を撮れるだろうか」と、羨ましくも思いました。

photo L. Champoussin (C)3B-分福-Mi Movies-FR3

是枝)制作周りの話をうかがいますけど、働き方改革というか、撮影時間はルールをきちんと守って作るということを、『パラサイト』では徹底されたんですね。

ポン)それは『パラサイト』が初めてではありません。3、4年間から、韓国の映画産業が決めた労働時間に沿って制作してきました。昔のように徹夜での撮影が武勇伝になった時代は、完全に終わりました。あとは、ムン・ジェイン政権が週52時間労働という規定を作ったので、映画界もそれが適応されています。私も休みを取りながら撮影をするのが一番いいと思います。

是枝)僕は今回はじめてフランスで1日8時間、週休2日で撮影しました。長い撮影期間で、一度も体調を崩さなかったし、スタッフは撮影が終わったら家でご飯が食べられるから、シングルマザーも現場で働ける。日本では考えられない、恵まれた環境でした。最初は明るいうちに撮影が終わってしまったら「ちょっともの足りないな、大丈夫かな」って気持ちはあったんですけど。撮影が進んでスタッフの心労も溜まってきたときに、結果的にはそのルールが撮影現場のスタッフと役者を守ってくれるという。いまの日本だと、現場の負荷が一番弱い、若いスタッフに向かってしまうので、急速に変えていかないと。多分そこは韓国のほうが進んでいると思います。僕は若い人たちに対して責任があるので、日本の現場をなんとかしなきゃなと考えています。

ポン)韓国もすべてが完璧に進んでいるのではなく、改善の途中です。低予算映画やインデペンデント系の映画では、状況は変わってきますからね。でも私が『殺人の追憶』や『グエムル』を撮影していた頃よりは、確実に良くなっています。当時は無理を重ねたので、いま考えると後悔しています。

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

パルムドール連続受賞 “オリエンタリズム”を超えて

是枝)『パラサイト』は今、北米で旋風を巻き起こしていて、今回はアカデミー賞の中心に『パラサイト』がいる。今、色々な風を感じているんじゃないですか?

ポン)是枝監督も同じだと思いますが、映画監督は賞のために映画を作るわけではありませんよね。一生懸命映画を作った後に眺めてみると、こうした…私は「面白い騒動」と呼んでいるのですが、「面白い騒動」が相次いで起こるので、楽しみながらも自分自身を見守っているような感じです。「みんな、どうしちゃったんだろう?」という気持ちでしょうか。是枝監督も去年、カンヌ映画祭以降、同じ気持ちだったのではないでしょうか。

是枝)そうなんですよね。たまたまこうやってアジアの監督が2年つづけてパルムドール賞を獲ったということと、ふたつの作品が貧困層を描いているという共通点があることから、NHKから僕にお声がかかって、こうして対談をさせてもらって。そのこと自体はとても嬉しいんですけど。多分いろんなところで、「アジアからパルムドールが2年連続で」と、質問されることも多かったんじゃないですか?あまり心地よくはなかったでしょう?(笑)

ポン)どうでしょうか。日本と韓国、東アジアの国から連続受賞したのが珍しいことは事実ですよね。映画や映画祭を、オリンピックのように国家や大陸で分けて考える必要は必ずしもないとは思いますが。でも、私も是枝監督も、賞を意図して作ったわけではないですよね。カンヌだって、「いまこの時期はアジアが重要だ」といった政治的な判断は絶対にしません。審査委員たちが感じた通りに決めているだけです。このような興味深い結果になったのは、「楽しい偶然」のようなものだと思います。

是枝)ヨーロッパの映画祭で受け入れられるものって、狭い範囲の中での「評価軸」というものが結構明快にありますよね。特にアジア映画に関して言うと、いわゆる「アート映画」。それが居心地悪いことも、しばしばあるんだけれども。でも、ポンさんの『パラサイト』が素晴らしいのは、あくまで今までやってきた通りのエンターテイメントで、最初に出る感想は「面白い」ということ。それを今回も貫き通してこの評価をもらっているところが、本当に素晴らしい。

ポン)そう言ってくださり、ありがとうございます。『パラサイト』を作るとき、なにかを目標にしたり、狙っていたりしたわけでは全くありません。海外で制作した『スノーピアサー』と『オクジャ/okja』を経て、久しぶりに韓国に戻ってきて、「韓国人の俳優たちと楽しく撮影しよう」「同時代に生きる人々の話を、赤裸々に正直に描いてみよう」ということを主眼においたら、このような結果がついてきました。是枝監督も『万引き家族』で、現代の日本の人々の姿を非常に正直に、人間そのものの視線から描いていますよね。昔は正直言って、いわゆるオリエンタリズムが映画祭で注目を浴びる時代もありました。でも『パラサイト』や『万引き家族』はそういうものとは無関係なので、そこに意味があるんだと思います。

“映画に国境は無い”

ディレクター)最後に、お二人は日本と韓国、同じ東アジア出身の監督と言うことで、お互いの存在をどのように感じていらっしゃるのか、お聞きしたいと思います。

是枝)アジアでくくるのは、僕はあまり好きじゃないですね。アジア人の監督には友達が多いから、映画祭では誰よりも早く駆け寄ってハグしてくれたり、一緒にご飯食べに行ったりはするけれど、アジアをひとくくりにするのはヨーロッパや西洋の目線の中で、自分たちがそこにどう位置づけられているかということでもあるので、非常に居心地の悪いプロセスでもあるんですよね。ポン監督と僕は、世代も違うし、背景も違うし、同じカテゴリーではないですしね。でも、ポンさんはアジアとか韓国っていう括りを外した上で、同時代に活躍されている監督の中で最も尊敬している一人です。そういう存在です、僕にとっては。常に新作は必ず観させていただくし、繰り返し観るし。

ポン)本当にありがとうございます。私も同感です。何年か前に、釜山国際映画祭でフォーラムが開かれました。そのとき、ホン・サンス監督とタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督と私の3人が招かれて、「アジア映画とは何か」について話してくれと言われたことがあります。でも主催者が望む話を、僕たちはできなかったんです。自分はホン・サンス監督のこの作品が大好きだとか、ホン・サンス監督はアピチャッポン・ウィーラセタクン監督のあの点が良いんだとか話したんですが、主催者側はずっとアジアという観点の話を求めていました。だけど監督3人はみんな、それぞれ映画のシーンや好きな登場人物の話をして終わりました。私はそれが自然なんだろうと思います。もちろん地図上ではアジアであることは事実ですが、私はただ是枝監督の映画が好きなんです。カトリーヌ・ドヌーブさんや樹木希林さんやリリー・フランキーさんの、監督が撮るシーンでの表情の数々、そういう瞬間・瞬間を愛しているんです。

是枝)僕も全く同感です。映画というものをベースにおいた時に描かれる世界地図というのは、今地球上にある世界地図の区分とは違う。国同士の国境がある・無い、仲違いをしている・していないということとは全く違う関係を築けるし、築いた作家たちがこうやって交流をしている。そのこと自体が映画の力だと思うし、魅力だと思っているので。

ポン)同感です。

気になる次回作の予定は?

是枝)こうして忙しくキャンペーン活動をしていると、「早く次の映画を撮りたい」と思うでしょ?

ポン)本業の創作に戻りたいですね。今は韓国語での映画と、英語での映画、2つのプロジェクトを準備しています。最近ほんの少しだけ飛行機の中などでシナリオを書いているような状態です。是枝監督はすでにもう、次のシナリオがあるんじゃないですか?

是枝)まだですね。5年続けて作品を撮ってしまったので、ちょっとインターバルを置いて、作るペースを変えようかなと。

ポン)素敵です。・・・でも正直言うと、早く新作を撮ってほしいです。早く観たいので、本当に(笑)。私だけでなく、韓国の沢山の観客たちも待っています。韓国の観客が監督の映画をとても愛しているのをご存知ですよね?

是枝)いつも温かく歓迎してくださる。さかのぼって昔の作品も観てくれて、本当にありがたいです。

ポン)韓国には情熱的な映画ファンがたくさんいますからね。

是枝)映画を作っている人たちも、映画を批評する人たちも、日本に比べて韓国は圧倒的に若いですよね。いま若いエネルギーが映画という芸術、文化に注がれている感じがして。かつては日本もそうだったから、必ずそういう時期を経て、変化していくとは思うんですけど、見ていてとても眩しい。

ポン)情熱的で、ダイナミックな観客が多いです。激烈な文化ですね。ファンがお金を集めて映画館を借り切って自分たちが好きな映画を再上映したり、監督や俳優とのファンミーティングをしたりする、そんな情熱的なファンがたくさんいるんです。私にはそういうファンがいないので話に聞くだけですが(笑)。是枝監督にはたくさんのファン層がいますよね。

是枝)ポン監督、こういう言い方はイヤだと思うけど、韓国国内では国民的な作家になって、パルムドールもとって、アカデミー賞でも賞をとられると思うけど、世界的な知名度が上がっても今まで通り、ポンさんの中にある変態の部分を隠さずに、とにかく面白い映画を作りつづけてください。

ポン)はい。いつものようにやっていくしか方法はないと思います。歌手は突然歌唱法を変えることはできないですし、画家が画風を変えることができないように、監督は自分のスタイルをコンピュータープログラムのように変えることはできないですよね。なので、これまで歩いてきた道を、これからもただ歩き続けるだけだと思います。

是枝)応援しています。

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