“無欲のとき神は人に力を与える” | 『 真理は自然の中に在り 』

“無欲のとき神は人に力を与える”

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~故人『政木先生』からのメッセージ~




科学万能の教育を受けた現代の人々は、科学で説明できない奇跡に対して信じることはできないだろう。


私もかつては信ずることができなかったが、自分の目前で起きた奇跡に対し、その現象が事実であるからには否定することもできず、その科学的な究明に乗り出すことになった。




私は、この不思議な事実を現代の科学で説明づけしようと、種々の測定器を作り電気的または機械的な実験を行っている時、はっきり科学的エネルギー以外のエネルギーの存在を知ったわけである。


その科学的エネルギー以外のエネルギーは神とか仏とかの力ではなく、神様がわれわれにその存在を示すためにされた事実であるように思えた。



この不思議な力を発揮する神のエネルギーにすがりたくなるのが人情の常かもしれない。


今まで神の存在を否定してきた人でも、神の偉大なる奇跡を見た瞬間から神に頼りたくなってくる。


しかし、神は、奇跡によってその存在を知り信じるだけで、それ以上神について探求したり、依頼心を持ってはいけないと告げる。神に依存心を持つと、何事も失敗の方向に進む。


 その失敗によって、神に頼っては何の助けにもならぬことを神は無言の教えによって導いたものである。


それを理解せず、再度神に願うことは具の骨頂であろう。



神ごとき丸き清き心によってすべて行うこと、すなわち、自分の良心を基調とした行動をすることが、神の存在を知りえた人の人徳というべきであろう。


人間は神や仏の存在を知っても、それに頼ってはいけない。


自分の力によって、自分の道を切り開いてゆくべきである。




人間は自分の任務に対して全精力を注入し、99.99%まで完成に近づけると、神は残りの0.01%だけの力を貸してくれるときもある。


神は、求め願うものではない。


ただ感謝の気持ちをもって奉仕すべきものである。


神に願わず、神に頼らず、神に対する奉仕を無償の気持ちで続けておれば、神は願わなくても望みの何倍かのものをわれわれに与えてくださる。


求めないときに不思議な力を誇示する神様も、人間が欲望を持って願うときには、何一つ叶えてくれないことを私は事実をもってしらされた。



よく困ったときの神頼みというが、困ると神社や仏閣へ行き、一生懸命に願っている人がいるが、それまで何が神かと見向きもしなかった人々が、自分の都合だけでお願いして、はたして神は聞き届けてくれるだろうか。


いくらお人よしでも、自分勝手なときだけ助けてくれといわれても助ける気は起こさないと同様に、神様だって、ぐうたらな、わがままな生活をしていた人が、困ったから助けてくださいといっても聞いてくれる道理がない。




神の力も他力を頼る者への働きかけはゼロである。


自分の努力によるとき、神の力は願わなくても倍増する。