2020年1月30日、フジ住宅ヘイトハラスメント裁判の結審が大阪地方裁判所堺支部で開かれました。結審では原告・被告の最後の口頭弁論が行われ、あとは判決を待つばかりです

判決は5月14日14時から

結審から判決まで間が空いているのは、じっくりと判決文を書きたいという裁判長の意思のあらわれでしょうか。なんでもヘイトハラスメント裁判の裁判長は、先日別の地域に異動になったにもかかわらず、この裁判を判決まで担当してくれることになったそうです。この裁判の重要性を物語るエピソードかと思います

……あとは裁判長の情熱が、きちんと法と人権に向けられていることを祈りましょう

さて、今回の結審は僕も傍聴しようと大阪地方裁判所堺支部に出かけました。残念ながら抽選に外れ、裁判の傍聴はできなかったのですが、支援者集会には参加しました

というわけで、今日はフジ住宅ヘイトハラスメント裁判の支援者集会のお話です


フジ住宅ヘイトハラスメント裁判とはなにか


ご存知ない方もいると思うので、フジ住宅ヘイトハラスメント裁判について簡単に説明します

これは一部上場企業であるフジ住宅に対する、民族差別に端を発する労働裁判です。訴えは、パート従業員である在日コリアン3世の女性がおこしました

フジ住宅の創業者にして現在の会長・今井光郎さんは、業務とはまるで関係ないにもかかわらず、従業員たちにヘイト本のコピーを配布。感想を書くよう「お願い」しました

また、2015年の大阪市における中学教科書採択では、市教育委員会が開催した教科書展示会に従業員を動員。アンケートに育鵬社の教科書を支持するよう「お願い」しました

当然のことながら、企業の創業者会長の「お願い」ですので、従業員にとっては限りなく「強要」に近いです。特に教科書アンケートについては【参加したくない者】が名乗り出なければならなかったとのことで、強制力はより強かったはずです

今井光郎さんの強要は、フジ住宅ヘイトハラスメント裁判においてもいかんなく発揮されました

それが前回期日の「フジ住宅ヘイトハラスメント裁判 社員動員事件」です


今井光郎の強制力


「フジ住宅ヘイトハラスメント裁判 社員動員事件」については、以前に書いたことがあります


これは2019年10月31日、ヘイトハラスメント裁判第16回期日に今井光郎さんが本人尋問されることに伴い、社員を大量に動員した事件です

フジ住宅は全従業員に有給休暇をつかって裁判を傍聴するよう呼び掛けました。その結果、従業員・その家族・さらには取引先などフジ住宅側の傍聴希望者が約600人集まったのです

個人の顔がバッチリ映っているためリンクは貼りませんが、YouTubeで「フジ住宅ヘイトハラスメント裁判」と検索すれば、当時の様子を撮影した動画がすぐに見つかります

また、『週刊金曜日』2020年1月24日号には、この日のレポートが掲載されています

"営業先から立ち寄ったようなスーツ姿の男性や、事務仕事の合間に顔を出したような女性たち。普段着姿の者も含め、朝の出社時のような挨拶を交わす。談笑する者やスマホに没頭する者、出くわした同業者に声をかけ「これから仕事ですねん」と笑う者もいれば、名刺を交換する者までいる。下請け業者らしい"
『週刊金曜日』2020年1月24日号

とまあ、第16回期日は、およそ裁判所前らしからぬ光景が広がったわけですよ

一方で結審の2020年1月30日はというと、それなりの人数が集まったのはたしかですが、そんな無茶苦茶大人数というわけではありませんでした

この日、傍聴に集まった人数は172名。しかも原告側の支援者集会に102名も集まったことを考えると、フジ住宅側の傍聴希望者は普段の期日と変わらないーーあるいはそれよりやや少ないていどしかいなかったことになります

では、フジ住宅は結審を社員に知らせていなかったのでしょうか?

いいえ、そんなことはありません。支援者集会では、今回の結審でも社内に文書での呼び掛けがあったとうかがいました

前回と今回の違いはなにか?

もちろん前回は今井光郎さんが本人尋問にやってきた、特別な裁判というのはあります。だが、それだけではない

前回は社内文書に付して今井光郎さん個人の「お願い」の言葉が掲載されており、今回はされていなかった

ここも大きなポイントなんですね。今井光郎さん個人が関わっているかどうかが分かれ目です

たとえば2015年の教科書アンケートの際に、たとえ会社からの「お願い」があったとして、それだけで社員たちは育鵬社の推薦に協力したでしょうか?
たとえ右寄りな思想な人でも、そんな面倒臭いこと、普通はお断りですよね
そこで今井光郎さんは自分の声で「お願い」を録音し、社員たちに聞かせたといいます。それが教科書アンケート動員の原動力でした

今井光郎さんの声、今井光郎さんの文章ーーフジ住宅社員にとっては、それがなにより重要ということです。今井光郎さんがフジ住宅においてどれほどの権勢を誇っていたかわかりますね


労使関係の「あるべき姿」が歪められた


改めて言う必要はないかもしれませんが、労働者は労働力のみを使用者に提供している存在です

お給料で自分の内面まで売り渡しているわけではありません

しかし今井光郎さんはその強制力によって、そんな「あるべき姿」を歪めました

ヘイト文書の配布・感想文の強要からの感想文配布。教科書アンケートへの動員。裁判への動員。どれもこれも、まったく業務とは関係のないことばかりです

(ウヨさんはよく「労働組合が戦争反対を叫ぶな!労働問題だけ扱え!」と喚きますが、それとこれとは別物です。なぜなら戦争や人権侵害で犠牲になるのは、権力者ではなく労働者たちだからです。だから労働組合は積極的に左派的な運動をしなくてはならないのです)

……ともかく、会社の最高権力者がつくりだした歪みは、会社で一番立場の弱い非正規雇用の従業員である原告に向かいました

結審において、弁護団が強調したのが、この【会社で一番立場の弱い非正規雇用の従業員】という点です。しかも原告の場合、今井光郎さんが配布したヘイト文書の攻撃対象でもあるのです

ヘイト文書配布による会社の歪みがどのような権利を侵害しているのか、支援者集会で弁護士の一人がまとめていたので紹介します

・人種差別されない権利
・内面の自由を犯されない権利
・職場での人間関係を自由にする権利

右とか左とか関係なしに、すべての職場で守られるべき権利ですね。この裁判の本質が、ヘイト問題にあるばかりでなく、労働問題にもあることがよくわかるまとめだと思います


ヘイトはなぜ駄目なの? なにをもってヘイトなの?


前項までから察しているかもしれませんが、原告側は主に労働問題としての面を結審で強調したようです(ヘイト面での責めは、前回今井光郎さん相手にさんざんやったというのもあるでしょうが)

一方、フジ住宅側はというと、結審でも相変わらず「ヘイトの意図はなかった」で押しきるつもりだったようです
(なお、支援者集会で弁護士さんの一人が言っていましたが、このての裁判で会社側が結審で弁論するのは珍しいそうです)

どうもフジ住宅側はいつまでたってもヘイトがなにかすらわかっていないようですね

そんなフジ住宅のために、僕が世界一面白くて短時間で終わる荻上チキさんのヘイトスピーチ解説動画を埋め込んでおきます



では、まずは動画でヘイトスピーチがどのように定義されているか見てみましょう

①それ自体が暴力的な表現
②人々の差別を煽るような表現
③ヘイトクライムに繋がるような扇動的な表現

荻上チキさんはこれらを踏まえ、ヘイトスピーチを「特定の属性に対する攻撃的で憎しみを煽るような表現」とまとめています

また、ヘイトスピーチの害悪についてはこう述べています

"そうした(ヘイトスピーチが横行しているような)状況ですと、精神的にもストレスがかかるだけではなくて、具体的な不安感というものが襲ってくる。場合によっては実際の犯罪につながってしまう可能性もある"

フジ住宅の詭弁①

さて、フジ住宅側は前回期日で「原告が他の社員から罵られたりヘイト発言を浴びたことはない」ということを証明したと主張しています。しかし、そこまでいけば名誉毀損という名のヘイトクライムにあたるでしょう

よしんばクライムとまでいかなくとも、ヘイトスピーチが呼び起こす被害者の"具体的な不安感"が、不安感の段階にとどまらず、現実になったものではあります

ヘイトスピーチ的な文書の配布が問題の焦点であるときに、ヘイトスピーチより先の段階にあるものを指して「フジ住宅はヘイト企業じゃない!」と言うのは的外れもいいところです

例えて言うなら「こんなに残業したら過労死してしまいます」と訴える従業員に、「まだ死んでないじゃん、へーきへーき!」と返しているようなものなのです


フジ住宅の詭弁②

ヘイトスピーチの定義②「人々の差別を煽るような表現」には、ひとつの前提があります

それは【差別を煽ることができる土台がある】ということです。マジョリティとマイノリティとの権力勾配であったり、すでに差別構造ができあがっている状況がそれにあたります

言うなれば、「差別を煽る」とは、権力勾配を利用して差別構造をつくること(上から下へしか差別構造をつくれないのがポイント)、もしくはすでにある差別構造を強化・拡大することに他ならないわけです

で、あるならば、フジ住宅が結審でもしつこく主張していた話がいかにトンデモかわかろうというもの

フジ住宅に差別的な意図があろうがなかろうが、在日コリアン等が受けている差別構造を強化・拡大している時点でアウトなのです

このあたりのことは、フィンランドの「無差別法」の話が参考になります

"フィンランドの無差別法では差別の定義の一つに「ハラスメント」すなわち「意図的に若しくは事実上、ある個人若しくは集団を脅迫、敵意、侮辱、屈辱又は攻撃的環境を作ることにより、その尊厳若しくは品位を傷つけること」があり、ヘイト・スピーチを含めている"
師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』

事実上ヘイトを行っていれば、意図的でなくともヘイトなのですね

※差別的意図の有無でヘイトかどうかわかれる事例もあります。たとえば在日コリアンを悪意なしに「在日コリアン」と呼んだとしても、それはただの事実です。しかしレイシストが悪意をもってそう呼んだときは差別になります。差別的意図があるかないかは、文脈によって判断されます


おわりに


僕はこれまで左派の教科書関連の集会で、3回ほど原告の話を聞いたことがあります

見るたびに原告の辛さ、しんどさが増していっているようで、たいへん心が痛んでいました

なかでも今回の支援者集会は、悲痛なものがありました

「今日は晴れ晴れとした気持ちでのぞめると思っていた。でも……」からはじまる涙まじりのスピーチに、思わずこちらも涙ぐんだほどです

なかでも印象に残ったのは、次の言葉です

「ヘイト企業と言わされたんですよ。大切な人とかもいる場所のことを」

本当は原告だってフジ住宅のことをヘイト企業だなんて言いたくないのです。でも、フジ住宅及び今井光郎さんらの所業により、言わざるをえない状況に追い込まれた

どうか原告の思いの報われる判決になってほしいと思います


繰り返しになりますが、判決は2020年5月14日14時から。まず間違いなく抽選になると思いますので、興味のある方は「ヘイトハラスメント裁判を支える会」のホームページで抽選時間の確認をお願いします