ヒマラヤ山脈メルー中央峰の直登ルートである岩壁シャークスフィンに挑んだクライマーと山岳カメラマンたちのドキュメンタリー映画『MERU / メルー』。2016年12月31日から全国ロードショーです。
監督・撮影がネイチャーフォトグラファー。同じくヒマラヤに登り山を撮影してきたエクストリーム系ネイチャーフォトグラファーとしては見ないわけにはいきません。 そこには山に魅せられた登山家たちのリアルな映像がありました。少し前まで同じような世界にいた私には他人事で済ませられないドキュメンタリーです。
世界屈指のクライマーであるコンラッド・アンカー、ナショナルジオグラフィックでも活躍しているフォトグラファーのジミー・チン、フリークライムで一躍有名になったレナン・オズタークの3人がヒマラヤ最高難易度と言われるメルーに挑みます。
ネイチャーフォトグラファーとして言えることは、この映画は今まで見てきた山岳のドキュメンタリーとしては最高峰であるということ。
「命をかけてまでなぜ登るのか?」「家族のことをどう思っているのか」。死が付きものである高所登山に挑むクライマーたちの葛藤にも深く切り込んで行きます。
登山をしながら写真を撮る人たちにとっては勉強になることも多く、山への関わり方を改めて考える機会になると思います。
圧倒的に生々しい山岳美
この映画はドキュメンタリー。この映像は私達が実際に住む世界です。それを疑うほどの山の美しさを観ることができます。
メルーは6250mという高さから大手のメディアに露出されることは少ない山ですが、ヒマラヤの8000mレベルのノーマルルートとはレベルの次元が違います。
私もいくつかのヒマラヤの山は登っていますが登攀用具の多さやアプローチの仕方など全く別物です。 シェルパがいないため荷揚げはすべて自分たちで行い、ルート工作もされていないため様々なギアを使い道を切り開く。
なにより6000mの標高で純粋なクライミングをこなすことは強靭な肉体と精神力が必要です。 だからでしょうか。脚色されていない映像は「リアル」です。人が立ち入ることができなかった聖域のような神々しさすら感じます。
それを見事に写真と映像におさめたジミー・チン氏の撮影技術の高さ、登攀能力の素晴らしさに驚嘆します。
生きて帰ってきてこその登山。しかし…
極地の登山というものは一見無茶なスポーツに見えて実はロジカルなものです。
多くのメディアでは「失敗・敗退」と、まるで期待はずれだったかのような見出しが出る裏側で、クライマーたち関係者の間ではその判断が賞賛されます。
それほど登頂するという魅力には抗えないものです。ヒマラヤのバリエーションルートや未踏峰となればなおさらでしょう。 優れたクライマーほど命を最優先に考えます。
それがリーダーであるコンラッド・アンカー。彼はそのことを熟知しており守るべき家族もあります。 しかし命を懸けるリスクを背負わなければメルーの頂きに立つためことは不可能。
多くの登山家やネイチャーフォトグラファーが抱えるジレンマを生々しく、ありのままに表現しています。
時折顔をちらつかすクライマーの本能と狂気
行くか引くか。そのジャッジが正確にできるのが優れたクライマー。
しかし山に行くこと事態が命を失うリスクを抱えるということ。それをわかった上で理性ではなく本能で山に向かってしまうのがクライマー。
多くの登山家は命を懸けてまで山に登るようになるキッカケを持ちます。 私の場合は登山を教えてくれた父が他界したとき。自覚はありませんでしたがこの年をキッカケに高所登山に傾倒しています。長男である兄が家を継いだので死ぬことを許されたのだと勝手に解釈しました。
「MERU / メルー」のクライマー3人はなぜメルーに挑むのか。これは一般の人には理解できない狂気かもしれません。「こいつら何言ってるんだ?」と思われても不思議ではないシーンがたくさんあります。
しかしそれがクライマーという人種です。
彼らから感じたのは「人に夢を持って欲しい」「勇気を与えたい」といった綺麗ゴトではなく単純に『共有したい』という想い。 山を写真で表現する1人として、その気持ちすごくわかる。
登山は危険だということは分かりやすく伝えやすいため、そちらにスポットが当たりがちですが、『MERU / メルー』はその先にある登山の魅力を伝えたいのではないかと感じました。
山で命を懸けるということは美しいことばかりではない
ガイド登山でも、少し難しい冬山登山になると登山者同士をロープで結び滑落に備えるアンザレインをすることがあります。
より安全に山を登る技術の1つです。 「メルー / MERU」は同じように3人がチームとなり山に挑みロープや登攀用ギアを使い道を切り拓いて行きます。
しかし一般の登山との違いはこれらが仲間の安全を確保するためではないということ。 シャークスフィンのようなビッグウォールでの工作はほぼ垂直に道を作っていきます。
そして前人未到である故に岩の状態もわからない。迂闊に岩を叩いて落下させたら、下にいる仲間全員が死にます。 自分の行動次第では仲間が死ぬ、仲間がミスしたら自分が死ぬ。そういう環境に耐えることができる人たちです。
自分の命を他人に預ける。どのようにして3人はお互いに信頼関係を築いていったのか。1度目のメルー敗退から2度目のチャレンジまでの3年間のヒューマンドラマが展開されます。
しかし決して美談ではありません。前向きな気持ちとは裏腹に登山家であるが故のドライな思考、残酷な判断。登山やクライミングに造詣が深い人ほど心を抉る展開が待ち受けます。
登山と写真撮影が趣味の人なら見応え充分
登山をしながら写真撮影を趣味にしている方なら始めから最後まで手に汗握る展開です。
山岳写真の行き着く先が「MERU / メルー」といっても過言ではありません。 逆に登山とは縁遠い人ならばフィクションのような世界観になるでしょう。
それでも命を懸けて山の登る実在のクライマーたちから感じるものは多いのではないでしょうか。 覚悟して見て欲しい人はガチで登山と写真をやっているネイチャーフォトグラファー。特にヒマラヤのデスゾーン経験者。あまりの生々しさに正視するのが難しいシーンの連発です。
家族の顔とか生命保険とか色々なことが頭をよぎります。 フィクションでなければ気持ちのいいサクセスストーリーでもない。だからこそ心が揺さぶられる。
リアルな登山家と山岳写真家を見たい方は必見のドキュメンタリー映画です。 興味のある人は映画館に足を運んで見てはいかがでしょうか。
『MERU/メルー』 2016年12月31日(土) より新宿ピカデリー/丸の内ピカデリー/109 シネマズ二子玉川ほか全国ロードショー
MERU/メルー 完全初回限定生産 スペシャル・エディション [Blu-ray]
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