| ミテンの本棚 > みやざき風土記 | ||||||
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宮崎県において七日正月の夜行われる火祭り行事は、「鬼火焚き」「鬼の目焼き」「鬼の目はしらかし」「鬼の目撃ち」「オネッコ」「オネッコカッコ」などと呼ばれる。元旦から続いた正月がこの日で終わり、正月の注連飾りや門松等を取り払い、それを集めて焼く。この火に当たったりこの火で餅を焼いて食べたりすると健康になるといわれ、子ども達は竹の先に餅をつけ炙って食べる。また、松飾りと一緒に青竹を燃やすのでポンポンと弾け、その炸裂音で鬼退治・悪魔祓いをするともいう。 高千穂町三田井では鬼の目はしらかしといい、道路の三方辻で火を焚き2m位に切った青竹を炙る。熱くなった竹を丸太や石に叩き付けパーンという炸裂音を出す。割れた竹を四方にまげて立てておくと、鬼が来たときその竹の先がはじけて鬼の目を突くいわれている。 日之影町松ノ内でも鬼の目はしらかしといい、田んぼで火を焚きそこに2m位の青竹をくべる。竹の切り口から湯気が出てきたら岩や切り株に打ちつけて竹を破裂させる。そのときの破裂音で鬼払いをする。 椎葉村小崎では鬼火焚きといい、村中の者全員が青竹を切ってきて焚き物と一緒に谷で焼く。竹のパンパンと弾ける音で悪魔祓いをする。また、焼いた竹を三角形(鬼の弓という)に折りまげ畑に立てる。 南郷村水清谷(美郷町)では鬼火焚きといい、正月に飾ったツルの葉(ユズリハ)やウラジロ等を燃やす。ツルの葉は鬼の舌、ウラジロは鬼の肋骨という。鬼火焚きを済ませると前もって用意していたボロメギ(イヌガヤ)やダラを神仏に供える。 西都市尾八重では鬼の目撃ちといい真竹を持って集まり、それを火で熱し石に強く打ち当てて破裂音を出す。この音で鬼の目をつぶすといわれる。 国富町籾木ではオネブ焚きといい、夕方子どもや若者がワラや薪、青竹を持ちより、山のように積み上げて火を着ける。竹が焼けて弾ける音と猟師が実包を撃つ音が鬼の目を撃つとされている。 野尻町栗須(小林市)ではオネッコ焚きといい、広場に2m位の竹数十本を井桁に組んで積み上げる。中心部には6m位の竹を立て、周囲にワラを置き火を着ける。燃え尽きて中の大竹が倒れた方角がその年の運がよいといわれている。 都城市上長飯ではオネッコ焚きといい、夜、各家庭から門松や注連飾り竹などを集め、田んぼに持ちより積み上げて燃やす。残り火で餅を焼いて食べる。 三股町宮村ではオネッコといい、各戸の松飾りや節木を取り払いそれを田んぼに等広い所に集める。中心に孟宗竹を立て周りに松飾り等を積み上げる。夕方、火を着け子ども達はこの火で餅を焼いて食べる。大人は鬼の目射りといって猟銃(空包)を撃ち悪魔祓いをした。松飾り・節木を飾った門口にタラやモロムギを立てた。 これらの多くは青年団組織の廃れと共に行われなくなったが、近年子供会世話役の大人たちが地区老人会の指導を得て復活する地区が現れるようになった。 |
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| 2011-01-11 更新 | ||||||
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2020
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| 著者プロフィール | ||||||
| 前田 博仁(まえだ ひろひと) 1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長 現在、宮崎県民俗学会副会長、宮崎県観光審議会委員、清武町史執筆員 『鵜戸まいりの道』(私家版) 『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社) 『近世日向の仏師たち』(鉱脈社) 『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社) 【共著】 『宮崎県史 民俗編』 『日之影町史 民俗編』 『北浦町史』 『日向市史』 『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店) 『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社) |
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