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【社説】

新型肺炎と改憲 不安に付け込む悪質さ

 新型肺炎の感染拡大に伴い、自民党内で改憲による緊急事態条項の創設を求める意見が相次いでいる。停滞する改憲論議に弾みをつける狙いだろうが、国民の不安に乗じるのは悪質ではないのか。

 新型肺炎の感染拡大を受けて、緊急事態条項を創設する改憲論の口火を切ったのは、自民党の伊吹文明元衆院議長。一月三十日の二階派会合で「緊急事態の一つの例だ。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいいかもしれない」と述べた。

 翌三十一日に開かれた同党の新型肺炎に関する対策本部でも出席者から「憲法改正への理解を国民に求めるべきだ」との声が出た。二月一日には下村博文党選対委員長が講演で「人権も大事だが、公共の福祉も大事だ。直接関係ないかもしれないが(国会での)議論のきっかけにすべきではないか」と述べた。

 その理屈はこうだ。現行憲法下では、人権への配慮から感染拡大を防ぐための強制措置に限界がある。だから憲法に緊急事態条項を設け、武力侵攻や大規模災害などの緊急事態には内閣に権限を集中させ、国民の権利を一時的に制限することも必要だ、と。

 二〇一二年に発表した自民党改憲草案は緊急事態の際、内閣に法律と同じ効力を持つ政令の制定権を認める条項を明記した。緊急事態条項創設は安倍晋三首相が実現を目指す改憲四項目の一つだ。

 ただ、政府は一月二十八日、新型肺炎を感染症法上の「指定感染症」とする政令を閣議決定し、前倒しで施行した。現行法でも空港や港の検疫で検査や診察を指示したり、感染者の強制入院や就業制限もできる。入管難民法に基づいて入国拒否も可能だ。

 政府の対応に不備があるとしたら、憲法の問題ではなく、法律の運用や政府の姿勢の問題だ。

 改憲しなければ、国民の命や暮らしが守れない切迫した状況でないにもかかわらず、国民の不安に乗じて改憲論議を強引に進めようというのは到底、看過できない。

 首相は新型肺炎を巡り「先手先手で現行法制で対応している」と述べてはいるが、国民の不安に乗じる形での改憲論浮上は、任期中の改憲実現を悲願とする首相自身の姿勢と無関係ではなかろう。首相の前のめりの姿勢こそが論議を歪(ゆが)めてはいないか。

 新型肺炎と改憲とは本来、何の関係もない。国会では新型肺炎対策など改憲よりも優先して議論すべき課題が山積している。拙速な改憲議論は避けねばならない。

 

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