朝の早出特守から、夕暮れの居残りまで、京田にノックを打ち続けた荒木内野守備走塁コーチが、満足そうにこう言った。
「今もコーンって当たりましたわ。それでいいんです。割れている証拠。目に見えてよくなっています」
捕り損ねた球が股間に当たった。ところが「キーン」ではなく「コーン」。京田は野球人生で初めて、ファウルカップを装着している。事故防止。もちろんそれもある。しかし、荒木コーチが命じた理由は捕球姿勢にある。名手はきれいな足さばきで前に寄り、美しい股割りで捕る。だが、装着前の京田はそうではなかった。男性の本能がわずかに防御姿勢をつくっていた。だから昨秋、2人で装着を約束した。それなのに…。
事件が起きたのは2日だった。荒木コーチが顔を真っ赤にして京田を叱るところを見た。装着せずにノックを受けていたのだ。京田にも言い分はある。直前まで打撃練習しており、急ぐあまりつい…。だが、荒木コーチは甘くない。たった3球で見破られた。
「カップを着けずに股が割れていた人を、僕は一人だけ知っています。井端さんです。だからあの人はすごいんです。僕は違う。5年目に着けました。すぐにプレーが変わったんです」。福原峰夫コーチに装着を勧められたところから、名手への道が開けた。
「今のままでも堅実ですよ。でも、僕は京田にゴールデングラブに選ばれる選手になってほしいんじゃない。続けて選ばれる選手になってほしいんです。これができるようになれば、あと1、いや1・5メートル後ろに守れるようになります」
守備位置を下げれば左右の守備範囲は広がるが、そのためには前の打球への強さが不可欠だ。足さばき、股割り姿勢、ファウルカップ。この3つは密接につながっている。1個2000円あればお釣りがくる。それでゴールデングラブ賞がとれるのなら、安い買い物ではないか。