今週、相撲協会が力士向けに実施したSNS研修で、SNS無期限禁止が継続というニュースが話題になっています。
参考:力士らはSNS無期限禁止継続 相撲協会で研修会 芝田山部長「指1本でとんでもないことに」
もともとは、昨年11月に、小結阿炎と当時十両の若元春の二人がふざけて口や手足をガムテープでグルグル巻きにした動画をアップしたことに批判が殺到した結果、相撲協会から個人のSNS活用は一律で当面自粛となった経緯があります。
参考:力士にSNS禁止令 阿炎ガムテグルグル巻き動画炎上で協会が異例通達
今回は、同様の出来事が再発しないための研修という意味もあって、日本刑事技術協会の理事を講師にSNSの研修も行ったようですが、記事の「今後も禁止措置は無期限で継続する」という部分に違和感を覚える声がネット上では多く見られます。
個人的にも、3ヶ月前の騒動を元に、未だに連帯責任で力士全員のSNSを禁止というのは、さすがにやりすぎではないか、という印象を受けるのは正直なところです。
■選手のSNS禁止議論は相撲協会だけではない
ただ、実はスポーツにおいて、選手のSNS活用が炎上の火種になり禁止の議論が巻き起こるというのは、相撲協会に限った話ではありません。
古くは2012年のロンドン五輪の際に、ギリシャ代表アスリートが人種差別的ツイートにより代表チームから排除されるという騒動があり、オリンピック選手のSNS活用のリスクが議論されましたし。
昨年の1月には、読売巨人軍の原監督がSNS禁止令を予告したという記事が話題になり、今回の相撲協会のSNS禁止と同様の物議を醸しました。
(実際にはSNS活用を継続している選手はいますし、一律で禁止されたわけではないようです。)
参考:巨人の原監督のSNS禁止令が波紋 ホリエモンらから非難ゴウゴウ
かたや、サッカー日本代表は2018年のロシアW杯で選手達がSNSを効果的に活用していましたし、昨年のラグビーW杯での選手達と公式のSNS上での連携活用が記憶に新しい方も多いのではないかと思います。
参考:ラグビー日本代表のツイッター活用に学ぶ、テレビとSNS連携の理想型
こうしたスポーツ選手のツイッター活用を見慣れていると、一律で力士のSNS無期限禁止を数ヶ月にわたって継続してしまう、相撲協会の対応に違和感を覚える方は少なくないでしょう。
■SNS投稿の姿勢と組織のビジネスモデルの関係
実はこうした組織に所属する個人のSNS活用は、スポーツに限らず日本の多くの企業で様々な議論がなされているテーマでもあります。
あえて、上記のスポーツの現状に踏まえて個人のSNS活用の許容度を表現すると、大きく4つに分類できるでしょう。
■1.相撲協会型
会社や組織ではSNSを活用するが、個人のSNS投稿は禁止
■2.読売巨人軍型
個人のSNS投稿は禁止ではないが推奨もされていない空気がある
■3.サッカー日本代表型
個人のSNS投稿はOK。
■4.ラグビー日本代表型
個人のSNS投稿はOK。組織の公式からも積極的に引用
なお、あくまでニュースになった話題から分類を命名しているだけですので、実際の現状は変わっている可能性がある前提で読んで頂ければと思いますが。
こうした組織によるSNSに対する姿勢の違いは、何も組織が旧態依然としているとか、上層部がSNSに理解がないという理由だけではありません。
相撲協会や読売巨人軍が、SNSと距離を取ったり、否定的な発言が出てくるのは、実はSNSを使わなくても大きな影響がない組織だからと言うこともできるのです。
何しろ大相撲は今も昔もNHKで放映されるテレビを代表する人気コンテンツですし、読売巨人軍も地上派でのテレビ中継こそ少なくなったものの、日テレジータスという視聴可能世帯数が770万を超えるとも言われる有料チャンネルの主力コンテンツ。
つまりインターネットやSNSに頼らなくても、従来のメディアを通じたビジネスが維持できている組織なのです。
一方で、サッカーは既にJリーグの中継を実施しているDAZNが象徴するように、W杯以外の試合はネット中継にシフトしはじめています。
ラグビーに至ってはW杯で「にわかファン」という言葉が注目されたように、W杯前は、コアなファンでなければなかなか試合に足を運んでくれないという課題を抱えているスポーツでした。
言葉を選ばずに言えば、SNSを通じた情報発信を活用するメリットが大きい組織と言えるでしょう。
日本の大企業において、まだまだ個人によるSNS活用が禁止されていたり、明確に禁止はされていなくても職場の中で禁止に近い空気が支配していたり、というケースが多いのは、そもそものビジネスモデルがインターネット登場以前に確立されており、インターネットやSNSを活用するメリットが小さいという背景が影響しているのです。
そういう企業においては、相撲協会や読売巨人軍のように、個人のSNS投稿の炎上によって失うものが大きいですから、当然リスクの方が重要視されることになります。
論理的に考えれば社員のSNS投稿を禁止した方がメリットが大きいという結論が出やすいわけです。
逆に、ラグビー日本代表同様、ベンチャー企業や、中小企業においては、SNSを活用するメリットの方がリスクよりも大きいため、積極的に社員によるSNS活用を推進できます。
ジャニーズ事務所を飛び出した元SMAPの3人が、個人でSNSを投稿しているのに対して、SNS全面解禁が話題になった嵐が今のところは公式アカウントで専任スタッフによる投稿と思われる投稿が軸になっているのも同じ構造と言えるでしょう。
■選手を信頼するリスクを負えるかどうか
とはいえ、ネットやSNSと距離を取っていたジャニーズ事務所が、急速にネット活用を進めているように、長い目で見ると若い世代のファンのメディア接触スタイルが変わっている以上、スポーツにおいても変化が求められるのは時間の問題とも言えます。
ここで、今後注目されるのが、相撲協会や読売巨人軍のような個人のSNSの炎上によって失うものが大きい組織が、どこでサッカー日本代表やラグビー日本代表のような積極活用のスタイルに舵を切るかでしょう。
ポイントとなるキーワードが「信頼」です。
私個人は、7年前の話になりますが、2013年の全日本柔道連盟の代表選手の強化合宿で、ソーシャルメディアの活用法について講師をさせて頂いたことがあります
この時、実は全日本柔道連盟も現在の相撲協会同様、選手のSNS投稿が問題になり、メディアに「全柔連が選手にツイッター規制」という記事を書かれる事態へと発展しました。
ただ、全日本柔道連盟の監督である井上康生監督は、当時明確に「ソーシャルメディアにはリスクもあるけどメリットもあるのはわかっているし、選手も大人だから、一律禁止にはしたくない。規制もしていない。」とハッキリおっしゃっていたのが非常に印象的でした。
当時の井上康生監督は選手を大人として「信頼」して、リスクを取ることを選択されたわけです。
参考:日本柔道復活と井上康生監督に学ぶべき、日本の「伝統」の守り方
詳細は上記の記事を参考にして頂ければと思いますが、この井上康生監督の「信頼」に応える形で、柔道日本代表の選手達はメダル獲得という成績はもちろん、SNS活用でも大きな進化を見せてくれたのです。
その後、井上康生監督も、2017年に入って5月にはインスタグラムを開始し、7月には「2020年東京五輪に向け、ブログを始めることにしました」とアメブロでブログも開始。
自らもSNSを活用しながら選手にお手本を示しつつ、やりすぎについてはたしなめるというスタンスを取っておられるようです。
参考:SNSで動向チェック 男子柔道・井上康生監督の選手管理術
■個人のSNS活用がスポーツにもたらす可能性
当時の全柔連と現在の相撲協会を単純に比較することはできませんが、ある意味現在の相撲協会は7年前の全柔連と非常に似た環境にあると言えるでしょう。
ただ、残念ながら、少なくとも現時点の相撲協会の幹部の方々からすると、炎上によるリスクの大きさからか、力士全員を大人として「信頼」できない状態にあるようです。
一方で、全日本柔道連盟の公式アカウントよりも、井上康生監督のアカウントの方がフォロワーが多くなっているように。
サッカー日本代表の公式アカウントよりも、長友佑都選手のアカウントの方がフォロワーが断然多くなっているように。
実はSNSは組織の宣伝のために生まれたのではなく、人間同士のコミュニケーションのために生まれたサービスですので、選手一人が組織の公式アカウントの影響力を上回ることがある世界。
ラグビー日本代表が見せてくれたように、選手や公式アカウントが連動してコミュニケーションすることで、マスメディアも巻き込むことができる世界でもあります。
実際に、トランプ大統領が来日した際にツイッターに投稿した大相撲の動画が話題になったことを考えると、実は相撲におけるSNS活用にも大きな可能性が眠っているはずなのです。
参考:トランプ大統領が公開した相撲観戦動画があまりにPV風で話題に 「かっこよすぎい」
今後、相撲協会が「信頼」の境界線をいつ越えることができるのかは分かりません。
国技という特殊な位置づけもあり、炎上のリスクが他のスポーツに比べるとはるかに大きいのも事実です。
そういう意味で、相撲協会が、今回の炎上の波紋を乗り越えるには時間がかかってしまうのはやむをえないとも言えるでしょう。
ただ、少なくとも皆さんの会社が、今どのスポーツのSNS活用の段階に近いのかを調べてみると、参考になる点が実は多いのではないかと思います。