新型コロナウイルスの感染拡大は、世界の医薬品供給にダメージを与える危険性がある

中国で発生した新型コロナウイルスの影響が、経済活動にも波及し始めている。なかでも危惧されているのが、医薬品の原材料やマスクなどを世界中に出荷している中国の工場が生産停止に陥る事態だ。

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COSTFOTO/BARCROFT MEDIA/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスの症例が世界中で報告されるなか、トロントやシカゴ、ニューヨークなどでは、人々が入手可能な限りマスクを購入しようと店舗に駆けつけている。2月4日の時点で米国で発症が確認されたのはたった5名、カナダにいたっては1名だけだが、大事をとって身の安全を確保したいと考える人もいるのである。

中国が感染源とされるウイルスから身を守るために必要な防護具は、恐らく中国製だろう。そして、その中国製マスクの売り切れが続出している事態は、ある意味このアウトブレイクがもたらす根深い問題を暗示している。

人々は日常的に、命にかかわる製品の供給を中国企業に依存している。完成品である医薬品は米国などほかの国で生産されているにしても、中国は世界最大の医薬品有効成分の生産国である。新型コロナウイルスの影響を感じるのは時期尚早であるが、アウトブレイクによってその供給に不確実性が加わってきている。

「このアウトブレイクは、まさに最悪のシナリオで何が起こりうるのかを浮き彫りにしています」と、ジョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターで感染症を専門とする医師のアメッシュ・アダルジャは指摘する。彼は重要な医薬品や医療用品を中国などの他国に大きく依存している実情が、国家安全保障にもたらす意味について警告している。

「供給に関するどのような問題や供給不安が生じても、医薬品の供給が脆弱になります。このアウトブレイクによってサプライチェーンの安定性が損われないか懸念されます」

どの原料が中国原産なのか?

武漢は中国最大の医薬品の製造拠点ではない。だが、かつて重工業と鉄鋼で知られたこの都市は、バイオ医薬品の研究開発の中心地として急成長した。

中国中部の湖北省にある人口1,100万人の都市・武漢では、道路が閉鎖され、飛行機や列車が停止されて交通封鎖の状態になっている。湖北省の16都市でも同様の旅行禁止が命じられた。上海は旧正月の休日を延長し、企業に2月3日までの休業を指示した。アウトブレイクの進展に伴い、他の対応策も検討されるだろう。

製薬会社は供給の混乱が生じた場合、米国食品医薬品局(FDA)に通知することが義務づけられている。「現時点ではメーカーから影響についての報告は受けておらず、今後も引き続きメーカーと連絡をとっていきます」と、FDAはコメントを出している。

だが、「中国は世界中の製薬工場に原材料を出荷していますが、現時点では各地でその在庫が維持されているいます。薬剤不足が供給に影響を与えるまでに、数カ月かかるかもしれません」と、ユタ大学健康学部の薬剤不足に関する専門家で薬剤師のエリン・フォックスは言う。

「最大の問題は、どの重要な医薬品のどの部分が中国原産なのか、そして工場が具体的にどこにあるのかといった公開情報がないことです」と、フォックスは続ける。製薬会社はこのような情報を専有情報とみなすからだ。「どのくらいの数の製品が唯一の供給源に依存し、文字通り世界でたったひとつの場所で原材料が生産されているのか。それは未知の大きな問題のひとつです。これに関していい情報はまったくありません」

FDAによると、370種類の必須医薬品の有効成分を製造する世界の施設の15パーセントが中国に存在し、米国には21パーセントが存在するという。しかしFDAは、それらの施設が何らかの医薬品有効成分を製造しているとしても、どの程度の量を生産しているのかを把握していない。

世界的な供給不足の危険性

このような情報不足は懸念材料である。「何らかの地政学的な問題やこのようなアウトブレイク、あるいは自然災害が発生した場合、何が国民の健康管理に対する脅威となるのか、わたしたちは実際のところ把握していないのです」と、米国病院薬剤師会で薬局実務および品質部門のディレクターを務めるマイケル・ガニオは言う。

プエルトリコを襲ったハリケーン「マリア」が、この点に関するヒントを提供している。米国の病院の半数に小容量の生理食塩水バッグを供給するバクスターの工場がハリケーンの被害に遭ったのだが、同社が余剰生産能力をもっていなかったことから、国内の病院は深刻な生理食塩水バッグ不足に直面したのである。

新型コロナウイルスのアウトブレイクが切迫感を高めるなか、ガニオの組織やほかの健康擁護者は、緊急薬物不足緩和法と呼ばれる上院の法案を推進している。この法案が可決されれば、メーカーは完成した医薬品だけでなく、医薬品の有効成分についても供給の混乱を報告し、余剰生産能力の確保および緊急時対応計画の作成が義務づけられる。また、重要な医薬品を十分に国内生産していないことによる国家安全保障上の脅威について、連邦政府機関がリスク評価を行うことも必要になる。

「たったひとつの工場が閉鎖されただけでも世界的な供給不足が生じます。中国に世界の生産が集中しているからです」と、『China Rx』の著者であり、国内生産能力の再構築を強く提唱しているローズマリー・ギブソンが言う。「これは米国および他の国々に対する警告です。どのような国であろうと、ひとつの国にサプライチェーンが集中していると計り知れないリスクが生じます」

中国はまた、マスクや呼吸器といった世界の保護具のかなりの部分を生産しており、中国メーカーは増産体制をとっている。ミネソタ州のセントポールに拠点を置くスリーエムも同様だ。同社は先週、中国の施設のふたつで生産量を増やし、マスクの需要の増大に応えるよう努力することを発表している。

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国際宇宙ステーションでの暮らしが“孤独”になる? 乗組員が3人に半減して起きること

国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の人数が、通常の6名から半減して3名になる可能性が高まってきた。追加人員を送るはずだった民間宇宙船の開発遅れが理由だが、これによって宇宙空間での実験や飛行士の生活にも大きな影響が生じることが見込まれている。

TEXT BY MARIA MELLOR
TRANSLATION BY MITSUKO SAEKI

WIRED(UK)

Space Station

STOCKTREK IMAGES/GETTY IMAGES

地球の上空408kmの軌道上を周回する国際宇宙ステーション(ISS)には、いま6名の宇宙飛行士が滞在している。この場所が、まもなく“孤独”を強いられる空間になるかもしれない。2020年4月に予定される次回の打ち上げでISSに向かう3名の飛行士だけで、6カ月にわたる滞在期間を過ごさねばならない可能性が出てきたのだ。

これは、追加人員を運ぶはずの新型宇宙船の完成が遅れているためである。ISSでは09年に拡張工事が行われ、一度に6名が滞在できる快適な環境が整った。長期滞在者が3名だけになるのは、それ以降では初めてとなる。

これまでの10年、乗組員たちはメンテナンス業務や各種の調査プロジェクトなど、ISSでの膨大な任務を6名で懸命にこなしてきた。人員を半分に減らされてしまったら、いったいどうなるのだろうか。

民間宇宙船の開発遅れが原因

次回の打ち上げでは、3名の飛行士がソユーズ宇宙船で飛び立つ。米国人のクリス・キャシディ、ロシア人のニコライ・チーホノフとアンドレイ・バブキンという面々だ。米国のスペースシャトルが現役を退いた11年以降、このロシア製宇宙船がISSへの飛行を一手に引き受けている。ソユーズが一度に運べる人員は3名だ。

ISSではソユーズの宇宙カプセルが、常に救命ボートのように待機している。滞在期間が長いほうの3名の乗組員がこのカプセルに乗って地球に帰還し、その数週間後に新たな3名がステーションに到着する。つまり、交替に要する短い期間を除けば、ISSには常時6名の宇宙飛行士が滞在していることになる。

10年近くこのやり方を続けてきたわけだが、20年にNASAはある決断を下した。ロシアからソユーズの座席を買う代わりに、スペースXやボーイングといった民間企業と契約を交わして、追加の人員を宇宙に送ることにしたのだ。

ところが、両社による商用の宇宙船開発は遅れている。ボーイング製のパラシュートに不具合が見つかり、スペースXの宇宙船「ドラゴン」がテスト中に爆発したからだ。

多くの人手がいる実験は一時中断へ

スペースシャトル計画の終了に向けて準備が進んでいた10年当時、すでにNASAはいくつかの民間企業に合計5,000万ドル(当時のレートで約42億円)の資金を提供し、輸送用の宇宙船をそれぞれ独自に設計するよう依頼していた。

民間企業による宇宙船の完成がいつになるのか、正確なところはわからない。厳しい安全テストに合格しなければならないからだ。そこでNASAは、金を払って追加のソユーズを飛ばしてもらうのではなく、次の打ち上げで宇宙に3人だけで残される乗組員たちの身に起こりそうなことに備えることにした。

何年にもわたる探査実験によって、ISSは多くの発見を成し遂げてきた。どれも人類が宇宙の謎をさらに探求するために不可欠なものばかりだ。

これまでのミッションによって、微小重力が人体に及ぼす影響や宇宙線の生成源が明らかになった。しかし、限られた乗員でステーションのメンテナンス業務全般を受けもつとなると、ほかの活動に使える時間は減ってしまう。

「実験の大半は地上からの指示を受けて進められます。こうした実験を優先して実施できるよう、われわれのほうで調整していくつもりです」と、欧州宇宙飛行士センター(ESA)で宇宙訓練チームのリーダーを務めるルディガー・セーヌは言う。実験を管理する宇宙関連の各機関は、乗組員たちの限られた時間をどのプロジェクトに割り当てるかを検討し、多くの人手を必要とする実験は一時的に停止することになるだろう。

覚えるべきことが増える?

ところが、余計な人間がいないことで、かえってうまくいく実験もある。「一部の実験では、人が少ないほうがよい結果が得られるかもしれません。少人数だと振動も少ないからです」と、コンサルティング会社Astralyticalの創業者で、ISS米国立研究所での勤務経験があるローラ・フォーチクは指摘する。「3人しかいない場所でも相当な振動が発生します。静かに放っておくほうがいい実験もあるのです」

乗組員の数が限られているということは、共有資源のひとり分の割り当てが増えるということでもある。

ISSの内部はロシア側と米国側に分かれている。通常、ロシア人のクルーは自国側のエリアを使い、米国、欧州、日本、カナダからの乗組員はもう一方のエリアで活動する。乗員数がここまで少なくなると、全員が1カ所にまとまって働く必要が出てくる。

次回の打ち上げメンバーには米国人が1名しかいないため、ロシア人飛行士2名は米国側の機材も使いこなせるよう訓練を受けている。例えば、両エリアにはそれぞれ操作方法の異なる独自仕様の宇宙服が備わっているが、飛行士たちは両方の使い方を覚えなければならない。あらゆる事態に備える必要があるからだ。

「ISS内のロシア側のエアロックから出て、米国エリアにたどり着くには容易ならぬ技術を要します。不測の事態に確実に対処できるよう、地球に残るほかの飛行士たちにも追加訓練を受けてもらうことになるでしょう」とセーヌは言う。

孤独という最大の“敵”

人が少ないことは実験環境としては望ましいはずだが、生身の人間にとってはありがたくないかもしれない。ISS内で過ごす宇宙飛行士たちの時間のうち、実験に費やされるのは一部のみだ。地球で働いているときと同じように、夜と週末には休みをとる。キャシディ、チーホノフ、バブキンの3人の乗組員は、20年の春から任務を終える年末まで、ほかの誰にも会わずに過ごすことになるだろう。

だが、ISSがこうした“静寂の時間”を過ごすのは20年が最後になるかもしれない。19年にNASAが発表したところでは、旅行客を乗せたISS行き宇宙船の打ち上げを20年以降に開始するという。27,500ポンド(約390万円)を支払えば、宇宙旅行の夢がかなうのだ。

同じようなことは過去にもあった。かつて宇宙関連機関の職員ではない7名の人間がISSに行った前例がある。こうした人たちは、お荷物のようにただ宇宙船に乗っていればいいわけではない。いったん宇宙に飛び立ったら、プロであろうとなかろうと、誰もが任務を与えられ、何らかの方法で貢献しなければならない。

とはいえ、この計画が実現するまでの間、3名の宇宙飛行士たちは孤独による精神的ストレスに耐えなければならない。研究によって明らかになったことだが、宇宙空間という未知の状況に適応しようとすることで神経を圧迫され、不安感や抑うつ症状に苦しむ宇宙飛行士は多いからだ。

ISSに向かう3人の飛行士たちは、実験活動で多忙ではあっても、人との交流を楽しむ機会をもつ予定という。少なくとも毎日1回は乗組員同士で一緒に食事し、地球にいる友人や家族とも頻繁に連絡を取り合うことになっている。

宇宙飛行士のメンタルヘルス維持に役立つもの

現時点で宇宙ステーションにおけるミッション飛行時間の最長記録を保持するマイケル・ロペス=アレグリアは、2006年の打ち上げでISSに滞在したが、その当時はまだクルーの人数が少なかった。自分のほかに乗組員は常時ふたりしかいなかったが、彼はミッション中に孤独をあまり深刻に捉えないよう気をつけていたという。

「少人数体制は好きです。ひとつのチームとして結束を固めやすいですから」と彼は言う。人数が多くなると、文化の違いによってチームが分断されてしまうことがある。「われわれの場合、ロシア人がひとりと米国人のわたし、そしてもうひとりはドイツ人か米国人でした。このため連帯感が強く、一緒に時間を過ごすことが多かったですね」

宇宙ステーションの窓から地球を眺めることで、家族の待つ故郷を身近に感じられることに気づいたと、ロペス=アレグリアは言う。ISSには観測用モジュールが10年に追加設置された。そこに特大サイズの窓が設けられたことが、宇宙飛行士たちのメンタルヘルス維持に役立っている。「できることならまた宇宙に行きたいですね」

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