レポート

きっかけは「聖闘士星矢」 ―東映アニメーションが3DCG製作に「Dell EMC Isilon」を選ぶ理由

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ユーザにまったく気づかれずに移行が完了

前述したように,デジタル映像部では2012年から3世代に渡ってIsilonのアップデートを続けています。世界中のメディア業界でひろく使われているIsilonですが,山下氏はIsilonを高く評価するもうひとつの大きなポイントとして「移行のしやすさ」を挙げています。

いまからちょうど1年前となる2019年初頭,デジタル映像部では2015年から使い続けてきた「Isilon X200」⁠10ノード)および「Isilon NL410」⁠4ノード)を,現在の「Isilon H500」および「Isilon A200」にリプレースする作業を行っています。このとき,旧Isilonの総容量は820テラバイトで,そのうち90%にあたる約700テラバイトを使用していました。これとは別に重複排除されたデータが300テラバイトほどあり,実施のデータ量はほぼ1ペタバイト,ファイル数は現在とほぼ変わらない2億,この膨大なデータを「Netflix配信用の聖闘士星矢のシリーズ(30分×12話)の納品が間に合わなくなっては絶対に困る」という現場からの強力な要請により,システムを止めることなく移行する必要がありました。しかしスケールアウト型のIsilonの場合,旧クラスタに新ノードを追加し,Infinibandでデータを移行したのち,旧ノードを切り離せば移行が完了します。UNCパスも変わらず,ネットワークドライブの張り替えも必要なし,⁠ユーザにまったく気づかれることなく,瞬間的に2ペタバイトのストレージが生まれ,移行が終了」したと山下氏は振り返っています。

「これまでのファイルサーバの移行では,現場の作業を止めないように,作品のスケジュールとすり合わせをし,すべての部門で確認を取り,現場との申し送りを完璧にしている必要があった。だが,どれだけ慎重に調整しても,こちらの意向を無視するかのように同期の日に出社したり,新しいファイルを放り込んできたり,レンダリングを始めたりするスタッフがいる。仕方がないから誰もいない深夜に1台1台クライアントPCを確認して設定変更し,せっせと同期やパスの張り替えを行い,移行が終わったあとも何が起こるかわからないからつねに警戒態勢を取っていた。それに比べるとIsilonは本当にいつの間にか移行が終わっていたとしか言いようがない」⁠山下氏)

山下氏がIsilonを高く評価する最大のポイントが移行のしやすさ。2019年のリプレース作業ではほぼ無停止で1ペタバイトのデータを移行させることに成功したという。また旧世代から新世代のIsilonに移行したことにより大幅なダウンサイジングも実現,⁠これまでのラックがスカスカになった」⁠山下氏)ほどスペースが削減できた

山下氏がIsilonを高く評価する最大のポイントが移行のしやすさ。2019年のリプレース作業ではほぼ無停止で1ペタバイトのデータを移行させることに成功したという。また旧世代から新世代のIsilonに移行したことにより大幅なダウンサイジングも実現,「これまでのラックがスカスカになった」(山下氏)ほどスペースが削減できた

もっとも,管理者である山下氏にとって"移行のしやすさ"は重要なポイントですが,経営層にとってはかならずしもそうではありません。山下氏は経営層に対しては他社製品も含め,評価機を社内環境にもちこんでベンチマークやテストを実施,⁠作業用のワークステーション400ノードからいっせいにアクセスしても,Isilonが圧倒的なパフォーマンスを出していた。移行後のピーク性能は旧世代に較べて7倍になっている」としています。⁠大事なのはユーザにとって使いやすいことなので,よりよりパフォーマンスが出る製品があれば(Isilonからの)乗り換えも検討する」とのことですが,スケールアウト型,ワンボリューム管理,パフォーマンスなどのメリットを考慮すると,同社の3DCG作成現場に適したファイルサーバは現状ではIsilon一択のようです。

デジタル化が進む現場とともにシステムの進化も不可欠

冒頭でも触れたように,アニメーション業界は現在,紙からデジタルに向かう過渡期にあります。東映アニメーション デジタル映像部が2009年に最初のストレージ(HP製)を入れたとき,ファイルサーバの総容量は23テラバイト,ファイル数は820万に過ぎませんでした。それが10年後の現在には総容量1.5ペタバイトと60倍以上,ファイル数は2億3000万で約30倍に増大しています。また数だけではなく,3DCGの素材は数Kバイトから数Gバイトまでさざまざまサイズが混在し,アニメーション自体も3DCGとのハイブリッド化/フルデジタル化が進んでおり,それがファイル数増加に拍車をかけています。

「増え続けるデータをどうハンドリングするのがいいのか ―デジタルのデータをテープに起こすのか,それともクラウドに上げて同期を取るべきか。正直落とし所がまだ見えていない。クラウドは一般の会社にとっては良い作業現場になるかもしれないが,アニメーションの現場はスピードが命であり,また価格面からも,クラウドでレンダリングなどを行うのはまだ現実的ではない」と山下氏は現状の課題をこう指摘します。新しい作品だけでなく,今後は過去の作品の4K/8K/HDR化といったリマスターの機会も増えてくることから,膨大なデータからスムースに目当てのデータを探す必要も生まれるでしょう。

さらに「いままで紙でやってきた世代の人たちに,デジタルの文化をどう伝えていくか,非常に悩ましい。PCすら触ったことがない人には"Windowsをアップデートしてください"すら言いにくい」⁠山下氏)というスキル/人材面での悩みも尽きないようです。⁠いろいろ課題は山積しているが,システム管理者の人材が少ないのが最大の悩み。ずっと求人を出しているが,管理者2名でユーザサポートからレンダリングサーバの管理,ストレージのアップデートまで担当するのはかなりきつい」という山下氏のコメントに,業界は違えど共感するIT管理者は多いかもしれません。

また,東映アニメーションのほかの部署との制作環境の標準化も課題のひとつです。山下氏によれば,Isilonを使っているのは現在デジタル映像部のみで,他の部署ではおもにIBM NetAppを利用,スタッフは作画作業のほとんどをローカルで行い,最後にサーバにアップするというスタイルだそうですが,⁠今後,フルデジタル化が進めば,このやり方では行き詰まることは目に見えている。社内のIT環境がサイロ化されているのは危険だと思っている」⁠山下氏)という現状から,今後は全社規模でフルデジタル化を前提にしたストレージのアップデートも視野に入ってきそうです。

ストレージ/ファイルサーバの地道なアップデートを繰り返しつつ,そのたびに聖闘士星矢やプリキュアなど超人気作品のデジタル化に大きな貢献を果たしてきた東映アニメーション デジタル映像部。フルデジタル化に向けてまだ多くのハードルが残されていますが,これまで魅力的なコンテンツの存在がテクノロジの世界を発展させてきたように,デジタル映像部の現場の声がストレージやクラウドの世界を変えるきっかけになる可能性にも期待していきたいところです。

著者プロフィール

五味明子(ごみあきこ)

IT系の出版社で編集者としてキャリアを積んだ後,2011年からフリーランスライターに。フィールドワークはオープンソースやクラウドコンピューティング,データアナリティクスなどエンタープライズITが中心。海外カンファレンス取材多め。Blog 「G3 Enterprise」やTwitter(@g3akk),Facebookで日々IT情報を発信中。

北海道札幌市出身/東京都立大学経済学部卒。

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