「スーパー・スプレッダー」の存在が、新型コロナウイルスの感染予測を困難なものにする

新型コロナウイルスによる感染症の広がりを追跡するには、正確なデータと数理モデルが必要になる。だが、通常よりも大量のウイルスをまき散らして多くの人々を感染させる「スーパー・スプレッダー」と呼ばれる感染者の存在が、正確な予測を難しくする可能性が指摘されている。

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YAT KAI YEUNG/NURPHOTO/GETTY IMAGES

感染症の急速な拡大を食い止めるには、綿密な医学的調査が必要となる。探偵のように感染者を追跡し、これまでに接触した人たちのネットワークを洗い出し、ウイルスがどのように広がったのかを解明するのだ。

米国の公衆衛生当局も、中国の武漢から始まった新型コロナウイルスのアウトブレイク(集団感染)の感染者を迅速に発見するために、この手順に従っている。1月30日には国内で6人目となる感染者が見つかったほか(中国から帰国したシカゴ在住の女性の夫で、女性も先に感染が確認されていることから米国初のヒトからヒトへの感染となる)、翌31日にはカリフォルニア州サンタクララ郡で7例目の感染が報告された。

ただ、すべての計算を狂わせる“例外”が存在する可能性がある。理由はわからないが、大量のウイルスをまき散らして一度に多人数に病気をうつし、感染拡大を加速させる「スーパー・スプレッダー」と呼ばれる患者がいるのだ。スーパ・スプレッダーがいると、手榴弾が爆発したときのように被害者が急増する。

ミネソタ大学の感染症研究・政策センター所長のマイケル・オスターホルムは、「スーパ・スプレッダーは非常に特殊で、世界平均からも外れています」と語る。こうした患者がいると予想外の感染経路が発生するため、アウトブレイクを制御することは難しくなる。普通の患者なら感染の恐れがあるのは周囲にいる数人だけだが、スーパ・スプレッダーは数十人にウイルスをばらまく場合があるからだ。

見えてこない感染拡大のパターン

スーパ・スプレッダーの一般的な定義はなく、それぞれの感染症によって異なる。2002〜03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)のアウトブレイクでは、基本再生産数[編註:感染者1人が感染力をもつ全期間を通じて何人に病気をうつすかという数値]が8以上の感染者がスーパー・スプレッダーと呼ばれた。15年に韓国でMERS(中東呼吸器症候群)が大流行したときには、専門家がスーパー・スプレッダーと定義した患者の基本再生産数は6以上だった。

武漢の新型コロナウイルスに関しては、1人の患者から大量の感染が生じるスーパースプレッド現象はまだ確認されていない。中国で1人の患者から医療従事者14人が感染したという事例が報告されてはいるが、感染者が激増していることや、過去のコロナウイルスのアウトブレイクの状況を考慮すれば、他にも感染経路があった可能性が高い。

一方で、基本再生産数がゼロの患者もいるのではないかとみられている。ジョージア州にあるエモリー大学の感染症専門家ラリー・アンダーソンは、パターンを検出するのは難しいと説明する。アンダーソンはSARSが発生したときには米疾病管理予防センター(CDC)で働いていたが、「いまこの瞬間にもスーパー・スプレッダーが多くの人に感染を広げている可能性があります。わたしたちがそれを知らないだけです」と話す。

SARS拡大の鍵となった「スーパー・スプレッド」

スーパー・スプレッド現象は、エボラから結核まであらゆる感染症で起こりうる。オックスフォード大学の疫学研究者らが1997年に発表した論文では、マラリアやエイズを含むさまざまな疾病で、全感染の80パーセントは感染者の20パーセントによって引き起こされていることが指摘された。

スーパー・スプレッド現象を考慮すれば、この数字は違ってくる可能性もある。だが、とにかく感染の大部分の原因は一部の患者だという基本的な事実に変わりはない。

今回と同じように新型のコロナウイルスが原因だったSARSの場合、スーパー・スプレッド現象が致命的な役割を果たしたことが、世界保健機関(WHO)の調査で明らかになっている。SARSのコロナウイルスの自然宿主はコウモリで、野生動物を扱う市場で感染が始まった。SARSという病名も原因もまだ確定していなかった2003年1月31日、広州で肺炎のような症状の患者が医療機関3カ所に移送されたが、その過程で救急車の運転手を含む82人が感染している。

数週間後には、香港のメトロポールホテルに滞在していた医師から12人が感染し、それぞれがシンガポールやベトナム、カナダ、アイルランド、米国といった国にウイルスをもち込んだ。この医師はSARS患者の治療に携わっていた。こうしたスーパー・スプレッド現象は発生時点ではわからなかったが、事後調査によって感染拡大の重要な契機になったと考えられている。

いまだに謎の多い現象

SARSの大流行から20年近くが経つが、スーパー・スプレッダーの謎はいまだに解明されていない。SARSの基本再生産数はだいたい2〜5だった。つまり、患者1人から2〜5人に感染が広がったわけだが、武漢のコロナウイルスの基本再生産数は2.6前後ではないかとみられる。なお、これはインペリアル・カレッジ・ロンドンで感染拡大の数理モデルを研究するニール・ファーガソンによる試算だ。

テネシー州のヴァンダービルト大学のコロナウイルス専門家マーク・デニソンは、「コロナウイルスではスーパースプレッドを引き起こすような遺伝子は見つかっていません」と説明する。つまり、何がスーパー・スプレッダーをつくり出すのかはわからないのだ。

特定の感染者の体内でウイルスがどのように複製されるのかによるのかもしれないし、はたまた症状がどれだけ重くなるかで違ってくる可能性もある。デニソンは「スーパー・スプレッドが、このウイルスのリスク要因と考えられていることは確かです」と言う。

基本再生産数の算出には、感染の速度と経路に基づいた数理モデルが用いられる。今回のアウトブレイクで最初の患者が武漢市内の病院に担ぎ込まれたのは12月中旬とみられており、一次感染者の大半は食肉などが売られている「華南海鮮市場」に行ったことがあった。

見えてこないスーパー・スプレッダーの共通項

発生から約7週間後の現在、中国の全省で感染が確認されている。世界全体の患者数は、1月31日時点で24カ国の9,925人に達した。ただ、症状がほとんど出ない患者も多いことから正確な数の確認は困難で、実際はこれより桁違いに多いとの見方もある。SARSの場合、2002年11月から収束が宣言された2003年7月までの8カ月間の感染者数は、計8,098人だった。

ノースカロライナ州にあるウェイクフォレスト大学医学部のワーナー・ビショフは、患者の呼気に含まれるウイルスの量からインフルエンザの感染の広がり方を調べる研究に取り組んだことがある。2010年から11年の冬にインフルエンザに感染した患者61人を対象に検査を行ったところ、呼気からウイルスが検出されたのは26人で、うち5人(19パーセント)は平均的な患者よりウイルスの量が最大で32倍も多かったという。

「こうした特殊な患者に共通する特徴を割り出そうとしましたが、何も見つけることはできませんでした」と、ビショフは語る。ビショフはまた、呼気に含まれるウイルスの量が多い患者はそもそも絶対数が少ないので、共通点を探すことは困難だろうと指摘する。

求められる対策

スーパー・スプレッダーを特定して何らかの対策を施すことができれば、感染の拡大を防ぐ上で大きな効果があるのは明白だろう。ただ、歴史上のスーパー・スプレッダーとして最も有名なメアリー・マローンのときのような極端な措置はとれないだろう。「腸チフスのメアリー」というあだ名をつけられたマローンは、1900年代初頭にニューヨークで起きた腸チフスの流行の原因となった人物である。

アイルランド系移民で料理人だった彼女は、腸チフスの健康保菌者(病原体に感染しているが無症状で発病しない患者)で、無自覚のまま数十人にチフス菌を広めていた。彼女は結局、イーストリヴァーに浮かぶノース・ブラザー・アイランドの隔離施設で26年間を過ごすはめになる。

米政府は、武漢から帰国した米国人195人をカリフォルニア州オンタリオの空軍基地に14日間にわたり隔離することを決めている。感染が確認された患者に対しては、隔離施設での治療が進められている。

感染症の専門家は、発熱やせきといった症状があっても、周囲に中国への渡航歴がある人がいない場合は新型ウイルスに感染している可能性は低いと説明する。それでも基本的な予防措置はとるべきだ。つまり、せきをするときは口を覆い、手洗いを励行する。そして気分が悪いときは外出を控え、家で様子をみたほうがいい。

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あの「伝染病シミュレーションゲーム」が新型コロナウイルスの影響で思わぬ注目、開発元が対応に苦慮

世界へと新型コロナウイルスの脅威が広がるなか、ある伝染病シミュレーションゲームが予想外の人気に見舞われている。伝染病を世界中に蔓延させて人類を滅亡へ導くこのゲームが、ウイルスの感染拡大に伴ってダウンロード数1位になったのだ。思わぬ事態に開発元が、新型ウイルスの感染拡大から身を守るうえでアプリを参考にしないように、プレイヤーに注意を促す事態となっている。

TEXT BY KYLE ORLAND

ARS TECHNICA

Plague Inc

IMAGE BY NDEMIC CREATIONS

新型コロナウイルスの感染の広がりに関心が向けられるなか、伝染病シミュレーションゲーム「Plague Inc.」の開発元である英国のNdemic Creationsが予想外の影響に見舞われている。伝染病を世界中に蔓延させて人類を滅亡へ導くこのゲームは8年前に発売されたが、この数週間で“人気”が沸騰したのだ。調査会社のApp Annieによると、中国では1月21日に、米国では1月23日に、それぞれiPhoneアプリとしてダウンロード数1位になっている。

急速な関心の高まりを受け、Ndemicは声明を発表した。新型コロナウイルスの感染拡大から身を守るうえでアプリを参考にしないようにと、プレイヤーに注意を促したのである。

「『Plague Inc.』は科学的モデルではなく、あくまでゲームです。現在の新型コロナウイルスのアウトブレイク(集団感染)は、膨大な数の人々に影響を及ぼしている本当に現実に起きていることです。それを忘れないでください」と、Ndemicは声明で述べている。「わたしたちはプレイヤーの皆さまが、それぞれの地域や国際的な保健機関から情報を直に入手することをお勧めしています」

同時にNdemicは、Plague Inc.が「現実世界の深刻な問題を大げさに表現することを避けながら、現実的で参考になるように考慮して設計されている」とも説明している。また、このゲームが教材として使われていることを強調した2013年の米疾病管理予防センター(CDC)のインタヴューについても触れている。

このインタヴューでは、同社がこのゲームのためにオンラインリサーチを実施したことが説明されている。さらに、「教師や大学教授がたびたび連絡をくれて、生物学的、経済的な概念を生徒に説明するうえで『Plague Inc.』をどのように使っているか教えてくれます」とも述べられている。

エボラの集団感染でも注目

Plague Inc.が現実世界の伝染病のニュースから“恩恵”を受けたことは、今回が初めてではない。2014年に発生したエボラ出血熱のアウトブレイクの際も、Ndemicは声明を発表している

このとき同社は、ゲームが世界の健康問題に関する思いやりの醸成に貢献しているとも指摘していた。「疾患のアウトブレイクが発生するたびにプレイヤーが増加します。人々は疾患がどのように広がるかを知ろうとし、ウイルスのアウトブレイクの複雑さを理解しようとするからです」と、Ndemicは述べている。

今回は、このゲームへの関心があまりにも高まったことから、Ndemicは「プレイヤーの数が非常に多い」という理由でウェブサイトを一時的にオフラインにした。同社はまた「マルチプレイヤーとカスタムシナリオのサーヴァーが、プレイヤーの多さに対応するために四苦八苦している」とツイートしている。

Ndemicはプレイヤーに対し、新型コロナウイルスに関する最新情報は世界保健機関(WHO)から入手するように勧めている。

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