政府が定年間近の黒川弘務東京高検検事長の勤務を半年間延長した。次期検事総長に充てる目算だとされる。検察庁法の定めにはなく、公正たるべき検察に政治の介入を許す悪例となるのを恐れる。
「禁じ手の人事だ」「汚点になる」-検察OBや官僚らからも批判が噴出している。それほど前代未聞の出来事だ。
検察庁法では定年を検事総長は六十五歳、検事長を含む検察官は六十三歳と定めている。黒川氏は今月七日に定年を迎えるはずだったが、半年間の延長を閣議決定した。異例の人事は国会でも取り上げられ、森雅子法相は「重大、かつ複雑な事件の捜査・公判に対応するため」と答弁した。
だが、そんな単純には受け止められてはいない。現在、検事総長である稲田伸夫氏が慣例どおり、おおむね二年の任期で今年八月までに勇退すれば、黒川氏を後任に充てることが可能になるからだ。
確かに国家公務員法では、公務に著しい支障が生じる場合に勤務の延長を認めているものの、検事長の勤務延長の前例はない。立憲民主党の枝野幸男代表は「検察官の定年は検察庁法で定められ、国家公務員法の規定を使うのは違法、脱法行為だ」と批判する。
事件捜査の畑よりも法務官僚としてキャリアが長い黒川氏については、政権との距離が近すぎるとの評がある。それを枝野氏は問題視したのだ。
もともと検事総長の後任には「政治色がない」とされる林真琴名古屋高検検事長が就任するとの見方が有力だった。ところが、今回の閣議決定で、後任が入れ替わってしまう見通しになった。
つまりは官邸による人事のコントロールが検事総長にまで及ぶ危うさが露呈したわけだ。「この人事は法務省の中で決定した」と首相は国会で答弁したが、本当なのか。二〇一三年に「憲法の番人」たる内閣法制局長官に、集団的自衛権行使の容認派だった外交官を充てた異例の人事と重なる。
検察庁はかつてロッキード事件や金丸信・元自民党副総裁の脱税事件など、政権中枢の腐敗を摘発した歴史を持つ。首相経験者をも逮捕しうる検察トップが、官邸の指一本で差し替え可能ならば、そんな検察を誰が信頼できるだろうか。
「政治との距離」を誤ると、中立・公正の看板が傾いてしまう。政治からの独立-当たり前の姿勢がゆがめば、厳正な政界捜査など望むべくもない。
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