常治の死が喜美子にどんな影響を与えるかを一番に考えた
-常治さんが亡くなるシーンについて、どのようなお気持ちで演じられたのか、また、撮影時のエピソードや印象に残ったことを教えてください。
「『スカーレット』は喜美子を中心に見せていくことが大事だと思いますので、たとえ常治が亡くなる時であっても、常治の死が喜美子にどういう影響を与えるかということを一番に考えました。
そんな思いもあり、13週に関しては準備稿(最初の台本)から決定稿(完成した台本)の間で、少しだけ変更になった部分もありました。
当初はみんなに囲まれて死んでいくことになっていたのですが、喜美子と2人だけの時間、シーンができてみんながいる中、2人だけになる過程が不自然にならないように、『おならをこきます』と(笑)提案しました。
常治が『うっ』となって、みんなが心配して『お父ちゃん!』と言ったあと、『ぷ~』とおならをします。おならも出るくらい元気やから、うるさいうるさい、みんなあっち行け、という流れですね。
そして、最後に残った喜美子に『頭になんかついてる』と。もちろん何もついてないのですが、喜美子が子どものころ、よく頭をポンポンしていたのを再現したくて、まるでちっちゃい喜美子にやるようにポンポンとしました。だから、僕の頭の中には喜美子の幼少期を演じた(川島)夕空ちゃんが出てきました。僕の中では夕空ちゃんの喜美子と恵梨香ちゃんの喜美子は本当につながっているんですよ。
常治が死ぬ前を長く見せるのではなく、常治はできるだけ最後まで明るくいて、そのあと喜美子がひとりで話すところで、初めて視聴者のみなさんが感情移入できるようにしたいと思いました。みんなに囲まれていかにも死ぬぞ、という雰囲気を裏切りたいという気持ちもありましたが、常治の死で何かを感じる喜美子を見せることが大切だと思っていました」
10日間で8kg減量するのがとても大変でした
-このシーンを演じる上で工夫されたことや苦労されたことはありますか?
「おならに関しては、腹水がたまった状態だとなかなか出にくいのですが、おなかを押せば勝手にもれ出るものなので、うそではないということを、病院に行って、先生に確認してきました。現場でも先生について頂き、おなかに綿をつめて腹水がたまった状態を表現しました。
一番大変だったのは減量ですね。常治は12週までは元気だったのに13週で急に病気になりましたので、10日間で8kgほど落としました。年を取ると体重が落ちにくいとは聞いていたのですが、30代で役作りのためにやった減量の感覚でいると、2、3日食べずに運動しても本当に落ちない。慌ててサウナスーツを買い、運動量を倍に増やして、まるでボクサーのようでした。ふらふらになりながら『何やってんねやろ』という気持ちにもなりましたね(笑)。それなのに死ぬシーンの撮影の日に限って、差し入れがいっぱいあって、それを娘たちがおいしそうに食べているんですよ。『コノヤロー』と思いましたね(笑)」
お母ちゃんにも大ちゃんにも感謝の気持ちを伝えたかった
-ほかにも北村さんのご提案が採用されたシーンはありますか?
「死ぬシーンに関しては台本を読んでいるうちに、大ちゃん(マギー)に『ありがとう』と伝えたくなり、『僕、ありがとうって言います』と演じる前に言いました。命をかけた戦争というものを一緒に経験し、戦争が終わってからもいつも支えてくれた大ちゃん。川原家の今の生活があるのもすべて、家を用意してくれて助けてくれた大ちゃん夫妻のおかげですからね。感謝するシーンがなく終わるのは嫌だなと思っていました。
お母ちゃんと温泉に行っているというシーンは、当初、映像がなく語りだけでしたが、映像を入れてはどうかと提案しました。マツ(富田靖子)に対して今までの感謝を表した部分や、夫婦だけの部分があまり描かれていなかったので、そこをきちんと見せたいなと思ったんです。
喜美子と八郎(松下洸平)に『お父ちゃんとお母ちゃんはケンカなんかいっぺんもしたことない』と死ぬ時とその前にも一度言っていますが、このセリフも付け足させてもらいました。
八郎が結婚の許しを請いに来た時も、マツに何もしてやれなかったと語る際、放送はされませんでしたが『オレこいつのことめちゃくちゃ好きやったからな』とセリフにはないことを入れました。
この夫婦には親がきちんと仲がいいということを見せて伝えた方がいいなと思ったからです。
常治が工房にいる八郎と話していると喜美子が入ってきて2人がケンカになるというシーンは、常治が初めて工房に行くシーンでした。これも常治が喜美子の工房にいるところをきちんと描きたいと提案しました。
いつも喜美子が座っているところに座ると、自然と『娘はここで頑張って働いているのか』という気持ちになりましたね。
実はこのシーンが僕のクランクアップのシーンでした。『OKが出たら終わっちゃう...』ととてもさみしい気持ちになって、みんなも泣くかなと思ったら、大爆笑でした(笑)。なんでやねん!(笑)
僕は役を引きずったりすることはふだんあまりないのですが、常治に関してはこれだけ長く毎日演じていると自然と常治の考え方になってしまっていました。正直、八郎が現れた時は川原家のバランスが大きく崩れる大事件が勃発した!という気持ちでしたよね。今まで『お父ちゃん、お父ちゃん』と言っていたあの娘が...。松下洸平くんとはごはんも行きますし、すごく好きでいい俳優だと思っていますけど、時々ふと常治の気持ちになって『お前なにしに来とんねん』と言っちゃうんですよ(笑)。不思議なもので12週で八郎に「頼むな」と言ったあとからは、仲間という感覚になりました。
これが、八郎ではなく信作だったら、殴ってないですね。殴ろうとして『お前かい!』となってたでしょうね。そのあとすぐ大ちゃんに話しに行く(笑)。そして、信作ちょっと変なヤツやけど、この親の子やから間違いない!ってなっただろうなあ」
僕自身が一番の常治ロスです
-最後に視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。
「普段はあまりネットを見ないのですが、『娘殴るなんてひどい』『娘の金をあてにするなんて』『お酒飲んで何もしない』など、常治に対する厳しい声を聞くたびに、すごくうれしくなるんです。それだけみなさんが喜美子の気持ちになってくれている証拠だと思っています。
このドラマで僕が伝えたかったのは、僕もその時代の人間ではありませんが、戦後、早くから働きに出されて家にお金を入れないといけないという人たちがいて、今僕らがいるということ。きれいごとが言えない時代だったからこそ、家族みんなが協力しないといけなかったということ。川原家を見て思うのは、それぞれに間違っていたり問題を抱えていたり、時にケンカをすることがあっても、いつも心はそばにいる。いつだって家族で、ちゃんと向きあって許し合って仲直りする方法を知っているんですよね。
今の殺伐とした時代では、人間関係が希薄になって、何かあったらすぐに『もうない』とか『ありえない』とか言ってしまう。でも本来、人間は間違いも犯すけど許し合い支え合うのが家族なんですよね。
『スカーレット』の時代には今よりもっと個性がある人たちがいて、それぞれが違う考えを持っていたと思うんです。それゆえにぶつかることもある。でも今は当たり障りなく、みんなが同じような人間になってしまい、感情というものがどんどん消えていってしまっているような気がするんですよね。
常治はとても幸せだったと思います。『あんたと一緒になっていっぺんも後悔したことない』と言ってくれる妻がいて、かわいい娘や孫たちに囲まれて。
昭和のこういう時代のこのドラマで僕は常治を演じさせてもらえてとても気持ちよかったです。
みなさんにも何かを感じ取っていただけたらうれしいです。
僕は一足先に『スカーレット』を終えますが、誰よりも早く、誰よりも深い常治ロスです。
みなさん、『常治ロスや~』とか言ってくれたとしても、1週間ぐらいで忘れちゃうでしょ?(笑)でも、僕はこの先、最終回までずっとロスですよ。
思いが強すぎて月になって出てくるかも。喜美子が空を見上げると月の中に常治の顔が見えたりして(笑)」