-久しぶりに『スカーレット』の撮影に参加されたご感想をお願いします。
「メイク室に大久保さん(三林京子)、ちや子さん(水野美紀)、僕・雄太郎がそろっているのを見た喜美ちゃん(戸田恵梨香)が、めっちゃうれしそうやったんですよ。『荒木荘や~』って。それで僕らもああ戻ってきたんやな、という気持ちになりました。劇中での感動の再会をメイク室で先にやってしまったという感じでした(笑)。
でも不思議なもので、大久保さんが着物を着て、ちや子さんがボサボサな感じになって、僕はちょっと売れたんで前とは違う感じですけど(笑)、それぞれ衣装を着ると一瞬で荒木荘にいた頃の感覚に戻るんですよ。四人そろった写真をグループメールに送ったら、さださん(羽野晶紀)からも圭介(溝端淳平)からも、めっちゃ悔しそうなリアクションが返ってきました(笑)。
大阪編以降ももちろんずっと放送を見ていたんですけど、僕は役者じゃないから、現実とドラマの世界がごっちゃになって、ずっと喜美ちゃんが信楽で頑張っている姿をのぞき見しているような気持ちでした(笑)。だから、今回、劇中で喜美ちゃんに気づかれないようにそーっと入ってきて、僕が『喜美ちゃ~ん』と言った瞬間に振り返った、18歳じゃない喜美ちゃんの姿を見た時、ぐっとこみ上げてくるものがありました。でもそこで僕が泣くことなんて、このシーンのお芝居にはまったくいらないので(笑)、必死でこらえました」
-31歳になった喜美子を演じる戸田さんの印象を教えてください。
「うまく言えないんですけど、年を重ねてきた雰囲気がすごいんです。戸田恵梨香さんってほんますごい人やなと思うんですけど、よけいな小細工なんてもはや必要ない境地に達してはるんですよ。戸田さんってね、本番直前までみんなとおしゃべりしてるんですけど、本番始まった瞬間にさっと演技に入りはるんです。『それがポリシーなんですよ』なんてさらっと言いはるんですけど、きっと彼女の中にはいろんな年齢の喜美ちゃんがあって、その時にあったカートリッジをガチャっとはめているんじゃないかと思うほどです。
前回のインタビューでも言いましたが、彼女と一緒にお芝居をしていると一瞬でその世界に連れていってくれるんです。今回も15年会っていなくて久々に再会した時のリアクションを僕なりに考えていたんですけど、喜美ちゃんの顔を見た瞬間、まったく違うリアクションになっていました。ほとんど素ですね。『スカーレット』に出演してから、『自然な演技でええやん』ってたまに言ってもらえるんですけど、それは戸田さんに作ってもらっているだけなんです。ほかの現場に行ったらもう、今回のような自然なお芝居ができないような気がして、戸田恵梨香さん、川原喜美子と離れるのがめっちゃ嫌です(笑)」
-大阪編以降で、荒木荘での教えが生かされているなと思われたシーンや、印象に残ったシーンがあれば教えてください。
「喜美ちゃんが丸熊陶業で働き出して、絵付けの先生に弟子入りしましたけど、普通やったら弟子修業だけでも大変やのに、食堂の仕事もこなしながらやりたいと言う、あのベースは荒木荘で大久保さんにたたき込まれたものがちゃんとあるんやと思います。これから川原喜美子という人は陶芸家になっていくわけですが、そのベースが作られたのが荒木荘なんやと思うと、チーム荒木荘のメンバーとしては誇らしいですよね。
喜美ちゃんがお父さん(北村一輝)と言い合いになって、『好きなことを追っかけて、それで食べていける人間がどんだけおる?』と言われた時、お父さんに負けずにしっかり向き合えているのも荒木荘で鍛えられたからやと思うと誇らしかったのと同時に、そのお父さんのことばが胸に刺さりました。というのも、僕も放送を見ながら、いっちょ前に田中雄太郎のことを考えているのですが、勝手に作った僕の中でのストーリーでは、この頃、雄太郎は流しで『さいなら』を歌っている時なんですよ。まだ日の目を見ていない田中雄太郎としての僕、芸人として売れなかった時期も経てきた木本武宏としての僕、2人の僕の心にずしんときて、一緒に見ていた奥さんに『そこまで泣く?』って言われたくらいに(笑)、泣きました」
-その『さいなら』は、どのような思いで歌われましたか?
「台本より先に曲のデモと歌詞が送られてきたので、てっきり好きな人との別れの曲やと思ってたんですよ。すてきな失恋ソングやなあって。台本読んで『猫の曲かい!』と(笑)。
歌は本当に苦手で、もちろんドラマで歌うなんて初めてのことなので、ボイストレーニングで基本的なことを教えていただき、その通りに歌ったらよくはなったんですけど合唱団みたいになりまして(笑)。そしたら演出の方が『歌ですけどお芝居だと思って気持ちを入れてもらったらオリジナリティが出ると思います』とおっしゃって、これまた難しいことを言われたなと思いました。家の中では大きな声で歌えないので、無駄に車に乗って、一般道やったら信号のたびにチラチラ見られるので(笑)、延々と首都高速を走って、車中で練習しました。レコーディングでは『よかったです』と言ってもらえたのですが、あとはデジタルの技術でなんとかしてもらったのではないでしょうか(笑)」
-雄太郎が俳優から歌手になったのはなぜだと思われますか?
「僕も芸人やからよく分かるんですけど、きっと、人前に立って喜んでもらえる手段を探したら、芝居より歌やった、ということなんやと思います。公務員やった雄太郎が黒沢明監督の『生きる』に感動して俳優として生きていきたいと思った。役所をやめて『歌える喫茶さえずり』で働くようになり、さえずりのマスターにギターをもらった。お金はないけど時間があるから、ひたすらギターを練習したらうまくなり、ギター持って歌ったら、みんなが笑ってくれたり喜んでくれたりした。そんな流れやと思ってます。そしてひたすら練習していた時に、一番聞いてくれたのが、荒木荘の猫やったんでしょうね」
-最後に視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。
「信楽太郎はこのあとも、もっと売れようと頑張っていくと思うのですが、『スカーレット』の中にまた登場するのかどうかは本当に僕も分からないんです。ひょっとしたら今回が最後のシーンなのかもしれませんが、僕としてはぜひまた出たいので、視聴者のみなさんの『雄太郎を出せ』という声を送っていただけたら、本当にありがたいです(笑)。みなさんの声いかんによって、僕の次の出演につながるかもしれません(笑)」