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【経済インサイド】霞が関で次々「鯨料理」がメニュー化される理由
更新 国際社会から捕鯨への反対圧力が高まる中、そんなことは意に介さず、霞が関の各省の食堂で「鯨肉料理」を提供するよう駆け回る議員がいる。日本の古式捕鯨発祥の地といわれる和歌山県選出の二階俊博・自民党総務会長だ。9月の自民党本部を皮切りに、外務省、経済産業省の各食堂で立て続けに鯨肉料理をメニュー化。今年度内には防衛省、財務省、さらには学校給食での提供拡大を図るため、文部科学省を照準に定める。首相も恐れる“こわもて”のクジラ伝道師の行動力に、全省がひれ伏すのも間近か!?。
経産省に鯨肉料理登場
「鯨料理あります。」
11月18日の正午前。経済産業省地下1階の食堂に大きなのぼりが現れた。のぼりの前にはジンギスカンや青椒肉絲(チンジャオロース)などの料理がズラリと並ぶ。実は、これらはすべて鯨肉を使った同食堂のオリジナルメニューだ。
それらを食い入るように見つめ、品定めしている人だかり。自民党捕鯨議員連盟の面々だ。「おいしそうですね」とあおる同議連メンバーで同省の山際大志郎副大臣に導かれ、林芳正前農林水産相や同議連の鶴保庸介幹事長代理が大きくうなずく。各自気に入ったメニューの食券を購入し、奥の座席に座る。
しかし、席について10数分たつが料理は出てこない。なぜなら、テーブルの真ん中に座るはずである鯨肉料理導入の発起人で同議連顧問の二階氏が所用で遅れていたためだ。
約20分後。あのこわもてが食堂に入ってきた。場の雰囲気はまるで組長を迎え入れる子分たちの様相。議員たちから「主役は遅れて来るものです」と持ち上げられると、まんざらでもない笑みを浮かべ、テーブルの真ん中に腰掛けた。
しばらくして各自注文したメニューが目の前に置かれると、一斉に料理にむしゃぶりつく。いかにも食べそうな体格の林氏は数分で平らげるほど、「鯨のジンギスカンは大変においしかった。新しい料理として提供できる」(林氏)と満足げだ。
給食で出すなら文科省だ
そして、二階氏の本領発揮はここから始まる。鯨肉料理を食べながらだと気分も高揚するのか、鯨肉料理普及に向けたアイデアを次々と議員らに投げかけた。
「各省庁で鯨料理のコンペをしてはどうか」
「鯨料理のデリバリーを導入してもいいな。配達で1000円でできる。駅弁でも出せるだろ」
「次は(捕鯨特別委員会委員長)浜田(靖一元防衛相)さんがいた防衛省の食堂、そして予算を作っている財務省だ」
「文科省に入れないと(小中学校の)給食で出せないぞ」
すでに次なる省の食堂をターゲットに話を進めている。隣で聞いていた鶴保氏も「財務省、防衛省、文科省の食堂には今年度内には鯨料理を提供できるようにする」と同調し、鼻息は荒い。試食会後、山際副大臣は記者たちに「食の安全保障という意味でクジラという海からの動物性タンパク質は絶対に確保しておかなくてはならない」と訴え、集まったマスコミにも鯨肉料理を振る舞う気前の良さを見せた。
まずは自民党で“ホエ~る”
二階氏の省食堂への鯨肉料理導入行脚が始まったことの発端は、9月2日に自民党本部で開催された党捕鯨議員連盟総会に遡(さかのぼ)る。
「鯨を食べる文化がすたれている。自民党(本部)にも食堂があるのだから、ここで鯨肉の料理を出せるようにして、鯨のPRをしろ」
会の終盤にさしかかったところで急に二階氏がほえだした。総会終了直後には、党本部の食堂のコックを呼び出し、こわもてをさらに強ばらせ「すぐにでも鯨肉料理を出してほしい。出せないようなら業者を替えるぞ」と迫った。まるで任侠(にんきょう)映画のワンシーンだ。党重鎮の発言ということもあり、会場内は異様な緊張感に包まれた。
さらに、農水省内の食堂では鯨肉料理が提供されていることを例に挙げ、出席していた外務省の斎木尚子経済局長に「まずは外務省の食堂で鯨肉を提供して、(来省した)海外の人にクジラのおいしさを伝えてくれ」と注文をつけるほどの力の入れようだ。
その後は迅速だった。自民党では9月19日に、外務省では10月1日からそれぞれ、鯨肉を使ったカレーや竜田揚げなどのメニューの提供をスタート。党総務会長の豪腕ぶりがいかんなく発揮された結果だった。
捕鯨文化消滅の危機感
二階氏をここまで駆り立てる背景には、捕鯨文化が廃れつつある現実に対する強烈な危機感がある。国際司法裁判所(ICJ)が3月に日本の南極海での調査捕鯨の停止を命じられ、さらに9月の国際捕鯨委員会(IWC)総会で日本の南極海での調査捕鯨再開を事実上2016年以降に先送りするよう求める決議が採択された。
商業捕鯨が禁止されて四半世紀以上が経過し、限られた量しか流通しない鯨肉は、若い世代にとってはもはや珍味である。高タンパク低カロリーのヘルシーな食材として見直されてはいるが、飽食といわれる時代に鯨肉料理の食文化は廃れつつある。
ちなみに農水省内の食堂では、「イワシ鯨ステーキ膳」(1000円)や「じゅ~し~鯨特性カレー」(800円)などの鯨メニューを提供している。ただ、「気軽に食べるには値段が高い。鯨料理を普及させたいなら、もっと安くしてほしい」(農水省職員)というのが消費者の一般的な感想だ。「牛や豚の肉が食べられる現在、無理して食べたいと思わない」(同)のが本音だろう。
昭和30年代は全国の大半の小中学校給食で提供された鯨肉料理だが、現在は約7000校で全体の約20%にとどまる。二階氏は学校給食での提供拡大を狙うが、「捕獲量が少なくなっており、鯨肉の価格も上がっている。正直、需要に対して適正な量の供給は苦しい」(日本捕鯨協会の和田一郎顧問)状況だ。
全省で鯨肉料理を提供しようと躍起になる二階氏だが、まずは「日本が調査捕鯨を続けるため、国内外を納得させる論理と政策の再構築を急ぐべきだ」(政府高官)との意見も出ている。