ヤンは思考を加速させる……
そして加速させるたび、その瞳の色は、どんどん”昏さ”を増していった。
『よく似た時代/二回目の生』という異常状況を考えれば、ヤンの思考はもはや常人の及ぶ範疇ではないといえた。
何しろ自分の前世と今生を比較し、その際を認識し、それを判断材料に『歴史と銀河を俯瞰図的な目線』で見ようとしているのだ。
その視点は言うならば……止めよう。そういう比喩はきっとヤンは嫌う。
「フェザーンが
だが、今は表立って殺伐とした行動を地球教にすべきときじゃないことを、ヤン自身はわかっていた。
単純に言えば”機が熟して”ないのだ。
相手は自分だけでなく、時の皇帝すら暗殺してみせた相手、油断すべきじゃない。
人類の発祥の地でありながら、長い長い時を「いない者」として扱われた彼らの恨みは深い。
もっとも現状、ヤンは前世の記憶だけでなくかなり高い精度でフェザーン共々地球教の動向を把握していたので、少なくとも前世よりは有利な状況にあった。
なぜ?と問われれば、長くなりすぎるので詳細は省くが、地球教を危険視し潜在的敵対者と看做してきたヴェンリー家当主は、何もヤンが最初ではなかった。
経緯や理由は違うが、辿り着いた結論は似たり寄ったりだったらしい。
故にヴェンリー領では地球教は事実上”禁教”であり、全てが貴族にあるまじき寛容さを持つと評されることもあるヴェンリー家が、数少ない絶対不寛容さを示す相手が地球教だった。
無論、新たにヤンの領地となったローエングラム領でも、歴代の当主にしかその存在を知らされない”
人知れず地球教徒の内偵と炙り出しを進め、”駆除”を開始しているようだ。
実はヤンをはじめヴェンリー家とフェザーンの対立の裏側には、経済的なそれだけでなくこの様な因縁もあった。
無論、ヤンもその”
知っていたが……知ったときも今も、不思議なほど感情が揺り動かなかった。
それは自分が一度死んだ、いや『殺された』経験ゆえだろうか?
かつて、ヤン・ウェンリーと呼ばれた男は、自分の生存に関して聊か素直にあるいは貪欲になっていた。
「だが、帝国も同盟も艦船保有数や艦隊数に大差はない……少なくとも人口的には、余力を持った状態で戦争してるってことか……」
では、同じく余力があるだろう予算はといえば……
「それがこの結果か」
あくまでそれはヤンにとり、現状をきちんと把握するための確認作業だった。
同盟軍は、予算を安易な兵力増大に使わなかった。
確かに数というのは強力な力だが、だが生産性がなく基本的に物資も人命も浪費する軍を増大させることは、逆に国家経営を傾かせることを同盟は良くわかっていた。
ヤンの視点からすれば、今の同盟は前世の信号機すらまともに管制できなかった状態とは異なり、今生の同盟は社会インフラを維持できるだけの健全な労働人口があり、それは言い方を変えれば50億の
だからこそ同盟は、金を兵員数でも船の数でもなく”建艦の質”を上げることに注力した。
例えば、”ヴェンリー警備保障”は、アンネローゼの置いていった”エーデルワイス”を含め2隻のアコンカグア級を保有し、ヤン自身も同じくアコンカグア級のカスタムモデル”ヒューベリオン”を個人所有している。
だが、前世においてはアコンカグア級は、『新世代の艦隊旗艦として期待されたが、ハードウェア的な性能が足りずに分艦隊指揮がせいぜい(これは戦争が急速に大規模化し、1個艦隊の艦数が加速度的に増大したせいもある)であり、結果ととして同級3隻しか建造されなかった船』である。
そのアコンカグア級の失敗を踏まえて開発されたのが、今生で言うアキレウス級なのだが……
だが、今生では1番艦のアイアースが竣工した後も、”分艦隊旗艦や地方艦隊、警備艦隊などの小規模艦隊の手頃な旗艦”としてアコンカグア級は継続生産され、確認されてるだけで40隻以上生産されたベストセラーとなっていた。
さらに問題なのは、前出のアキレウス級で”ヴェンリー警備保障”では初期生産型のアイアース級を1隻、現行のパトロクロス級をバリエーション違いで2隻保有している。
もう、想像ついたかもしれないが……前世において25隻前後、バリエーション含めても30隻程度しか建造されなかったアキレウス級は、今生では現在
さらにアキレウス級の
もうほとんど標準戦艦のノリだ。
そして問題はそれだけでなく、
「なんだって、もう試作艦が完成してるんだ……?」
ヤンの視線の先にあるのは、三叉のような奇妙な形をした見慣れぬ大型戦艦と、自分の棺桶となったそれと同型の巡航艦のテスト画像だった……
☆☆☆
「それに標準戦艦のバリエーションとしてアバイ・ゲセル型やムフウエセ型も、既に試験運用が始まってるのが確認されている……結果が良好ならすぐに量産できるだろうね」
紫煙を吐き出しながらヤンは独りごちる。
ヤンがあげた二つのモデルはどちらも標準戦艦をベースにした強化発展型で、アバイ・ゲセル型は指揮通信統制機能、いわゆる旗艦機能を強化したモデル、ムフウエセ型は砲の口径は落とすがその代わり門数を大幅に増やした火力増強型だ。
標準戦艦もアキレウス級ほど大胆ではないがモジュラー・ブロック工法が取られているため、このようなアップデートはやりやすいのであろう。
前世にも見かけた覚えのあるタイプだが、その登場は”アムリッツァの
「もしかしたら量産型ネルトリンゲンでも互角に撃ち合うのがやっと……っていうのは、流石に嫌だな」
お気づきの方は居るかもしれないが……ヤンの”ガルガ・ファルムル”をはじめ、本来はこの時点では完成してない筈の船が完成していた理由……
ヤンが自分の財閥と権力をフル動員して、彼に似合わぬパワープレイで技術加速/建造加速させた理由は、まさにこの同盟の『開発加速と質的強化』にあった。
「わかってたことだし、一難去ってまた一難とは言わないけどさ……」
だが、つい脳裏に浮かんでしまう。
同盟が最新鋭艦を前面に押し立ててヴェンリー星系に押し迫る姿を……
「冗談じゃない」
同盟との精神的決別はとっくにできていた。
様々な資料を集め、必ずしもこの世界が『
だから自分は同盟軍のヤン・ウェンリーではない。帝国軍元帥、
民主主義が嫌いになったわけじゃない。共和制を見限ったわけでもない。
だが、帝国という文字通りの別天地から離れて見ることで、より客観的な視点を持てたのは確かだ。
自由惑星同盟を、民主主義や共和制と同一視することも妄信することも、もう無い。
だからヤンは言葉にする……
「かつての私に守りたい物があったように、今の私にも守りたい
そしてヤンは布石を打つために、いくつかの指令書を送信する。
「予算も時間も有限だけど、まだ無茶が利くのは予算だな……」
アニメの製作だろうと戦艦の建造だろうと、足りなくなりがちのなのはこの二つだ。
だが、かつてなら選択できない手段を取れるのが、
「なら私は相対的に、あるいは間接的に時間を金で買うとしよう」
と開発予算の増額を指示する。
その増額対象の項目には”リューベック”、”ニュルンベルグ ”、”エイストラ”、”ウールヴルーン”の名があった。
いずれも『
時計の針が戻せぬのなら、逆に時計の針を推し進める……それがヤンの選択だった。
座して死を待つことを断固として拒否するヤンは、更にいくつかの
☆☆☆
するとその作業が終わるのを見計らうように、
”PiPiPi”
特定の人間しか知らない、”秘匿回線”の呼び出し音が鳴ったのだった。
珍しくヤンが内面を吐露する回。
微妙に同盟への決別回だったかも?
過去は過去、前世は前世と割り