金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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今更ですが、船に関する独自解釈含有です。


第032話:”ヤン教授による現代帝国軍艦講座・後編”

 

 

 

「では最後に、”先行量産艦”だね。このカテゴリーは”量産予定艦の雛形”って役割が与えられている。つまり本格的な量産を始める前に長所や欠点、特性や特質を戦場で洗い出し、本格量産モデルにフィードバックさせ完成度を高めようってことなのさ。それこそ量産が始まった後に致命的欠陥が明らかになったんじゃあ、目も当てられない」

 

そう前置きしたところで、

 

「実はこれについては、身近なところに先例がある」

 

ヤンはメルカッツを見て、

 

「メルカッツ先輩が、ヨーツンヘイムを下賜される前に乗っていた船……さっき話に出でてきた”ネルトリンゲン”がまさに”量産を前提とした雛形”だったのさ。実際、ヴェンリー造船(ウチ)では一昨年の終わりくらいから製造ラインが、従来型標準戦艦から”ネルトリンゲン級改良型標準戦艦”に切り替わってる。軍の工廠や他企業のドックでも徐々にそうなっていってるはずだ」

 

ネルトリンゲンについて少し説明しておけば……

従来の標準戦艦をベースに主砲を4門増やし、砲門や艦重量の増加に伴い後部メインエンジンも大型増強した船だ。

側面積増大による防御力の低下は機関出力の増大による防御スクリーン/防護フィールドの強化で対応している。

特にこれといった目新しい技術は使わずに火力は1.5倍強増し、速力は標準戦艦と高速戦艦の中間あたりまで増加し、従来型と同等かそれ以上の防御力を確保した船というのがネルトリンゲン()のアウトラインだった。

無論、量産型は指揮通信統制機能などの旗艦能力がダウングレード化されコストダウンが図られているが。

 

「付け加えると元帥府に配備予定の標準戦艦は、新造分に関しては全てネルトリンゲン級になる予定だよ」

 

と決して小さくはない戦力強化に繋がる情報を提示した。

 

「それを踏まえてっと……今回、量産を前提とした実戦テストを行って欲しいのは、この5隻。次世代旗艦型戦艦『フォルセティ()』の3隻、ネームシップで1番艦の”フォルセティ”、2番艦の”スキールニル”、3番艦の”サラマンドル”に……」

 

よく似たシルエットの姉妹艦3隻に、更に2隻分の立体映像に追加する。

 

「現行の高速戦艦を再設計/改良発展させた”ケーニヒス・ティーゲル”、既存技術の集大成を目指した同じく次世代旗艦型候補の”フォンケル”だね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「まずはフォルセティ級からと行こうか? フォルセティ級は、ブリュンヒルト建造で得たノウハウや()()()()()新技術で、今後大規模化の一途を辿るだろう艦隊に対応できる次世代旗艦に必要なスペックを持つよう設計されたシリーズさ。違う言い方をすれば、新技術を導入したとはいえ量産前提の船だ。技術的冒険は避けたいからトリスタンやベオウルフのように大胆な導入はしてない。ただし、」

 

ヤンは一呼吸置き、

 

「フォルセティの最大の特徴はむしろ”船体構造その物”にあるんだ」

 

立体映像は再びフォルセティ級三姉妹に戻り、

 

「同盟の旗艦型戦艦、いわゆるアキレウス級と呼ばれるタイプは”モジュラー・ブロック工法”を用いて建造されてるのは知ってるかい?」

 

と今度は自社、”ヴェンリー警備保障”も保有する同盟軍の大型戦艦の立体映像が三姉妹の上に投影される。

 

資料によってはアイアース級、パトロクロス級と呼ばれることもあるが、この世界ではこのシリーズ()()を指すときはアキレウス級、先行量産型は試作艦アイアースの名をとりアイアース級、実戦からフィードバックされたデータを元に本格的なマイナーチェンジが行われたパトロクロスから始まる本格量産型を特定して呼ぶときはパトロクロス級と呼ばれていた。

 

さらに付け加えるとアキレウス級の設計を徹底的に簡素化/ローコスト化をし、分艦隊旗艦に特化させた簡易量産型の”ロスタム”級なんて物まで既に登場している。

ヤンが得た情報によれば、このロスタム級の建造は急ピッチで進んでおり、艦隊旗艦型として期待されて量産されたが、今や分艦隊旗艦がお決まりのポジションとなっているアコンカグア級や、更に古い旗艦型のカンジェンチュンガ級との置き換えがかなりのペースで行われているらしい。

 

 

 

「簡単に言えば船の各部位をモジュラー化して生産、それを接合して1隻の船を完成させるってやり方なんだ。具体的には艦首に来る武装区画(アームド・ブロック)、中央部の船体区画(ハル・ブロック)、後部の主機区画(エンジン・ブロック)の三つにだね。これのメリットは、とにかく生産性が高いことだ。例えば建艦ドックを使うのは、別々の場所で生産されたブロックを接合するときだけでいい。ドックが1隻建造される間に占有される時間が恐ろしく短いんだ」

 

ヤンの言葉に合わせるようにアキレウスの三次元モデリングが三分割され、

 

「他にも被弾しても破損したブロックだけを交換してしまえばすぐに戦列復帰できるとか、同じ意味で改良モデルのブロックが登場したときアップデートしやすいってメリットがある。加えて各ブロックには結合部位(ハード・ポイント)ってのが設定されていて、相乗効果で拡張性/発展性がやたらに高いのさ」

 

今度は再結合した船体のブロックが次々に組み替えられさなざまなオプションがくっついては離れ、様々なシルエットがアニメーション仕立てで連続投影されていく。

それはとてもアキレウス級という一つの艦型から派生したとは思えない多様なバリエーションだった。

 

「付け加えるとトータルの建造コストや維持コストも統一フォーマットで作られる以上、バリエーション展開しても量産効果やら何やらで低く抑えられるだろうね」

 

 

 

 

「とても合理的、まるでベルトコンベアで戦艦を量産してるように見えるけど……帝国の軍艦建造には使えない。なぜだかわかるかな?」

 

「船体強度の問題でしょう。言ってしまえば三つに輪切りにした船を一つに接合するなら、接合部がボトルネックとなり、どうしても一体構造船体(モノ・ハル)を持つ船には強度で及ばない」

 

「さすがカール、船の専門家は伊達じゃないね」

 

ヤンは微笑みにシュタインメッツはなんとなくドヤ顔だ。

 

「帝国軍艦は大気圏への降下/離脱が必須とされているから、重力下や大気圏内行動のために高負荷に耐えられる物理的船体強度が求められるのさ。竜骨(キール)フレームが構造的に入れられないモジュラー・ブロック工法で作った船は、特に巨大艦になるほど縦軸モーメントや捩り剛性の面で強度維持が難しくなってくるからね……まさに宇宙専用艦のみで艦隊を揃えられる同盟ドクトリンならではの強みだよ」

 

流石に前世は同盟軍人、それも上層部にいただけにヤンは同盟艦のメリット/デメリットに詳しい。

加えて今生では同盟艦の技術解析/習得を専門に行う”ヴェンリー船舶技研”の発起人になっただけあり、その知識と造詣は一層深まってるようだ。

 

「だけど、モジュラー・ブロックって概念そのものは、見るべき部分が多い。やっぱり拡張性や発展性のメリットは大きくて、レトロ・フィットが簡単に出来るなら陳腐化もしにくいしね」

 

ヤンは同盟艦のデータをデリートしながら、

 

「そこで話はフォルセティに戻る。フォルセティはこれまでの帝国艦のご他聞にもれず船体(ハル)その物は高強度の一体構造だ。だが、武装やエンジン部分は”ユニット・コンパートメント構造”になっていてね。要するに該当部分がユニットになってて簡単に船体から取り外したり、取り付けたりできるようになってるのさ」

 

そしてフォルセティ級三姉妹をクローズアップし、装備の異なる部分を強調処理で投影する。

 

「だからバリエーションも作りやすい。フォルセティは全てのフォルセティ級の雛形だけあってベーシック仕様のバランス型。2番艦のスキールニルは出力強化型の高速仕様、3番艦のサラマンドルはアースグリムの特火砲ほどじゃないけど大型砲と射出型のアンカーフックを搭載する火力重視だね」

 

スキールニルとサラマンドルの装備差は、どことなくベオウルフとトリスタンの関係に似ていた。

 

「無論、損傷した場合もユニットごと交換するって方式になるから、予備ユニットがある限り修復も短時間で済むよ。そういう意味では戦力維持もし易くて、酷使されやすい旗艦向きの構造だね」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「次は……と、”ケーニヒス・ティーゲル”といこうか? 開発コンセプトもわかりやすいし」

 

ヤンは再びコンソールを操作する。どうでもいいが、機材操作もだがやけにプレゼン慣れしているようだ。

やはり名門貴族に加えて財閥総帥というのは伊達ではないということだろうか?

 

「基本的にケーニヒス・ティーゲルは高速戦艦を再設計、発展改良させたものだ。基本の竜骨(キール)フレームは高速戦艦と共通で、発想的にはネルトリンゲン級に最も近い」

 

何やらビッテンフェルトが妙に食い気味に見ているが、

 

「再設計にあたり主眼とされたのは、指揮通信能力・攻撃能力・加速能力の三点だね。基本的な防御力は、高速戦艦と大差ないだろう。出力が大きい分、航続距離も褒められたものじゃないけど……アースグリムとは別の意味で、ここぞという時に強みを発揮する船だと思う」

 

 

 

「最後は、”フォンケル”だけど……これもコンセプトはシンプルで、『既存の技術とその延長線上にある安定した技術を結集して高性能旗艦を作る』だよ」

 

そのコンセプトどおりに投影された船は、傾斜装甲の概念を取り入れておらず、これまで登場した船の中でも悪く言えば無骨な、よく言えば質実剛健な印象があった。

 

「実を言えばこの船は、”フォルセティ級が失敗作だった場合の保険”って意味も建造理由に含まれてる。だから技術的冒険は極力避け目新しい装備はないけど安定性、信頼性、頑強さに優れ、おまけに正面火力も高くて操艦特性も素直。扱いやすい船だよ」

 

そして先行量産型と称された全ての船を一度に投影し、

 

「もう一度言うけど先行量産型の最大の役割は、実戦データを本格量産モデルにフィードバックし完成度を高めることだ。それは忘れないで欲しい」

 

 

 

 

 

 

一通りの説明を終えたヤンは元帥府付従軍メイド(?)が淹れた紅茶を一口飲む。

やはりキルヒアイスが淹れた物が一番舌に合うのか、不満さが微妙に表情に出ていた。

そして咳払いをし、

 

「さて、この場に集まる紳士諸君はどの()がお好みかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地味っ()扱いされる船にも愛の手を!(挨拶

ヤンが妙に同盟艦に詳しいのは、前世の記憶と経験からだけではなく、自分の会社でも扱ってるから。
実は前世よりも今生の経験のほうがより強く影響してたりして(^^

それにしても今回は実際に量産されたら結構、恐ろしい船ばかり。
実際、劇場版のメルカッツ艦、ネルトリンゲンは量産型が既に生産されてるし、1万隻オーバー規模の艦隊戦が通例でも、指揮通信統制能力をグレードダウンさせた量産型ケーニヒス・ティーゲルとか100隻でもビッテンの手元にきたら……

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