「とりあえず、まずは今回持ち込んだ船の話をしようか?」
ヤンは手元のコンソールを操作する。
この元帥府の会議室、後に通称”
無論、提督達の手元にも抜かりなく個人用ホログラム・プロジェクターが完備されている。
「さっきも言ったが、今回君達の手元に来るのは、大別して”実験艦”、”コンセプト艦”、”先行量産艦”の三種だ」
そしてコンソールを弄り、中央のプロジェクターに4隻の船を立体投影させる。
「トップバッターは”バルバロッサ”、”トリスタン”、”ベオウルフ”、”ヴィーザル”の4隻だ。詳細なデータは手元のホロ・ディスプレイで確認して欲しいけど……とりあえずこの4隻は実験艦にカテゴライズされる。ただ、実験すべき内容は船によって大きく3種類に分かれるのさ。まずは、」
ヤンは赤い船を拡大し、
「”バルバロッサ”は、実質的にブリュンヒルトの姉妹艦といえるね。より正確に言うなら、ブリュンヒルトの装備の中でも明らかにオーバースペックな部分、必要ないもしくは必要性の低い部分、費用対効果の悪い部分を削り、高い性能と実用性を確保しつつより現実的な値段で建造できるかの模索した船なんだ」
苦笑しつつ、
「だけど建造費用は標準戦艦4隻分、ブリュンヒルトが7隻分だったことを考えれば半額ちょっとで済むけど、それでも高すぎる。バルバロッサを量産しようものなら、帝国は同盟よりも軍事予算で崩壊……いや、破綻するだろうね」
「次は”トリスタン”に”ベオウルフ”だ」
さてここで注意して欲しいのだが、別の世界線では”人狼”を意味する”
スペルは同じだし細かい違いだが……帝国や同盟の人口と経済比の差異、ヴェンリー家の存在、史実より明らかに建造数が異なるアコンカグア級戦艦……ここはどうやらヤンが前世と認識した世界とは「
「この2艦は姉妹艦、いや”双子艦”と呼ぶべき船でね。同じコンセプト/異なる方向性で作られたのさ」
と2隻をクローズアップし、
「基本コンセプトは『ブリュンヒルトで実証/実戦データを得られた新技術と既存技術の融合。その最適解を探るマッチング・テスト艦』。ほら、ブリュンヒルトは論外にしてもバルバロッサも高すぎるだろ? ならば新技術を限定的に用いて従来技術を底上げしようって考えたのさ。技術的な意味でのハイ・ロー・ミックスと考えていい」
現代に例えるならF-22やF-35は高すぎるから、その開発で得られた技術を部分的に用いてF-15やF-16の発展型を作ろうということなのだろう。
「だけど特色はきちんとある。傾斜装甲の概念を船殻構造に取り入れ防御力が高く、指揮通信統制機能が従来型戦艦を凌ぐのは共通。全体的に破綻の少ない高機動なバランス型の設計だけどトリスタンは火力重視、ベオウルフは速度性能重視に設定されている」
「さてヴィーザルだが……この開発コンセプトがけっこう面白い。前者3艦がアプローチは違えど言うならば”ブリュンヒルトの系譜”の船なんだけど、ヴィーザルは『帝国と同盟の技術の融合、その親和性と方向性を探る』ってコンセプトの実験艦なんだよ」
と妙に楽しげなヤン。それもそのはずで、
「すでに開発コンセプトから察した諸兄もいるかもしれないけど……この船は軍ではなく、私が財閥の中でも特に何かと設立から関わってきた”ヴェンリー船舶技研”が開発の主導的立場を担ったのさ」
彼は他の船と雰囲気の違うヴィーザルを拡大投影し、
「傾斜装甲概念の船殻と同盟のそれと比べれば艦首に集中した大口径な主砲はまさに帝国艦だけど、中身やそれ以外の装備はかなり同盟艦に近いんだ。左右だけでなく上下も対称性を持たせた機関配置なんかにも、それが現れてるね」
☆☆☆
「さて、お次は”コンセプト艦”か」
ヤンは再びコンソールを操作し、
「これに該当するのが”クヴァシル”と”アースグリム”だ。この2艦は、従来の建艦コンセプトにない概念で開発されたんだ」
その2艦をピックアップする。
「クヴァシルは『巡航艦を再設計することにより徹底的に機能拡大し、艦隊旗艦に相応しい能力を持たせる』だよ」
ヤンは元帥というより歴史学者の顔になり、
「言うならば”宇宙時代の超甲巡”ってところかな? 巡洋戦艦のコンセプトを引き継いだ高速戦艦との対比を考えると、実に興味深いね」
「超甲巡に巡洋戦艦? 聞いたことの無い艦種だな?」
首をひねる
「ああ、それを話すなら人類がまだ宇宙に飛び出す前……戦艦こそが海の女王だった時代、大艦巨砲主義華やかなりし頃の話をすべきだね? いいかいメック、近代海軍黎明期の頃の戦艦は、機関出力やらなにやらの問題で”高火力&重防御、ただし鈍足”って代物だったんだ」
なんとなく士官学校で講義する戦史教授のような雰囲気を出すヤン。
ちなみに若手、特にヤンから直接教練や指導を受けた者達は、とっくに『講義を受ける準備』を終えていた。
具体的に言えば、熱心に聴きながらメモを取る手を止めない。
ちなみに後に同盟から”ヤン・チルドレン”と呼ばれ恐れられる提督達にとり、手書き入力可能なタブレット端末やアナログのメモ帳は必須携行アイテムだ。
元々優等生気質のキルヒアイスやミッターマイヤーはもちろん、不真面目な印象を持たれ易いロイエンタールや猪突猛進こそ我が心情のようなビッテンフェルトが熱心にメモ書きしてる姿など、普段の彼らを知る者に言わせればレアもいいとこなのかもしれない。
しかし、かつての同級生は驚かないだろう。素行に問題の多いロイエンタールも、気質に難ありなビッテンフェルトもヤンの授業だけは超優等生になる……そんな都市伝説じみた噂が、実しやかに当時の士官学校で囁かれていたのだから。
まあ、この一癖も二癖もある先輩達の、普段の評判を裏切るような勤勉さに目を白黒させた代表格がミュラーであり、この会議の後、慌てて元帥府の購買へ文房具を求めて走ることになる。
その際、同行した先輩達がやたらと最新文房具に詳しかったことに面を食らったのは全くの余談だ。
「その時代背景の中、戦艦の火力は維持しつつ巡洋艦並みの高速を出すために装甲防御を犠牲にしたのが”巡洋戦艦”、巡洋艦をベースに高速性はそのままに、火力と装甲防御を『準戦艦級』にするため船体を拡大させたのが”超甲巡”と考えていい」
現実に存在した船に準えると前者は日本の金剛型や英国のレパルス、超甲巡の名を冠した日本のB-65型は完成しなかったが、ドイツのシャルンホルストやグナウゼウがコンセプト的に近い。
「なるほど確かに似てるな」
「アースグリムはあえて言うなら”打撃戦艦”と呼ぶべきものでね。ちょっとした要塞砲に匹敵する威力の
と少し難しい顔をしてから、
「だがここぞという時なら、あるいは
ヤンが微妙な顔をするのも理解できなくは無い。一発限りの必殺技持ち軍艦というのも判断に難しいだろう。
「あと特徴的なのは、その特火砲以外は可能な限り既存の部品を使えるように設計されてることかな? まあ特火砲を撃ったら必ず修理が必要になるから、頷けなくはないコンセプトなんだけど……いや、旗艦型戦艦として使うだけの性能はあるし、特火砲を撃たない限りは部品供給の面からもメンテしやすい船ってことになるかもしれないね?」
「ということは、特火砲を撃たない限りは戦力維持もしやすいってことですね?」
そう質問するファーレンハイトに、
「そうなるね。ただ基本的には
「曲者、ですか……」
ファーレンハイトが楽しげに微笑んだ。
どうやら曲者という表現がお気に召したらしい。
ともあれ、ヤン主催の『帝国軍最新戦闘艦艦講座』は、もうしばし続くようである。
正直、今回と次回は趣味全開(笑
艦船設定資料作るより、ヤンの口から「前世で敵対した