「時代を彩るアイドルたち」で上映される映画の公開当時のパンフレット。『伊豆の踊子』が一番貴重です。
岡山県天神山文化プラザで開催される上映会の告知チラシ。4本観ても1000円!
「35mmフィルムで観る 時代を彩るアイドルたち」と銘打った上映会が、2月22日に岡山県天神山文化プラザで開催される。毎年開催されている「優秀映画鑑賞推進事業 天プラ・ホールセレクション」上映会だが、昨年までは黒澤明、木下恵介といった日本映画の巨匠たちの名作を中心にラインナップされてきた感があった。しかし、今回は何と、昭和のアイドル特集ではないか。
山口百恵『伊豆の踊子』(1974 西河克己監督)、松田聖子『野菊の墓』(1981 澤井信一郎監督)、原田知世『時をかける少女』(1983 大林宣彦監督)、宮沢りえ『ぼくらの七日間戦争』(1988 菅原比呂志監督)の4本がラインナップされている。50歳から60歳代の、この4人のアイドルたちに熱狂した世代にとっては、うれしいラインナップだ。その上、デジタル全盛の時代に、フィルムで観られるというのは、何よりもうれしい。デジタルのはっきり・くっきりの画面も良いけど、フィルム特有の色調と質感がたまらなく良いのです。
昭和のアイドルのことなら、ということで、「映画の冒険」にその作品のポスターのことで相談された。当日の会場を盛り上げるためには、もちろん必要だ。ポスターの他にも、パンフレットやレコードなども提供させてもらうことにした。それだけで終わるのかと思っていたら、「映画を楽しむためのミニトークをやってほしい」と言うではないか。
当時の私のアイドルは桜田淳子だった。1973年、我が総社市民会館のこけら落とし公演第2弾として開催されたのが「桜田淳子ショー」だった(第1弾は小林旭ショー)。当時高校生だった私には、この夢のような出来事がにわかに信じられなかった。「こんな田舎町に、あの桜田淳子が来るなんて!」。この情報源は、「総社市市政だより」だったと思う。すぐにレコード店にチケットを買いに走った。それからというものの、勉強は手につかず、待ち遠しい日々が続いた。そしてショー(当時はコンサートではなく、寸劇もあるショーだった)当日、わずか数メートル離れた先で歌う本物の「桜田淳子」にめまいがしそうだった。ファンクラブにも入っていたぐらいの熱烈なファンだったのです。
というわけで、山口百恵、松田聖子、原田知世、宮沢りえの4人には大した思い入れもないので、最初はお断りしたのだけど、「そこを何とか!」という担当者の熱い思いに負けて、ミニトークを受けることになった。ただし1人では心細いので、山陽新聞夕刊「映画漫談 シネじいひとり旅」執筆者の江見肇さんと2人でやることにしてもらった。ところが、江見さんは当時アイドルにはあまり興味がなかったらしく、強いて挙げると「堀ちえみ」だった。こんな2人で本当に大丈夫かしら?
今回上映の川端康成原作『伊豆の踊子』は、山口百恵版を含めてこれまでに6度映画化されている。ひとつの原作での映画化としては、過去最多ではないだろうか? 私の膨大な録画コレクションの中から、何とか『伊豆の踊子』4作品を見つけ出すことが出来た。そこで今回は、映画化された『伊豆の踊子』を中心に書いてみようと思う。
最初の映画化は1933年の松竹蒲田のサイレント作品『恋の花咲く 伊豆の踊子』。田中絹代と大日方傳主演で、監督は五所平之助。学生が踊り子に想いを寄せるという原作を、逆パターンにするという大胆なアレンジ。「純文学を文芸映画にするとこうなる」と以前放送されたCS番組で、大林宣彦監督が語っている。当時24歳の田中絹代が原作では14歳の少女の役を演じているのだが、全く違和感がなく可憐で美しい。当時の評価は高かった作品だが、現在では平凡な出来だった。
1963年には日活が、吉永小百合と高橋英樹で映画化。後に山口百恵版も手掛ける西河克己が監督。この作品も原作を大胆にアレンジ。学生の数十年後の宇野重吉扮する大学教授の回想から始まる。この手法は、伊藤左千夫原作で『野菊の墓』以前に映画化された木下恵介監督『野菊の如き君なりき』(1955)の手法と同じだし、青年が成長した宇野重吉が回想するのも同じ。この時、吉永小百合は18歳。少女というよりも美しい女性という印象だった。旧制一高生の高橋英樹がたくましくて、原作のひ弱でか弱い青年に見えないのが難点。どうしても、鈴木清順監督の『けんかえれじい』(1966)の豪快なバンカラのイメージになってしまう。ラストは冒頭の回想の続きで現代、吉永小百合と浜田光夫の恋人2人が雑踏の中を走っていくところで終わる。なんだかなぁ、の平凡な出来。
東宝では、当時人気絶頂の17歳の内藤洋子と黒沢年男で1967年に、恩地日出夫監督で映画化。「でこちゃん」が愛称の内藤洋子だけに、トレードマークのおでこが強調されるイチョウ返しの日本髪がよく似合っていて、とてもかわいかった。個人的には、4作品の踊り子で一番のお気に入りです。高橋英樹と同様、黒沢年男に旧制一高生のイメージがなく、ちょっと辛い。ただ、黒沢の衣装が監督のこだわりで、これまでの学生服からカスリの着物に木綿のハカマ姿になっていたので、新鮮さはあった。旅芸人や落ちぶれた女中を含めての下層の人たちのエピソードがよく出来ていて、ドラマチックな佳作に仕上がっていた。ごひいきの酒井和歌子がちょこっと出演しているのもうれしい。
残念ながら、松竹で1954年に野村芳太郎監督で映画化された、日本初のアイドルの美空ひばりと石浜朗版と、同じく松竹で1960年に川頭義郎監督、鰐淵晴子と津川雅彦で映画化された2作品は見ることが出来なかった。ここまでくれば、いつの日かぜひ見たい。
そして、山口百恵と三浦友和のゴールデンコンビの『伊豆の踊子』だ。1974年公開当時、山口百恵は15歳。歌手デビュー2年目。「としごろ」「青い果実」「禁じられた遊び」「ひと夏の経験」といった、センセーショナルな歌詞で、人気が出始めたところだった。同時上映は、小松左京原作『エスパイ』(福田純監督)だった。由美かおるのセクシーなコスチュームにメロメロだった私は、『伊豆の踊子』よりも、こちら目的で映画館へ足を運んだ。だから、『伊豆の踊子』公開当時の記憶はほとんどなかった。
46年ぶりに見直してみると、山口百恵のセリフは極力少なくしていて、演技もつたない。中山仁、佐藤友美といったベテランたちがしっかりとした演技で、山口百恵のつたない演技力をカバーしている。西河克己監督の演出も前回の吉永小百合版とは違い、原作に近く好感が持てる作品になっている。
山口百恵の主演映画のデビュー企画は、当初大林宣彦監督の『さびしんぼう』(1985)だったと、監督自身が語っている。山口百恵が歌手として売れ始めたために、撮影日数がわずか3日しかなく、その企画は流れてしまったそうだ。後年冨田靖子主演で、周知の傑作になった。山口百恵主演の『さびしんぼう』も、ちょっと見たかった気がする。ファン待望の山口百恵+大林宣彦監督作品は、1978年のサンフランシスコのロケが話題になった『ふりむけば愛』で結実する。
結局、『伊豆の踊子』は、1963年に吉永小百合版を監督した西河克己が担当することになる。山口百恵の撮影は7日間に増えたが、全撮影日数20日間という、吉永小百合版に比べると半分の日数と予算だった。会社の、この作品への期待の薄さがうかがわれる。相手役の三浦友和だが、歴代の一高生役の中では、最も知的な感じがしていて、とてもいい。
この相手役だが、公開当時のパンフレットには「一般公募1万通より一位に選ばれた三浦友和、二位の新保克芳君」とある。実は、二位の現役東大生の新保克芳が決定していたのだが、名古屋弁が強いため、西河監督の反対により相手役は難航していた。そのころに西河監督がたまたま見ることになった、大林宣彦演出の「グリコ・プリッツ」のCMに山口百恵の相手役として出ていた三浦友和を見て、相手役に決定したのだった。ゴールデンコンビの誕生だ。
この残念な結果の新保克芳は、ワンシーンのみ出演している。その後は弁護士として活躍しているようだ。
公開すると、会社側の予想に反して大ヒット。そのおかげで、当初は三浦友和の起用に渋っていた会社も、手のひら返しで山口百恵と三浦友和コンビで作品を連発していく。『潮騒』(1975 西河克己、三島由紀夫原作)、『絶唱』(1975 西河克己監督、大江賢次原作)、『風立ちぬ』(1976 若杉光夫監督、堀辰雄原作)、『春琴抄』(1976 西河克己監督、谷崎潤一郎原作)、『泥だらけの純情』(1977 富本壮吉監督、藤原審爾原作)、『霧の旗』(1977 西河克己監督、松本清張原作)と続いた安定の原作ものから、初のオリジナル脚本作品『ふりむけば愛』(1978 大林宣彦監督)へチャレンジして行く。
以降も『炎の舞』(1978 河崎義祐監督)、『ホワイト・ラブ』(1979 小谷承靖監督)といった話題作で共演を続ける。そして婚約発表後ということもあり、大胆なラブシーンが話題となった藤田敏八監督『天使を誘惑』(1979)、そして引退記念作品は、デビュー作と同じ川端康成原作の『古都』(1980 市川崑監督)。西河克己監督が、たまたま見たグリコのCMがきっかけで生まれた2人の共演作は、わずか6年間で12作品にもなった。そして、日本映画史上に残るゴールデンコンビとなった。
ところで、「引退記念映画」というのは、藤純子の『関東緋桜一家』(1972 マキノ雅弘監督)とこの『古都』しか記憶にない。これも日本映画史上に残る快挙だった。
山口百恵といえば、2014年に「映画の冒険」や奉還町でもロケがあった『でーれーガールズ』(2015 大九明子監督)が、すぐに頭に浮かぶ。主人公の優希美青扮する女子高生は山口百恵のファン。1980年の山口百恵引退の年が舞台で、ホリプロ製作ということもあり、この劇中に山口百恵の「ロックンロール・ウィドウ」「ひと夏の経験」「プレイバックpart2」「さよならの向こう側」の4曲が使われている。大九明子監督も大の山口百恵ファンなので、選曲のセンスもなかなかのものだった。
この作品が公開された2015年の夏の「湯布院映画祭」の会場で、ゲスト参加していた三浦貴大(三浦家の次男で俳優)さんと話す機会が少しあったので、ここぞとばかり、お母さんの歌がたくさん使われている『でーれーガールズ』のことを伝えさせてもらった。いつの日か、三浦家でこの作品が鑑賞されることを願っています。
今回の上映会の料金は、1作品500円、1日通し券1000円という格安の設定になっています。
みなさんの青春時代のアイドルたちに会いに来てみませんか?
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吉富 真一(よしとみ しんいち) 映画グッズ専門店「シネマコレクターズショップ映画の冒険」店主。中学生の時、アラン・ドロンとテレビの洋画劇場の魅力に取り付かれる。映画研究部に入りたくて、一浪して1977年岡山大学法文学部経済学科に入学。ビデオのない時代に、年間200-300本を鑑賞。1996年39歳で脱サラして、大学時代通いつめた岡山市奉還町で開業。1957年、総社市の総社東映と同じ町内生まれ。