自省録 検閲版 (2018.08)

自省録とは銘打っていますが、ストア派もパルティアもなにもそんな高尚な要素はありません。私には期待しないで下さい。赤城みりあになりたいです。
 
 
とうとう高3の夏休みももう終わりです。夏休みあれやるぞ〜(英語長文700)これやるぞ〜(数研メジアン1周)とか色々思っていたのですが、目標の1割ぐらいも達成出来てないのが現実です。ありがちですね
あと最近思ったんですけど目標って立てるだけ虚しくなるので無駄だと思うんですよ 目標を立てて自分を律するということを自らの上限を見切った上で一喜一憂するということだと考えるなら、友人某ではありませんが向上心のない奴はバカだって文字が例のパチンコのフォントがウキウキしながらマイムマイムを踊るのも当然のことで自然の摂理ですね。世の中自分を含め大半の大したこと無い人間が多数派を占めているんだから、なるようになれとガンジス川を流れる遺体のように生きたら良いんですよ。明日には明日の風が吹く。人間って愚かだ。こうして落ちぶれるわけです。石油とか風呂から湧いてこないかな
 
さて、自省録と仰々しいタイトルを付けて一体この能無しオタクはなにが言いたいんだという本筋に入ろうと思うのですが、哲学の方面はこれっぽっちも造詣が深くないのでマルクス・アウレリウス・アントニヌスについては語る事はありません。私はローマ皇帝ではありがちですがハドリアヌスが好きです あとコンスタンティヌス 理由は知らん
そういえばこの間マキャベリ君主論を読んだんですが言ってしまえば「高卒のボクが年収5億の社長に!?夢みたいな座右の銘」みたいな本に書いてそうな内容だなーって印象を受けましたね もしくは自己啓発書がこういった本のオマージュなのでしょう 俺も自己啓発書で一発当ててえよ
 
 
 
自省です。自らを省みるということですがつまり高校生オタクの省みるとは中学時代の黒歴史等々を掘り返すということになりますね。というのは、ご存知の方も多いと思うのですが最近他称イキリオタクという方々と変な委員会モドキを通じて交流したことから色々考えさせられたというわけです。イキリオタクの生態とは。そして彼らのニューロンを漲り迸る熱い思いとは。最後の方は逆に同情心が湧いていた自分に疑問を懐きます。例の委員会については参加メンバーから非難轟々浴びつつも纏めたレポートがネットの海を探せばどこかに落ちているのでそこから拾って頂けたら幸いです。
 
さて、私が脱退文と称してポイ捨てしていった自己満足文書があってそこに私が言いたいことは大半書いているのですが、言ってしまえば共産キッズというもののイキリの根底にあるのは「自己愛」であるのは誰が見ても明らかです。
これまた自己愛というものは古今東西老若男女を苦しめる曲者なわけなのですが、特に自我が芽生え始める中学生あたりの時代は厨ニ病だとかそういった形で顕著に侵攻し、人間関係という村を私掠し、全てを焼き払いにやってくるものです。最悪これは一国を滅ぼしかねない劇薬です。三光作戦 私の中学生とかそのへんはまた後で書くよ
共産キッズは驚くほど新左翼党派をはじめとして思想史やらテロ組織やらに精通しています。まあ今の時代大抵の情報はタッチパネルと稼働する指と熱意さえあれば情報を得ることは出来るので知識面に関してはどうにでもなるわけで、マウントの取りようも人それぞれですが。オタクというのはいつでもそんな感じです。
 
自己愛は上手く接することが出来るとモチベーションになり、自らの指針と変化する心強い武器であると同時に反感迷惑対立軋轢自己矛盾といったこの上ない負の要素も持ち併せている諸刃の剣です。そして自己愛はほとんど上手く作用することはありません。はっきり言って、自己愛なんてものは絶対悪です。
 
基本的に誰でもがコンプレックスを抱いて生きています。もしそんなもの皆無だと言う人はコンプレックスをそもそも認識していないか空虚に生きているアンポンタンです。強弱は人それぞれですが、自信たっぷりで生きている人はそうそうおらず、したがって心の拠り所と承認される構成物を模索するうちに自己愛は頭を出すものだと思っています。
その承認される構成物が「B612で加工されたカワイイ私」「ブランド物に身を包んだ俺」「お高いエアガンで武装したぼき」「崇高なる日本民族である我」「アングラな知識豊富な自分」など何に傾倒するかも人それぞれでありますが、もちろんそれは承認されることで昇華されさらにその承認欲求は高まりを見せます。メンヘラと同じですね。人はみんなメンヘラなんだよっておばあちゃんが言ってた。
 
これは誰にでも起こり得るものですし、無ければそれはそれで機械のように生きている味気なくつまらない一生を終えることでしょう。絶対悪ではありますが、人間として生きるならば無くてはならないものでもあります。人間として人間が生きたければその自己撞着から避けることは不可能です。1ミリでも自覚があるなら思い返してみては?
 
 
 
オタクの考察(笑)は読み飛ばして本題に入りましょう。イキリオタク、または厨ニ病というものは自己陶酔と自己愛の結晶であり、本来恥ずべきものですね。というわけで私はこの18年を自己紹介も兼ねて書いていっちゃおうかな〜なんて思いました。興味ない方が大半なので、その場合はブラウザバックしてブックマークしてるAVでも見て悦楽して下さい。
 
18年といっても最初の13年ぐらいは白黒の記憶なので特筆することはありません。パッと思いついたのが「幼稚園児のときに名前も思い出せない森に閉じ込められる劇を見て性的興奮らしきものを覚えた自分」「殴られるキュアブラックを見て性的興奮らしきものを覚えた自分」「机に投げたスーパーボールが眼球に直撃して死ぬほど痛かった」「椋鳩十の童話に出てくる痛めつけられる少女を見て性的興奮らしきものを覚えた自分」「三角座りをすると普通に見える男女の下着に性的興奮らしきものを覚えた自分」「虫眼鏡で太陽を直視してそれ以来右目の視力が極端に悪くなった」「レインコートに隠れて陰茎を露出すると性的興奮らしきものを覚えた自分」「宮島の鹿に手を舐められると性的興奮らしきものを覚えた自分」って感じです。
拗らせオタクになったのは中学生からだと思っていましたがよく考えると今の自分を形作ったのはこの時期からかもしれませんね。
 
さてさて、中1はなんだかんだ平穏に過ごしましたが、問題は中2からでしたね。
さてここでクイズです 私が中2の頃となると2014年~2015年ですが、この頃は




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うっわキッツいななんだこれ俺死ねよ
 
 
 
もう1つ問題です。私が中3だった、2015年に




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そうして徐々に感化されて左傾化していった私でありますが、決定的だったのは活




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あれはあれで関わってみると悪くないものです。
 
そこからはTwitter(何者かによってこの前凍結されたアカウント)で色々そういう人と絡むようになって今に至るのかなという感じです。多分自分の自省には半分も至ってませんが、この黒歴史を掘り返す作業は想像以上に精神が摩耗するので一旦このへんで中断したいです。一時期精神がぶっ壊れていたときに、雪が降りしきるなか20キロぐらい近所の散歩をしてた記憶を思い出しました。
今から思えば恥の多い生涯を送ってきました。ここに書くことは虚構です。ストレス解消として毎日のように河原で100均で購入してきたコップやら目覚まし時計やらを破壊することに明け暮れたこともあります。深夜に家を抜け出して自転車でそのへんを徘徊することを日課とした時期もあります。公園のベンチに向かって射精した経験もあります。小学高学年から中学にかけて自傷行為にハマっていた記憶もあります。ほんとにろくでもない奴だなこれ これ以上言っても枚挙に暇がないので辞めます 興味がある人は個人的に聞いてくださいね
 
 
 
さてはて、本当にキッツいので今回はこれでもう永遠の眠りにつきたいです。そのうち気が向いたら反省の念を込めて個別の記憶は分霊箱としてそのうちまとめて放出するとは思いますが、今から思えばよくあんな状態からここまで(比較的)真人間に転生出来たなあって感じです。まあ、人間こんなもんですよね。外の世界に一歩足を踏み出せば嫌な記憶の畑。気にしては負けです。ちょうど雷が鳴っている 最近架空のエロ同人誌を夢想してシコろうとしてるのですが大体百合えっちに落ち着いて無性に死にたくなります ふざけんなマジで 自らの輸精管に手足を縛られる夢を見たことはありますか? 視界の端で黒いモヤモヤがコサックダンスをしている 体中からミミズが湧いてくる バイクが突然直角に折れて顔面が大根おろしになる お姉さんと汗だくセックスをする ヘリウムを袋に水上置換して一気に吸う 一体なんの話ですか
 
 
 
さあこれからも一日ずつ憎悪を踏みしめて生きましょう 次に目が醒めるまでこの悪夢は終わらないんですから