全米の研究機関に送られる“ミニカー”が、自動運転技術の進化を加速させる

ここ数年、研究や教育の場でミニカーが大活躍している。ある研究グループは、米国立科学財団(NSF)から150万ドル(約1.6億円)の研究助成金を得て、改造したミニカーを米国の各地にある研究機関に送り始めた。その目的は自律走行車の「よりよい未来」をつくることにある。

1/10th-size models car

PHOTOGRAPH BY HANNAH O’LEARY/OREGON STATE UNIVERSITY

オレゴン州立大学の助教授フサム・アバスは、今後3年でTraxxas製の改造ミニカーを80台用意し、入念に梱包して米国の各地にある研究施設へと送り届けようとしている。

主な送り先は、アリゾナ州立大学やクレムゾン大学、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校、カリフォルニア大学ロサンジェルス校、ヴァンダービルト大学、アイオワ大学などだ。これらの大学の研究者たちは、全長21インチ(約53cm)、1/10スケールのフォード「フィエスタ」のラリーカーを使ってテスト走行を始めることになる。

電気工学とコンピューターサイエンスを専門とするアバスは、このミニカーが自律走行車の理解を深めるうえで鍵になることを期待している。オープンソースによる安価なミニチュアの自動運転プラットフォームをさまざまな分野の科学者33人に届けることで、自律走行車が大挙して街路を走り始める直前の重要な時期に、実験の機会を提供できると考えているのだ。

アバスらのアイデアは2019年8月、米国国立科学財団(NSF)から150万ドル(約1.6億円)の研究助成金を得た。

あらゆる領域の人々の協力を得るために

現在、フルサイズの自律走行車に「近いもの」はすでに存在する。

例えばグーグル傘下のウェイモは、アリゾナ州フェニックスで自律走行車による商用のタクシーサーヴィスを運営している。ただし、利用者は限られており、安全性を確保するため運転席にはオペレーターが座っている。

ゼネラルモーターズ(GM)傘下のクルーズも、シボレーの「ボルト」を用いてカリフォルニア州サンフランシスコでテストしているものの、19年中にサーヴィスを始める計画は延期された。また、米国内で20年までに自律走行する100万台の電気自動車(EV)を走らせるというテスラのイーロン・マスクの約束に対しては、専門家が懐疑的な見方を示している。

こうした企業は、もっぱら経済的な動機だけで動いていると、アバスは指摘する。

「わたしたち研究者には、もっと難しい問題を提起する自由があります。信頼性が高く、効率のいい自律走行車をつくるには、あらゆる領域の人々の協力が必要になるというのが、いまのわたしたちの認識です」

こうした考えから、NSFの助成金を得たアバスと、ペンシルヴェニア大学およびクレムゾン大学の同僚たちは、安全システム、エネルギー効率、サイバーセキュリティ、ロボティクスなど、さまざまな領域を研究する33人の協力者にミニカーを送ろうとしている。

教育や研究で活用されるミニカーたち

GPUを搭載したNVIDIAの開発キット「Jetson」、9V電池、キャリアボード「Orbitty」、6ポートのUSBハブを搭載するアバスらのミニカーは、大規模なプロジェクト「F1tenth(F1/10)」の一環として使われる(プロジェクト名が「F1」のもじりであることは言うまでもない)。

研究者たちは、このミニカーが世界中の自動運転技術の研究者にとって便利なオープンソース・プラットフォームになることを期待している。いまではF1tenthの公開掲示板で誰かが質問をした様子を見て、その人の研究に自分たちのミニカーが使われていることを初めて知ることもあるという。

VIDEO BY OREGON STATE UNIVERSITY

NSFのミニカー・プロジェクトのほかにも、実車の研究のために小さなスケールモデルを使用している例はいくつかある。人工知能やサイバーセキュリティ、ロボティクスの研究者たちは、この5年ほどのあいだで、自動運転技術に関する教育と研究の両方でミニカーを活用してきたのだ。

マサチューセッツ工科大学(MIT)は、15年から自動運転の講義にモデルカーを利用している。学生たちがプログラミングを行ない、暗い円形の地下室でモデルカーを競争させるのだ。

カリフォルニア大学バークレー校では、教授とその助手が毎年40~50台のミニチュア自動車を学部生たちに配り、自動運転のソフトウェアとハードウェアの集中講座を開講している。

一方、ワシントン大学では小さくてカラフルなロボティック・レースカー「MuSHR」を使った研究が進められている。MuSHRとは、「Multiagent System for non-Holonomic Racing(非ホロノミックレーシングのためのマルチエージェントシステム)」の頭文字からなる造語だ。

ジョージア工科大学は全長3フィート(約91cm)で重量50ポンド(約23kg)のミニカーを使い、大学院生たちに高速走行時の障害物回避、ドリフト、ジャンプといったアグレッシヴな自動運転の実験をさせている。

関連記事:壊れても惜しくない? 「ミニ自律走行車」で実験すれば、クルマはもっと賢く進化する

このプラットフォーム「AutoRally」を使って博士論文を書き上げたブライアン・ゴールドファインは、「初めてこうした走り方をするときには、人を乗せていたくはないでしょう」と話す。「このクルマのおかげで、いわば安全な空間でテクノロジーの限界を探ることができます」

ジョージア工科大学のチームはこのプラットフォームを利用して、クルマからドローン、ロボットハンドに至るまで、あらゆるロボットを制御できるアルゴリズムなどを開発してきた。

安心して実験しまくるための「オモチャ」

こうした小型の自律走行車には、実車よりも安全という大きな利点がある。

カリフォルニア大学バークレー校の学部生たちは、必ずミニカーで自動運転関連のアルゴリズムのテストを始めなければならない。博士課程の学生のウーゴ・ロソリアが指摘するように、テストを安全に実施することは研究者として学ばなければならないスキルのひとつなのだ。

こうしたミニカーは、実車と比べてはるかに安価でもある。自動運転技術のフルサイズのテストカーは、レーザー光を用いたセンサー「LiDAR」のような高価なハードウェアを必要とし、そのコストは何百万ドルになることがある。しかし、バークレー校のミニカーはたったの500ドル(約54,000円)で制作可能で、よりサイズの大きいジョージア工科大学のミニカーですらコストは14,000ドル(約152万円)ほどだ。

この程度のコストであれば、学部生に改造させて荒れた路面で走らせ、クルマが地面に強く叩きつけられたとしても“卒倒”せずに済むだろう。そしてNSFの助成金のおかげで、研究者ならF1tenthのミニカーを無料で入手できる。

自動運転のミニカーは楽しいものでもある。F1tenthは年に2回の自律走行車レースを開催しており、多くの大学がこれに参加したがっている。さらにMITでは同校のミニカーを、中学や高校に通う女子学生たちがロボティクスに親しむための手段としても利用している

「これは大きなオモチャのようなものです」と、ジョージア工科大学で博士号を取得したゴールドファインは言う。ゴールドファインはミニチュアの自律走行車での経験を生かし、大きな自律走行車にかかわる仕事に就いた。彼はいま、トヨタ・リサーチ・インスティテュートで、この技術の構築に取り組んでいるところだ。

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世界と新型コロナウイルスとの闘いには、いくつかの「ウイルス以外の懸念」がある

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を前に最も警戒すべきは、もちろんウイルスそのものである。しかし、それ以外にも懸念すべき点がいくつかある。これまでに「WIRED.jp」が追ってきたウイルス以外の懸念すべき点について、改めてまとめた。

TEXT BY WIRED STAFF

KEVIN FRAYER/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスの感染者が増えるにつれ、日本ではマスクの需要が高まっている。品薄状態も続いており、1月28日には厚生労働省と経済産業省が、関係団体に増産などの安定供給への配慮について要請した(消費者庁は消費者への冷静な対応を求めている)。

一方、新型コロナウイルスの発生源となった中国でも深刻なマスク不足が発生している。当然のことながら、その影響は中国だけにはとどまらないようだ。

医療用製品のサプライチェーンが「アキレス腱」に

大量生産される医療用品の多くが中国の工場でつくられていることから、不足が長引けば米国のように中国から医療用品を輸入している国の医療従事者にもリスクが及ぶ可能性があると、ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの疫学者で上級研究員のジェニファー・ヌッツォは言う。「医療用品のサプライチェーンは一般的に“細い”ので、それがアキレス腱になっています」

さらに中国は、世界中の製薬工場に原料を輸出している国でもある。このため、在庫が尽きれば医薬品の供給にも問題が出てくる可能性がある。しかも、「どの医薬品のうちどの部分が中国で生産されているのか」「工場がどこにあるのか」といった情報は、製薬会社の専有情報となるため、公に入手する方法がない。

「今回のようなアウトブレイク(集団感染)や地政学的問題、あるいは自然災害が起きた場合、自分たちの国の医療にとってどのような脅威があるのか、わたしたちには見当もつかないのです」と、米国医療薬剤師会で薬局実務とクオリティ担当ディレクターを務めるマイケル・ガニオは言う

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危機感に便乗したフィッシング詐欺が横行

震災やワールドカップ、改元、オーストラリアの森林火災──。多くの人の関心を引く何かが起きるたびに湧いて出てくるのが、詐欺である。そして今回も例に漏れず、世界中で新型コロナウイルスの流行に便乗した詐欺が横行している。

米国では1月末ごろから「新型コロナウイルスの安全対策に関する添付文書をご覧ください」というフィッシング詐欺メールがばらまかれている。日本でも、京都府の保健所をかたって新型コロナウイルスへの注意を呼びかける偽メールが1月28日ごろから出回っており、リンクを開くとコンピューターウイルスに感染する恐れがあるという。

『WIRED』US版からのアドヴァイスは、ふたつある。まず、電子メールやメッセージの添付ファイルをダウンロードしたり、リンクをクリックしたりする前に、ひと呼吸を置いて考えること。そして、自分の直感を信じることだ(それから覚えておくべきことがもうひとつ。「フィッシング詐欺は人を操り、だますようにつくられている。だまされてしまったからといって恥じることはない」)。

関連記事:新型コロナウイルスの不安につけ込む「オンライン詐欺」が発覚、その悪意ある手口

研究者が直面する「正確で迅速な情報発信」の難しさ

詐欺と同じく、人々の不安を追い風に拡散しているのが、誤った情報や陰謀説である。日本でも、一部の国や文化を名指しにした誤った陰謀説や、人々の不安を根拠なくあおる動画などが拡散された。

こうしたなかフェイスブックは、Facebookに溢れているデマや恐怖をあおる情報、偽の治療法、誤解を招くアドヴァイスに対処する計画を1月27日に明らかにした。GoogleやTwitter、TikTokといったプラットフォームも、誤った情報への対応と信頼性の高い報道・アドヴァイスの拡散に尽力しているという。

とはいえ、デマや誤った情報の拡散は一朝一夕で防げるものではない。SNSで拡散された情報に目をやる前に、まずは厚生労働省国立感染症研究所、海外渡航に関しては外務省といった公的機関の情報を参照しておいたほうが安全だろう。

一方で研究者たちは、デジタル時代ならではのメリットとデメリットの間で苦心しているようだ。

刻一刻と状況が変化する今回の世界的な大流行を研究するにあたり、研究者たちはプレプリントサーヴァーを活用している。プレプリントサーヴァーとは、査読つき学術誌に掲載される予定の論文を、原稿が完成した時点でインターネット上に掲載できるサーヴァーのことだ。今回の新型コロナウイルスの研究においては、研究者たちがこれまでにないスピードで膨大な数のプレプリントを発表しているという。

「主な利点はおそらく、科学者はほかの科学者が取り組んでいる研究を見ることで自分の研究を改良でき、コンセンサスを得られる点でしょう」と、ボストン小児病院およびハーヴァード大学医学大学院の計算疫学者であるマイア・マジュムダは言う。

プレプリントの活用が広がれば、確かに研究がスピードアップする可能性はある。だが、こうした論文をダウンロードできるのは、科学者だけではない。修正前の科学研究が査読による解釈や介入なしに、世に拡散されてしまう可能性もある(実際に流行の深刻さを示す重要な指標を高く出しすぎた論文が、早期に拡散されてしまった例もある)。

研究者たちは今日もスピードと正確さの境で揺れながら、アウトブレイクと闘っているのだ。

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