WIRED VOL.35 DEEP TECH FOR THE EARTH WIRED VOL.35 DEEP TECH FOR THE EARTH

ジェフ・ベゾスは、 地球を救うために宇宙を目指す

いまや地上で最も資産をもつ男は、確固たる信念によって、その私財を宇宙開発に注ぎ込んでいる。その会社、ブルーオリジンが目指すのは、究極的には宇宙コロニーだ。未来の孫の孫の世代に素晴らしい地球の環境とダイナミズムを残すために、“地球のため”のディープテックはまず、宇宙へと飛び立とう。(雑誌『WIRED』日本版VOL.35より転載)

PHOTOGRAPH BY IAN ALLEN

「地球は有限です。世界経済と人口が今後も成長していくには、宇宙に行くしかありません」。1982年のマイアミで、当時まだ高校生だったジェフ・ベゾスは地元新聞の取材にこう答えていた。37年たったいまも、その想いは彼を動かし続けている。

アマゾンの創業者で最高経営責任者(CEO)のベゾスは、もうひとつの会社ブルーオリジンでロケットビジネスを経営している。あまり知られていないが、ブルーオリジンが設立されたのは2000年、つまりイーロン・マスクのスペースXが生まれる2年前だ。スペースXの快挙がメディアの注目を引くなか、ブルーオリジンは水面下で着々と再利用ロケットの開発を進めてきた。

ブルーオリジンの名前が一般に広く知れわたったのは、おそらく2019年5月にワシントンで行なわれたメディアイヴェントがきっかけだろう。その日グレーのスーツをまとったベゾスは、少年時代から夢見た人類の宇宙移住のヴィジョンを、約20分間かけて丁寧に説明した。

「わたしたちは、地球を救うために宇宙に行かなければいけません」と、ベゾスは聴衆に語りかけた。「いまの世代にできることは、宇宙への道を切り開くことです」

Jeff

ステットソンのハットをかぶりお気に入りのカウボーイブーツを履いたベゾスが、着陸したニューシェパードのチェックに向かう。再利用可能なロケットを飛ばしているのはブルーオリジンとスペースXだけだ。PHOTOGRAPH BY IAN ALLEN

停滞か、成長か

数百年先の未来を見据えて行動しているのは彼だけではない。スペースXのイーロン・マスクは、気候変動や巨大隕石によって地球が滅亡するときのバックアップとして、火星を居住可能な惑星に変えるべきだと主張している。一方でベゾスが問題視するのは、増え続けるエネルギー需要だ。

「世界のエネルギー需要は年間3%ほどの比率で増えています。大したことない数字かもしれません。でもこのままいくと500年後には、地球の表面を太陽光パネルで覆い尽くさないと供給が間に合わない計算になります。そんなの無理に決まっているでしょう」と、ベゾスは言う。

仮にエネルギー生産が大幅に効率化されれば、今度はそれに伴って、無限に増え続ける需要が有限の資源と交差し、わたしたちの子孫は限られた資源を分配する、貧しい暮らしを送ることになるだろう。そんな未来を回避したいならば、わたしたちに残された選択肢はひとつだと、ベゾスは考える。

「地球を出て太陽エネルギーを活用し、宇宙で1兆人が暮らすようになれば、数千人のアインシュタインが生まれ、数千人のモーツァルトが生まれるでしょう。素晴らしい文明になるはずです。停滞と分配をとるか、ダイナミズムと成長を選ぶのか。答えは簡単です」

blueorigin1

ブルーオリジンの再利用可能ロケット「ニューシェパード」は、側面に格納された脚が着陸時に展開されることで、着陸したロケットを再び宇宙に送り出すことができる。PHOTOGRAPH BY IAN ALLEN

地球を救うために、宇宙に行く

地球を出た人類の行き先としてまず思いつくのが、月と火星だろう。スペースXは火星を目指す宇宙船「スターシップ」のプロトタイプを9月に一般公開している。実際に人を乗せるまでいくつものテストを控えているが、スターシップは近い将来月や火星に貨物と人々を送り込み、人類の生活圏を拡げていくだろう。

しかし、またしてもベゾスの意見は食い違う。「仮に月や火星を住めるようにしても、地球もうひとつ分くらいの居住面積が増えるだけでしょう」。しかも、火星にたどり着くまで最低でも半年はかかるうえ、地球との交信も片道20分ほどの遅れが生じる。さらに、火星の重力は地球の3分の1ほどだ。仮に大気をつくり出せたとしても、人々にとって肉体的な負担が大きい生活が待っているだろう。

そこでベゾスが考えるのは、プリンストン大学の物理学者ジェラード・オニールが提唱した回転式の巨大宇宙ステーションだ。遠心力で重力をつくり出すことで、内部には都市を築くこともできるし、国立公園をつくることもできる。あえて無重力を残したレジャー施設もデザインできるだろう。天気も気温もすべてコントロールすれば、快適な毎日を過ごせるのだ。

そして、このオニール式宇宙コロニーが浮かぶのは地球の軌道上だ。「この太陽系のなかで最高の場所は地球です」と、ベゾスは度々口にする。いま環境を汚染しているエネルギー産業などの重工業は宇宙コロニーの中で行なえばよいと考えているのだ。

地球に残るのは住居と軽工業だけ、人々は大自然の中で快適な生活を送り、子どもたちはのびのびと教育を受けられるだろう。

blueorigin2

衛星打ち上げ用の再利用可能な大型ロケット「ニューグレン」を製造しているフロリダ州ケープカナヴェラルにあるブルーオリジンの工場。PHOTOGRAPH BY DAYMON GARDNER

ヒトは生き延びることができるか?

宇宙コロニーを建設するためには、まず宇宙へのアクセスを確保しなければならない。そのためには「打ち上げコストを圧倒的に下げること。そして、宇宙の資源を活用できるようにすること」がまず必要だとベゾスは言う。

打ち上げコストを下げるため、ブルーオリジンはふたつの再利用可能ロケットの開発を進めている。まず全長18mの「ニューシェパード」だ。6人乗りの有人カプセルを高度100kmまで打ち上げ、乗客は青い地球を見下ろしながら数分間の宇宙遊泳を楽しめる。2020年には、初の有人弾道飛行を実施する予定だ。同時に、衛星打ち上げ用の大型ロケット「ニューグレン」の開発も進めている。

しかし、最大のライヴァルであるスペースXは、再利用可能ロケットである「ファルコン9」の運用を推し進め、すでに国際宇宙ステーションへの物資輸送を含めた商業サーヴィスと、ブースターの着陸を何度も成功させている。ブルーオリジンはかなり出遅れているようにみえるが、ベゾスは焦りを見せない。

「これはレースではない、と社員に伝えています。大事なのはいかに低価格で、安全で、確実な輸送手段を提供することができるか。これに限ります」
 
一方、宇宙資源の活用でベゾスが着目しているのが月だ。月の極域には水が氷状で眠っていることが、これまでの観測で確認されている。水は水素と酸素に分解されることで燃料となるため、宇宙開発においてとても貴重な資源となるのだ。

さらに、月の重力は地球の6分の1だ。打ち上げに必要なエネルギーは地球に比べてはるかに小さい。つまり、月を活用すれば、宇宙空間に大きな建造物をつくりあげることも可能になる。そのためにはまず月面にインフラを築く必要がある。

そこでベゾスが5月のイヴェントで発表したのが、2016年から開発を進めてきたという月面着陸船「ブルームーン」だ。先ほどのニューグレンで打ち上げられ、月面に探査ロボットや宇宙飛行士を運ぶことができる。NASAの有人月面探査プログラム「アルテミス計画」に向けて、2024年までに人類を月に送り込む目標を掲げている。

blueorigin3

宇宙を旅したあとで、着陸地点に向かってスピードを落とすニューシェパード。PHOTOGRAPH BY BLUE ORIGIN

10月には、ロッキード・マーティン社、ノースロップ・グラマン社とドレイパー研究所と共同で着陸船を開発していく体制を発表した。各社が強みを生かして、NASAの野心的なスケジュールに間に合うよう開発を進めていくという。

さらに11月には、NASAの商業月輸送サーヴィス「CLPS」の提供社の候補として、ブルーオリジンがスペースXなど複数社とともに選ばれた。有人月面探査を支援するために、NASAのロボットペイロードの月面への輸送を担当していく。

人類が宇宙で暮らす準備はすでに始まっている。それは決して一世代では成し遂げられない野心的なヴィジョンだ。それでも、ベゾスは冷静に未来を因数分解しながら、足元で着々と開発を進めている。

「プランBは存在しません」と、ベゾスは強い眼差しで断言する。「地球を救わなきゃいけないんです。わたしたちの孫とその孫の未来から、ダイナミズムと成長を奪ってはいけません」

RELATED

SHARE

ついに“史上最強”のリチウムイオン電池が誕生? 透明で柔軟で火にも耐えるバッテリー、米研究チームが開発

透明で柔軟性があり、火にも耐えるリチウムイオン電池を、米国の研究チームが開発した。市販のリチウムイオン電池と同程度の電圧を確保した新しいバッテリーの試作品は、コンタクトレンズのように透明で柔軟性があり、無毒で不燃性で、ケースなしのむき出しの状態でも利用できる。2年程度での市販を目指しているといい、ウェアラブル端末などへの応用が期待される。

TEXT BY DANIEL OBERHAUS

WIRED(US)

battery

IMAGE BY CASEY CHIN; TIMESTOPPER/GETTY IMAGES

世界を変えたリチウムイオン電池。現在、携帯電話やノートPC、電子たばこ、電気自動車(EV)にいたるまで、多くの充電式の電子機器に、リチウム電池は欠かせない存在になっている。

関連記事ノーベル化学賞が「リチウムイオン電池の父」に授与されることの価値

リチウムイオン電池はエネルギー密度が高い優れたバッテリーだが、欠点もある。有毒で可燃性の材料が使われているため、ほんの小さな不具合が搭載機器の発火を招くことがあるのだ。

ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)の物理学者が率いる研究チームは、より安全な電池の開発が可能だと考えた。そしてこの5年間、故障の心配がないと思われるリチウムイオン電池を開発してきた。メリーランド大学の研究者と協力して2017年に最初に発表したその頑強な電池は、切断しても、射撃しても、曲げても、液体に浸しても、途切れることなく電力を供給し続ける。

さらに改良を進めたジョンズ・ホプキンス大学の同研究チームは、19年年後半になって耐火性を加え、電圧を市販製品と同等のレヴェルに押し上げた。サムスンはのどから手が出るほど欲しいだろう。

Battery

研究チームが開発したプラスティックに似た電解質に正極と負極を取り付けると、これまで見たこともないようなリチウムイオン電池が完成した。コンタクトレンズのように透明で柔軟性があり、無毒で不燃性で、ケースなしのむき出しの状態で製造および運用できる。さらに、あらゆる種類の乱用に耐えることもできる。PHOTOGRAPH BY JOHNS HOPKINS APL

不燃性で無毒な電解質を採用

APLの上級研究員で研究チームを率いるコンスタンティノス・ジェラソプロスによると、破壊不可能な電池の開発の鍵は、電池の正極と負極を分離する化学物質の寄せ集めである電解液にある。リチウムイオン電池を使うと、電解液内でセパレーターによって分離されている負極(アノード)から正極(カソード)へと電荷を帯びたリチウム原子(リチウムイオン)が移動し、化学反応が起きてエネルギーが生成される。

大部分のリチウムイオン電池の電解質は、可燃性のリチウム塩と有毒な液体の混合物である。このため現在のリチウムイオン化学分野は「爆弾を抱えているような状態」だと、APLの材料科学プログラムマネージャーであるジェフ・マランキは言う。

正極と負極を隔てるセパレーターが崩れ去ると、ショートして大量の熱が発生する。この熱が電解液などの引火性の高い物質に広がり、電解液中の正極からの大量の酸素を放出し、電子機器が発火することになる。

このような問題をすべて回避できるのが、電解質が不燃性で無毒な、水溶液系の水系リチウムイオン電池だ。水系リチウムイオン電池は25年前から存在しているが、これまでは電圧耐性が低すぎて役に立たなかった。APLの研究チームは、リチウム塩の濃度を高め、電解質をポリマー(非常に柔らかいプラスティックに似た材料)と混ぜることで、電位を約1.2Vから市販のリチウムイオン電池に匹敵する4Vへと高めることに成功した。

2年以内に市場に出る可能性

ジェラソプロスらの研究チームが開発したプラスティックに似た電解質に正極と負極を取り付けると、これまで見たこともないようなリチウムイオン電池が完成した。コンタクトレンズのように透明で柔軟性があり、無毒で不燃性で、ケースなしのむき出しの状態で製造および運用できる。さらに、あらゆる種類の乱用に耐えることもできる。

APLの研究チームはデヴァイスを塩水に沈め、ハサミで切断し、エアキャノンを使用して弾道衝撃をシミュレートし、火をつけるテストまで実施した(下記の動画で見ることができる)。これらのテストの最中も電池は電気を送り続けた。ある燃焼テストのあと、焦げた部分を切断したデヴァイスは100時間も正常に動作し続けた。

マランキによると、この新しい水系リチウムイオン電池は単なる実験にとどまるものではない。研究チームはいくつかのメーカー(名前は非公開)とすでに交渉を始めている。

新しい化学物質と形状などを既存のリチウムイオン製造施設に統合するのは、それほど難しくないとメーカー側は主張する。2年以内に市場に出る可能性があり、これまでどんな電池も使われたことがなかった場面で使われるようになる可能性があると、マランキは語る。

課題は充電できる回数

この新しい水系リチウムイオン電池は柔軟性があるので、ウェアラブル機器にも組み込める。最終的には衣服の繊維に直接組み込むことさえ可能だ。また、その頑強性から自律型の無人潜水機(AUV)、ドローン、衛星など、多くの軍事および科学分野での新しい用途が考えられる。

克服すべき技術的ハードルはまだいくつかある。例えば、水系リチウムイオン電池で処理できる充電サイクル数を増やす必要がある。一般的なスマートフォンのバッテリーは1,000回以上は軽く充電できるが、APLが開発したこの水系リチウムイオン電池は、わずか100サイクル後に効率が下がり始める。この問題は電解質の化学的な微調整で解決できるはずだと、ジェラソプロスは語る。

これでついに、発火するガジェットの時代に終焉が訪れるかもしれない。

※『WIRED』によるバッテリーの関連記事はこちら

RELATED

SHARE