世界と新型コロナウイルスとの闘いには、いくつかの「ウイルス以外の懸念」がある

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を前に最も警戒すべきは、もちろんウイルスそのものである。しかし、それ以外にも懸念すべき点がいくつかある。これまでに「WIRED.jp」が追ってきたウイルス以外の懸念すべき点について、改めてまとめた。

KEVIN FRAYER/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスの感染者が増えるにつれ、日本ではマスクの需要が高まっている。品薄状態も続いており、1月28日には厚生労働省と経済産業省が、関係団体に増産などの安定供給への配慮について要請した(消費者庁は消費者への冷静な対応を求めている)。

一方、新型コロナウイルスの発生源となった中国でも深刻なマスク不足が発生している。当然のことながら、その影響は中国だけにはとどまらないようだ。

医療用製品のサプライチェーンが「アキレス腱」に

大量生産される医療用品の多くが中国の工場でつくられていることから、不足が長引けば米国のように中国から医療用品を輸入している国の医療従事者にもリスクが及ぶ可能性があると、ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの疫学者で上級研究員のジェニファー・ヌッツォは言う。「医療用品のサプライチェーンは一般的に“細い”ので、それがアキレス腱になっています」

さらに中国は、世界中の製薬工場に原料を輸出している国でもある。このため、在庫が尽きれば医薬品の供給にも問題が出てくる可能性がある。しかも、「どの医薬品のうちどの部分が中国で生産されているのか」「工場がどこにあるのか」といった情報は、製薬会社の専有情報となるため、公に入手する方法がない。

「今回のようなアウトブレイク(集団感染)や地政学的問題、あるいは自然災害が起きた場合、自分たちの国の医療にとってどのような脅威があるのか、わたしたちには見当もつかないのです」と、米国医療薬剤師会で薬局実務とクオリティ担当ディレクターを務めるマイケル・ガニオは言う

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危機感に便乗したフィッシング詐欺が横行

震災やワールドカップ、改元、オーストラリアの森林火災──。多くの人の関心を引く何かが起きるたびに湧いて出てくるのが、詐欺である。そして今回も例に漏れず、世界中で新型コロナウイルスの流行に便乗した詐欺が横行している。

米国では1月末ごろから「新型コロナウイルスの安全対策に関する添付文書をご覧ください」というフィッシング詐欺メールがばらまかれている。日本でも、京都府の保健所をかたって新型コロナウイルスへの注意を呼びかける偽メールが1月28日ごろから出回っており、リンクを開くとコンピューターウイルスに感染する恐れがあるという。

『WIRED』US版からのアドヴァイスは、ふたつある。まず、電子メールやメッセージの添付ファイルをダウンロードしたり、リンクをクリックしたりする前に、ひと呼吸を置いて考えること。そして、自分の直感を信じることだ(それから覚えておくべきことがもうひとつ。「フィッシング詐欺は人を操り、だますようにつくられている。だまされてしまったからといって恥じることはない」)。

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研究者が直面する「正確で迅速な情報発信」の難しさ

詐欺と同じく、人々の不安を追い風に拡散しているのが、誤った情報や陰謀説である。日本でも、一部の国や文化を名指しにした誤った陰謀説や、人々の不安を根拠なくあおる動画などが拡散された。

こうしたなかフェイスブックは、Facebookに溢れているデマや恐怖をあおる情報、偽の治療法、誤解を招くアドヴァイスに対処する計画を1月27日に明らかにした。GoogleやTwitter、TikTokといったプラットフォームも、誤った情報への対応と信頼性の高い報道・アドヴァイスの拡散に尽力しているという。

とはいえ、デマや誤った情報の拡散は一朝一夕で防げるものではない。SNSで拡散された情報に目をやる前に、まずは厚生労働省国立感染症研究所、海外渡航に関しては外務省といった公的機関の情報を参照しておいたほうが安全だろう。

一方で研究者たちは、デジタル時代ならではのメリットとデメリットの間で苦心しているようだ。

刻一刻と状況が変化する今回の世界的な大流行を研究するにあたり、研究者たちはプレプリントサーヴァーを活用している。プレプリントサーヴァーとは、査読つき学術誌に掲載される予定の論文を、原稿が完成した時点でインターネット上に掲載できるサーヴァーのことだ。今回の新型コロナウイルスの研究においては、研究者たちがこれまでにないスピードで膨大な数のプレプリントを発表しているという。

「主な利点はおそらく、科学者はほかの科学者が取り組んでいる研究を見ることで自分の研究を改良でき、コンセンサスを得られる点でしょう」と、ボストン小児病院およびハーヴァード大学医学大学院の計算疫学者であるマイア・マジュムダは言う。

プレプリントの活用が広がれば、確かに研究がスピードアップする可能性はある。だが、こうした論文をダウンロードできるのは、科学者だけではない。修正前の科学研究が査読による解釈や介入なしに、世に拡散されてしまう可能性もある(実際に流行の深刻さを示す重要な指標を高く出しすぎた論文が、早期に拡散されてしまった例もある)。

研究者たちは今日もスピードと正確さの境で揺れながら、アウトブレイクと闘っているのだ。

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ジェフ・ベゾスは、 地球を救うために宇宙を目指す

いまや地上で最も資産をもつ男は、確固たる信念によって、その私財を宇宙開発に注ぎ込んでいる。その会社、ブルーオリジンが目指すのは、究極的には宇宙コロニーだ。未来の孫の孫の世代に素晴らしい地球の環境とダイナミズムを残すために、“地球のため”のディープテックはまず、宇宙へと飛び立とう。(雑誌『WIRED』日本版VOL.35より転載)

TEXT BY TOMOYA MORI

PHOTOGRAPH BY IAN ALLEN

「地球は有限です。世界経済と人口が今後も成長していくには、宇宙に行くしかありません」。1982年のマイアミで、当時まだ高校生だったジェフ・ベゾスは地元新聞の取材にこう答えていた。37年たったいまも、その想いは彼を動かし続けている。

アマゾンの創業者で最高経営責任者(CEO)のベゾスは、もうひとつの会社ブルーオリジンでロケットビジネスを経営している。あまり知られていないが、ブルーオリジンが設立されたのは2000年、つまりイーロン・マスクのスペースXが生まれる2年前だ。スペースXの快挙がメディアの注目を引くなか、ブルーオリジンは水面下で着々と再利用ロケットの開発を進めてきた。

ブルーオリジンの名前が一般に広く知れわたったのは、おそらく2019年5月にワシントンで行なわれたメディアイヴェントがきっかけだろう。その日グレーのスーツをまとったベゾスは、少年時代から夢見た人類の宇宙移住のヴィジョンを、約20分間かけて丁寧に説明した。

「わたしたちは、地球を救うために宇宙に行かなければいけません」と、ベゾスは聴衆に語りかけた。「いまの世代にできることは、宇宙への道を切り開くことです」

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ステットソンのハットをかぶりお気に入りのカウボーイブーツを履いたベゾスが、着陸したニューシェパードのチェックに向かう。再利用可能なロケットを飛ばしているのはブルーオリジンとスペースXだけだ。PHOTOGRAPH BY IAN ALLEN

停滞か、成長か

数百年先の未来を見据えて行動しているのは彼だけではない。スペースXのイーロン・マスクは、気候変動や巨大隕石によって地球が滅亡するときのバックアップとして、火星を居住可能な惑星に変えるべきだと主張している。一方でベゾスが問題視するのは、増え続けるエネルギー需要だ。

「世界のエネルギー需要は年間3%ほどの比率で増えています。大したことない数字かもしれません。でもこのままいくと500年後には、地球の表面を太陽光パネルで覆い尽くさないと供給が間に合わない計算になります。そんなの無理に決まっているでしょう」と、ベゾスは言う。

仮にエネルギー生産が大幅に効率化されれば、今度はそれに伴って、無限に増え続ける需要が有限の資源と交差し、わたしたちの子孫は限られた資源を分配する、貧しい暮らしを送ることになるだろう。そんな未来を回避したいならば、わたしたちに残された選択肢はひとつだと、ベゾスは考える。

「地球を出て太陽エネルギーを活用し、宇宙で1兆人が暮らすようになれば、数千人のアインシュタインが生まれ、数千人のモーツァルトが生まれるでしょう。素晴らしい文明になるはずです。停滞と分配をとるか、ダイナミズムと成長を選ぶのか。答えは簡単です」

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ブルーオリジンの再利用可能ロケット「ニューシェパード」は、側面に格納された脚が着陸時に展開されることで、着陸したロケットを再び宇宙に送り出すことができる。PHOTOGRAPH BY IAN ALLEN

地球を救うために、宇宙に行く

地球を出た人類の行き先としてまず思いつくのが、月と火星だろう。スペースXは火星を目指す宇宙船「スターシップ」のプロトタイプを9月に一般公開している。実際に人を乗せるまでいくつものテストを控えているが、スターシップは近い将来月や火星に貨物と人々を送り込み、人類の生活圏を拡げていくだろう。

しかし、またしてもベゾスの意見は食い違う。「仮に月や火星を住めるようにしても、地球もうひとつ分くらいの居住面積が増えるだけでしょう」。しかも、火星にたどり着くまで最低でも半年はかかるうえ、地球との交信も片道20分ほどの遅れが生じる。さらに、火星の重力は地球の3分の1ほどだ。仮に大気をつくり出せたとしても、人々にとって肉体的な負担が大きい生活が待っているだろう。

そこでベゾスが考えるのは、プリンストン大学の物理学者ジェラード・オニールが提唱した回転式の巨大宇宙ステーションだ。遠心力で重力をつくり出すことで、内部には都市を築くこともできるし、国立公園をつくることもできる。あえて無重力を残したレジャー施設もデザインできるだろう。天気も気温もすべてコントロールすれば、快適な毎日を過ごせるのだ。

そして、このオニール式宇宙コロニーが浮かぶのは地球の軌道上だ。「この太陽系のなかで最高の場所は地球です」と、ベゾスは度々口にする。いま環境を汚染しているエネルギー産業などの重工業は宇宙コロニーの中で行なえばよいと考えているのだ。

地球に残るのは住居と軽工業だけ、人々は大自然の中で快適な生活を送り、子どもたちはのびのびと教育を受けられるだろう。

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衛星打ち上げ用の再利用可能な大型ロケット「ニューグレン」を製造しているフロリダ州ケープカナヴェラルにあるブルーオリジンの工場。PHOTOGRAPH BY DAYMON GARDNER

ヒトは生き延びることができるか?

宇宙コロニーを建設するためには、まず宇宙へのアクセスを確保しなければならない。そのためには「打ち上げコストを圧倒的に下げること。そして、宇宙の資源を活用できるようにすること」がまず必要だとベゾスは言う。

打ち上げコストを下げるため、ブルーオリジンはふたつの再利用可能ロケットの開発を進めている。まず全長18mの「ニューシェパード」だ。6人乗りの有人カプセルを高度100kmまで打ち上げ、乗客は青い地球を見下ろしながら数分間の宇宙遊泳を楽しめる。2020年には、初の有人弾道飛行を実施する予定だ。同時に、衛星打ち上げ用の大型ロケット「ニューグレン」の開発も進めている。

しかし、最大のライヴァルであるスペースXは、再利用可能ロケットである「ファルコン9」の運用を推し進め、すでに国際宇宙ステーションへの物資輸送を含めた商業サーヴィスと、ブースターの着陸を何度も成功させている。ブルーオリジンはかなり出遅れているようにみえるが、ベゾスは焦りを見せない。

「これはレースではない、と社員に伝えています。大事なのはいかに低価格で、安全で、確実な輸送手段を提供することができるか。これに限ります」
 
一方、宇宙資源の活用でベゾスが着目しているのが月だ。月の極域には水が氷状で眠っていることが、これまでの観測で確認されている。水は水素と酸素に分解されることで燃料となるため、宇宙開発においてとても貴重な資源となるのだ。

さらに、月の重力は地球の6分の1だ。打ち上げに必要なエネルギーは地球に比べてはるかに小さい。つまり、月を活用すれば、宇宙空間に大きな建造物をつくりあげることも可能になる。そのためにはまず月面にインフラを築く必要がある。

そこでベゾスが5月のイヴェントで発表したのが、2016年から開発を進めてきたという月面着陸船「ブルームーン」だ。先ほどのニューグレンで打ち上げられ、月面に探査ロボットや宇宙飛行士を運ぶことができる。NASAの有人月面探査プログラム「アルテミス計画」に向けて、2024年までに人類を月に送り込む目標を掲げている。

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宇宙を旅したあとで、着陸地点に向かってスピードを落とすニューシェパード。PHOTOGRAPH BY BLUE ORIGIN

10月には、ロッキード・マーティン社、ノースロップ・グラマン社とドレイパー研究所と共同で着陸船を開発していく体制を発表した。各社が強みを生かして、NASAの野心的なスケジュールに間に合うよう開発を進めていくという。

さらに11月には、NASAの商業月輸送サーヴィス「CLPS」の提供社の候補として、ブルーオリジンがスペースXなど複数社とともに選ばれた。有人月面探査を支援するために、NASAのロボットペイロードの月面への輸送を担当していく。

人類が宇宙で暮らす準備はすでに始まっている。それは決して一世代では成し遂げられない野心的なヴィジョンだ。それでも、ベゾスは冷静に未来を因数分解しながら、足元で着々と開発を進めている。

「プランBは存在しません」と、ベゾスは強い眼差しで断言する。「地球を救わなきゃいけないんです。わたしたちの孫とその孫の未来から、ダイナミズムと成長を奪ってはいけません」

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