OPN × agraph――鬼才2人が出会う。「アンカット・ダイヤモンド」配信記念、サントラ制作めぐる電子音楽家の対談
Daniel Lopatin『Uncut Gems Original Motion Picture Soundtrack』
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下、OPN)ことダニエル・ロパティンは、エレクトロニック・ミュージック・シーンに留まらない際立った個性を持つ。細部にまでこだわった妥協のないサウンドスケープは荘厳さを醸す一方で、2015年のアルバム『Garden Of Delete』ではインダストリアル・ロックを取りいれるなど、キャッチーなユーモアもある。特定の潮流に当てはまらないセンスは、文字通り唯一無二だ。
近年のロパティンは映画界でも活躍している。サフディ兄弟が監督を務めた映画「グッド・タイム」(2017年)のスコアでは、芸能山城組による「AKIRA」(88年)の音楽がちらつく端正なシンセ・サウンドを鳴らした。この仕事は世界的に高く評価され、〈第70回カンヌ国際映画祭〉において最優秀サウンドトラック賞の栄誉を得た。
それから約2年。「グッド・タイム」以来のスコア仕事に、ロパティンは「アンカット・ダイヤモンド」(洋題は「Uncut Gems」)を選んだ。本作もまたサフディ兄弟が監督を務め、主演にアダム・サンドラーを迎えた映画である。アメリカでは今年12月の公開だが、ついに日本でもNetflixでの配信がスタートした。
本作のスコアはとても多面的だ。アジマス『The Touchstone』(78年)に通じるアンビエント・ジャズ的な音像もあれば、ブラッド・フィーデルがスコアを手がけた「ターミネーター」(84年)といった80年代のSF映画で使われたような音も多い。「ザ・セヴァード・アーム(73年)や「デスドリーム」(74年)など、70年代のホラー映画を想起させる妖しげなメロディーも聴きどころだ。
このおもしろさをベッドルームでも楽しめるようにと、『Uncut Gems Original Motion Picture Soundtrack』がワープからリリースされている。Mikikiでは〈Warp30〉で来日していたロパティンと、agraph名義で秀逸なエレクトロニック・ミュージックを発表している牛尾憲輔との対談を実施。牛尾もアニメ「DEVILMAN crybaby」やドラマ「フェイクニュース(いずれも2018年)など、これまで多くのスコアを手がけてきた才人だ。2人は相性が良かったようで、饒舌に言葉を紡いでくれた。創作に対する両者の姿勢など、おもしろい話ばかりの必読記事なのは言うまでもない。
DANIEL LOPATIN Uncut Gems Original Motion Picture Soundtrack Warp/BEAT(2019)
「アンカット・ダイヤモンド」苦労話
牛尾憲輔(agraph)「『Uncut Gems Original Motion Picture Soundtrack』聴きました。素晴らしいですね!」
ダニエル・ロパティン(OPN)「ありがとう」
牛尾「今回はほかのミュージシャンも参加したんですか?」
ロパティン「うん。作ってる途中で自然にそうなったんだ。スコアのほとんどを書き上げた段階だったけど、いくつかテクスチャーを足したくてね。特にオープニングの“The Ballad Of Howie Bling”はそれが反映されている。映画では6分のピースで、すごくクレイジー(笑)。6分ずっと流れるスコアを作ること自体が難題だった」
牛尾「映画の冒頭で本当に6分間も流れるんですか?」
ロパティン「実際の楽曲は8分以上あるよ。あのシーンだけに僕とサフディ兄弟は3週間半もかけた。スコット・ルーディン(『アンカット・ダイヤモンド』のプロデューサー)に映画の冒頭部分を見せたら、〈全部ボツだ。もう1回やり直せ〉って言われた(笑)。僕らは〈これに1か月かけたんですよ〉と言ったんだけど、〈まあ、1か月かけた感じはするな〉ってね」
牛尾「クレイジーな話ですね」
ロパティン「スコットはクレイジーな男なんだよ。でも、アメリカの慣用句に〈赤ちゃんを風呂の水と一緒に流しちゃいけない〉というのがある。水が汚れたからといって、赤ちゃんも一緒に捨てちゃいけないといった意味合いなんだ。つまり僕らは、作ったスコアをボツにするんじゃなくて、もう1度それに戻り、パーカッションを足すことにした。そこでイーライ・ケスラー(NYのパーカッショニスト)に連絡したんだ」
牛尾「今回は『グッド・タイム』のスコアとも全然違うと思います」
ロパティン「僕も全然違うと思う。〈テルライド映画祭〉で上映したときは、最初の反応がかなり変だった。〈『グッド・タイム』みたいだ〉とか言われて、僕としては混乱させられた。今回のスコアに『グッド・タイム』みたいなピースは2つあるけど、それ以外はどれももっと静かで、メロディーがとても複雑なピースだからね」
サントラ制作は奇妙なゲームのよう
牛尾「僕の世代にとってあなたはヒーローというか、エレクトロニック・ミュージックにおいて革命を起こした人だと思っています」
ロパティン「ありがとう(笑)」
牛尾「あなたのような人でも、監督にはときどきムカついたりしますか?」
ロパティン「イエス」
牛尾「(笑)」
ロパティン「僕はラッキーだけどね。全員が一緒に仕事をする相手を選べるわけじゃないが、いまのところ僕はそういう立場にいる。他にもいろいろやってることもあり、スコアを書くときは〈普通の意味〉で怒らなくて済む相手と組むことにしてるんだ。情熱を持ってやってると、そのせいで怒るときはどうしたってあるから。でも、たいていはムカつく相手とはやらないようにしてる。短気だからね」
牛尾「自分の作品では好きなことができるじゃないですか? たとえば32小節、64小節ずっとキックやドローンのサウンドを続けたいと思ったら、それができますよね。でも、映画音楽を作るときは、その場面をどこでカットするかは監督が決めるし、タイムラインは映画にコントロールされる。最初はそれにすごくフラストレーションがあったんですが、これはコラボレーションなんだって思うようになってからおもしろく感じられたんです」
ロパティン「その難しさには同意するし、興味深いと思う。でも同時に、パズルみたいなのが楽しいんだよね。映画だと目的地は見えてるし、その途中でやらなきゃいけないことや障害があるのもわかってる。で、いかにしてそこにたどり着くかってことなんだ。映画音楽は奇妙な音楽の奇妙なゲームみたいに僕は思ってる」
スコアとオリジナル楽曲、制作の違い
――映画「アンカット・ダイヤモンド」はどういった内容なんですか?
ロパティン「ハワードという男の話だ。彼は宝石商の仕事をしてるけど、強迫的なギャンブラーでもあって、スポーツ賭博に取り憑かれている。そのせいで厄介ごとに巻き込まれてしまう。舞台は2012年のNYで、だからちょっと変な時代物でもある。過去ではあるんだけど、〈昔〉ではないみたいな。
それでも2012年的で、当時のNBAの試合がストーリーに組み込まれていたりする。あの時代に対する興味深い考察にもなってるんだ。基本的にはスリラーだけど、人間味や温かみもある。アダム・サンドラーの演技のおかげだね。すごくオリジナルでおもしろい。笑えるし、変だし」
――サフディ兄弟とは2度目の仕事ですが、彼らと仲良くなったきっかけは?
ロパティン「サフディ兄弟のことは、映画『神様なんかくそくらえ』(2014年)で知ったんだ。彼らは僕のことをレコードで知っていた。でも、初めて会ったのは2015年くらいかな? 彼らは『グッド・タイム』のスコアを書く人を探していた。それで、〈会いたい〉と言われて彼らのオフィスに行ったんだけど、すぐに古い友人みたいな関係になった。
オフィスに入ったら、壁に『AKIRA』の巨大なポスターと、その隣にアベル・フェラーラの映画『キング・オブ・ニューヨーク』(90年)のポスターがかけられてた。〈この組み合わせはすごく変だぞ〉と思ったね。しかも、プロデューサーが全身黄色のジャンプスーツを着ていた。上も下も黄色で、黄色い箱のアメリカンスピリットを吸ってた。それで〈こいつら最高だ〉と思ったね(笑)」
――スコアとオリジナル作品で創作のアプローチを使い分けることはありますか?
ロパティン「僕が自分1人で作業するときは、音楽に対するもっとも私的なアイデアに浸れるし、それを使える。でも、ある意味そのことにうんざりもするんだ。あまりに個人的だから、それが他の人たちにとって意味することの視点を見失ってしまうからね。だから僕は、コラボレーションのプロジェクトと自分の作品の間で揺れていたい。じゃないと精神が自家中毒的になってしまうから。
とはいえ、ほかの人のために働くのは結婚とかと同じで、妥協だらけにもなる。それがすごく辛いこともあるよ。コラボレーションのプロジェクトのあとは、たいてい嬉しくて自分のスタジオに駆け戻るんだ(笑)。ほかの人と組むときは、そんなに好き勝手はやらない。話を聞こうとするし、相手のアイデアのために働くという意味で気を配る。サフディ兄弟とはそのバランスがうまくいくんだ。彼らは僕らしくあることを求めてくるからね」
牛尾「僕はたぶん、Netflixも含めて10~15作くらい映画やTVシリーズをやってきたんですね。でも、いつも締め切りがすごくタイトで」
ロパティン「特にTVはそうだろうね。Netflixはなんていう作品?」
牛尾「アニメの『DEVILMAN crybaby』(2018)ですね。2020年は『日本沈没2020』をやるんですけど」
ロパティン「クールだね。全部観ないと!」
牛尾「締め切りがタイトなうえに、2018年頃はたぶん8作品くらいやったと思う。だからほんとにクレイジーで。1年で200トラックくらい作りました。だいたい1日1トラックのペースで作らないといけなかったんですけど、それでかなり落ち込んでしまって(笑)。
でも、自分のプロジェクトだったら、1つの作品に5年かけることだってできる。僕は自分の作品のサンプリングをスコアに使ったりするんです。だからよく言うんですが、自分の作品はMac Proみたいなものだと。スコアはiPhone。自分の作品は革新的なプロダクトを作るための実験的なラボで、それは自分に必要なもの。一方でスコアはもっと時間やスケジュールに制約されてる。ただ最近、僕は武満徹に影響を受けていて……武満徹は知ってますか?」
ロパティン「もちろん」
牛尾「武満徹といえば、和楽器を使ったオーケストラ作品『ノヴェンバー・ステップス』(67年)なんかが有名だけど、その前に手がけたスコアが素晴らしくて。小林正樹監督の映画『切腹』(62年)とか。そういう仕事が武満徹にとっては音楽のラボとなって、より幅広いサウンドに向かっていった。それがすごくクールだと思ったんです。
なので最近は、自分の作品とスコアの違いがなくなってきました。唯一の違いはスケジュールだけです。この対談のあともすぐスタジオに行ってスコアを作らなきゃいけない。本当にキツい(笑)。日本のアニメは見ますか?」
ロパティン「うん。大ファンっていうほどじゃないけど」
牛尾「今回のスコアには『AKIRA』のフィーリングもありますよね」
ロパティン「“Windows”は特にね。あの曲は、『AKIRA』の金田に対する僕らからのラヴレターみたいなもの。『グッド・タイム』のスコアでも太鼓を使ったし、ずっと前から芸能山城組は引用してるんだよ。僕らの神様みたいな存在だから」