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【書評】

アルジェリア、シャラ通りの小さな書店 カウテル・アディミ著

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◆本作りに懸けた出版人の夢

[評]山本賢藏(けんぞう)(作家)

 伝説の出版人、エドモン・シャルロ。アルジェリアに移住したフランス人の家系に生まれ、二十一歳の時にほぼ無一文で、小さな書店兼貸本屋兼出版社《真の富(ヴレ・リシエス)》をアルジェに開いた。盟友アルベール・カミュの処女作『裏と表』(初版はわずか三百五十部)を世に出し、第二次世界大戦中、レジスタンス文学の白眉ヴェルコールの『海の沈黙』を出版したことでも知られる。彼自身レジスタンスの一員とみなされ投獄された。

 シャルロは自由な<地中海人>だった。言語や宗教の区別なく、地中海文化圏のあらゆる国の作家と読者が本で繋(つな)がりあえる、そんな開かれた場を作ろうとした。その自由さのために、アルジェリア独立戦争中、反独立極右組織による爆弾テロの被害にあう。

 文学の夢と友情だけを手に本作りに懸けたシャルロ。その真摯(しんし)な生き様を、著者はシャルロの架空の手記によって小説に蘇(よみがえ)らせた。本の装丁、紙の匂いや手ざわりにも拘(こだわ)り、終戦後は紙を求めて闇市を奔走するシャルロのつぶやきが聞こえてくる。

 《真の富》は八十年以上の年月を経て、今も開店当時の姿のまま、国立図書館の一部として残っている。本と記憶が詰まったこの小さな大切な空間が、もしなくなってしまったら? それが、この小説の企(たくら)みだ。《真の富》が取り壊され、揚げ物(ベニエ)屋になってしまうのだ。パリに住むアルジェリア出身の学生が、解体を請け負ってやって来る。さっさと本を捨てて帰りたい青年の前に、不思議な老人が現れる。《真の富》に住み着いていた「本の番人」だ。二人の対話が始まる。

 この<今>の物語が、シャルロの手記と並行して「われわれ」の声で語られていく。変幻自在な語り部は時折、アルジェリア植民地時代の苦難の歴史を証言する。その声がシャルロの声と呼応し、溶け合う。そしてアルジェの「ほとんど白に近い、常に青い空」の下、《真の富》の在(あ)り処(か)へと、読者を誘う。

 いつか行ってみたい。シャルロの愛した本たちと出会うために。

(平田紀之(のりゆき)訳、作品社・2420円)

 1986年、アルジェ生まれ。パリ在住の女性作家。本書で2017年の「高校生のルノドー賞」を受賞。

◆もう1冊 

 アドリーヌ・デュドネ著『本当の人生』(東京創元社)。藤田真利子訳。2018年の「高校生のルノドー賞」受賞作。

 

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