「要約してしまえば単純なのさ。貴族にとって縁故人事は当然であり、
ヤンは苦笑し、
「自分達が”優遇されるべき対象”から外されてるのは不満だろうけど、私がやってること自体は本質的には同じ。
「そんなマイスターがあんな連中と同じなんて……」
そう思わず口に出したのはミッターマイヤー。
貴族の蛮行こそが、ヤンの配下に加わる直接のきっかけになったのだから、そのリアクションもある意味当然だろう。
「別に彼らがどう思おうとかまわないんだよミッター。今のところ彼らと全面的に敵対するメリットは無いからね。彼らが『専横が過ぎるがやはり
ヤンはフフンと笑い、
「実を言えば私がガルガ・ファルムルを選択したのも、一足早くアスターテでデビューを飾ったヨーツンヘイムをメルカッツ先輩が受け取ったのも、どちらも彼らへの対策の一環でね」
メルカッツが頷くのを確認してから、
「貴族、とかく門閥貴族の巨大艦好きは有名だ。例えばブラウンシュバイク公の”ベルリン”、リッテンハイム侯の”オストマルク”……ヴィルヘルミナ級をベースに徹底的にカスタマイズした『動く宮殿』、いずれも劣らぬ巨大艦だろ?」
頷きのリアクションに満足しつつ、
「さてここで問題だ。何故、彼らは巨大艦を好むんだろうね?」
「誰でもわかりやすい権威、権力、権勢の象徴だから……ですか」
と答えたのは意外なことにビッテンフェルト。
この男、性格は猪かもしれないが頭は悪くない。
「正解だよ、ビッテン。巨大艦こそ見栄と虚栄の象徴なのさ」
嬉しそうに笑うがキルヒアイスと違って何やら獰猛さが出てしまうのがビッテンフェルトらしい。
隣に座ってたケスラーが若干引き気味だったのが印象深い。
「だからこそ、今回君達への艦を引っ張ってくる前に私は『最強最大の船』……ブリュンヒルトより大きく新しいガルガ・ファルムルを受領し、メルカッツ先輩には先んじて同じく巨大艦として完成していたヨーツンヘイムを受け取ってもらった。元帥府の序列一位と二位が優先的に、いかにも権威主義が具現化したような巨大艦を受け取る……君達が受け取る船は、いずれもこの2隻よりは小さい。さて、これは貴族達にとってどんなメッセージに見えるかな?」
ヤンは悪戯が成功した子供のように楽しげだった。
「さらに言うならば儂は当時、大将に昇進していたが中将の最後の方から乗っていた”ネルトリンゲン”のままだった。大義名分は立つ上に、一応は貴族だからのう。説得力は十分だな」
メルカッツのフルネームは、ウィリバルト・ヨアヒム・
「閣下……閣下はどれほど前からこの計画、元帥府設立のプランを練っていたのでしょう?」
戦慄を隠さない表情のワーレンに、
「さあね。覚えてないくらい昔からなのは確かだよ。少なくともメルカッツ先輩に改良型標準戦艦の
静まり返った会議場の空気をほぐすようにヤンは明るい声で、
「とりあえず貴族の中では悪評も評判のうちだ。それは『あの野郎、上手くやりやがって』って意味だね。まあ、貴族達の魑魅魍魎じみた裏事情の話はこれぐらいにしておこう。精神が不健全になりそうだからね」
そして全員を見回し、
「さて、表向きは以上のように『陛下からの賜り物を、一人じゃ乗り切れない私が独断で君らに分け与える』って体裁になるけど、もちろん本当の事情は異なる」
一呼吸置いて、
「今回、君らに渡されるのは新技術や新機軸を建造に用いた”実験艦”や、設計などに新しい概念を導入した”コンセプト艦”、あるいは本格的な量産を始める前に実戦で評価試験をしたい”先行量産艦”……言ってしまえば、試作艦ばかりなのさ」
☆☆☆
「事情説明するにあたって、私がブリュンヒルトを
するとキルヒアイスとシュタインメッツは顔を見合わせ、
「いえ、先生のお話に無駄なことなどありません」
と断定口調のキルヒアイスに、
「こう見えても私はあの船に愛着がありましてね。閣下の口からその馴れ初めを語っていただけるなら、むしろ興味深いですな」
実に船乗りらしい意見を言うシュタインメッツ。
他の面々にも反対は無いようだった。
「同意は得られたと判断するよ? さっそくだがブリュンヒルトは体面的には慣例どおり、私が大将を拝命したときに『陛下より下賜された』ってことになってるけど、事実は大分違う。ブリュンヒルトは本来、あそこまで大々的に戦闘に使う予定は無かった船なんだ。建造当初は、まさか艦隊旗艦に使われることなんて夢にも思ってなかったろうね」
一部を除き軽く驚く一同。
無理も無い。先のアスターテや第三次ティアマト会戦など赫々たる戦果を上げ、”帝国最強の戦艦”と誉れ高いのがブリュンヒルトの一般的な評価だったのだ。
実はここに居並ぶ提督の中にもブリュンヒルトは『最新技術をごまんと詰め込んだ最新最強の戦艦』であり、常勝無敗のヤンにとっての『鬼に金棒』的な代物だと思っていた者も多い。
「そもそもブリュンヒルトは、傾斜装甲の概念やシュピーゲル・コーティングなんかの帝国が次世代戦闘艦に盛り込もうとしていた実用化の目処がついたばかりの先端技術と、当時は同盟の帝国より明らかに優れた電子機器やセンサー技術、ソフトウェア処理なんかの技術を盛り込み、『とりあえず戦闘艦の形にして飛ばしてみて、各種性能や特質の実証評価試験をしてみよう』って理由で組まれた……言うならば、”技術デモンストレーター艦”なのさ。だから建造費用に標準戦艦7隻分なんて馬鹿げた予算がついたんだ」
意外すぎる事実に反応に困る提督達……その中で会議参加者の一人であるキルヒアイスではなくメイド(なぜかメイド服に階級章がついていた。少尉だった……)の少女に運ばせた黒ビールをグビグビ煽るオフレッサーが妙に微笑ましい。
「手前味噌だけど、同盟艦の技術解析に関しては帝国一を自負する
どこか懐かしそうに語るヤンだ。
実はこの世界においては、ブリュンヒルトの内部システムのうちソフトウェアを含めたコンピューターシステムは、ヴェンリー船舶技研を含めヴェンリー財閥の企業がメイン・コントラクターとして開発されていた。
その際、多くの技術のブレイク・スルーやパラダイム・シフトが必要だったのは想像に難くない。
「加えて建造に使われた技術がとにかく目新しい、言い方を変えるなら当時としては海の物とも山の物とも知れない怪しげな技術の集合体だ……そんなわけで実証実験が終わった後は、中々に”嫁の貰い手”が見つからなかった。それに維持費もバカにならない。建造費も破格だけど、年間維持費も全く戦闘しなくても巡航艦1隻丸々新造できるくらいかかるしね」
ついでに『例えばシュピーゲル・コーティングなんで軽く二桁は剥いだり塗り直したもんだよ。あんまり頻繁にコーティング作業やるから、宇宙に中古のコロニーを再利用した専用ドックを作ったりもしたなぁ』と付け加えるヤン。
帝国のまだ生まれようやく実用段階に達した未成熟の技術と同盟から取り入れたばかりの帝国には縁のない技術……この二つの技術の婚姻の場とされた”白鳥”は、流麗な見た目と裏腹にそりゃあ気難しくもなるだろう。
「とんだ金食い虫だけど、ちゃんとした性能が発揮できる環境を整えさえすれば一級品の戦闘艦であることは違いない。それを遊ばしておく手は無いだろ? だから下賜に託けて、運用費用は財閥もちにして私が貰い受けたのさ。幸い、ある程度貰うまで時間があったせいで、ブリュンヒルトに搭載して実験したい装備もいい感じに増えていたしね」
☆☆☆
ブリュンヒルトにまつわる秘話を聞き、何ともリアクションに困る提督達……だがヤンはにんまり笑い、
「さて、ここまで話せば私が貴兄らに何を期待してるかわかるだろう?」
「まったく閣下という人は……閣下の辞書には退屈という文字がないのでしょうな」
と切り出したのはロイエンタールだ。
「逆さ、ロイ。私は退屈を満喫し、昼寝を好きなだけ耽溺できる未来を得るために、今を戦ってるのさ」
するとキルヒアイスはちょっと考えてから、
「先生が昔言っていた『
「ああ、そうだね。私は『たかが何十年の平和』のために戦うのかもしれないね」
ヤンは『未だに、ね』という言葉を内側に封じこめた。
「バッカス、なんの話だそりゃ?」
オフレッサーの言葉にヤンはかすかに笑い、
「なに大した話じゃない……際限なく続く戦争より、戦争と戦争の間のわずかな平和な時間の方が、よっぽど人間にとって価値があるって話だよ」
その時のヤンの笑顔は、『ひどく儚く、まるで今にも消えてしまいそうな不思議な笑顔だった』とキルヒアイスはその日の日記に書き残していた。
ヤンが帝国にいながら戦う理由……きっとそれはいくつもあるだろう。
だが残照のように残る前世の祈りに似た”
キルヒアイスはもちろんだけどロイエンタール……君、ヤンのこと好き過ぎでしょ(挨拶
いやBL的な意味ではなく(笑
さすが二度目の人生のせいかヤンは謀将の器十分だけど、メルカッツも結構お茶目な狸親父です。
追伸:ヤンのあの名台詞をようやくだせたー。