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鐵人三國誌から,2019-nCoVについてほぼ時系列でつけたメモを採録し,若干補足しています。なるべく公式発表や一次情報へリンクするようにしています。後日整理するかもしれませんが,時間がないので,あまり期待しないでください。専門用語については感染症予防についての講義資料が参考になるかもしれません。
日本ではあまり報道されていないように思うが,中国での原因不明の肺炎(リンク先はWHOのリリース)は,この段階での封じ込めに失敗するとPHEICになりかねないので,注意しておく必要があると思う。
大晦日の初発報告から1週間ちょっと経って,SARSともMERSとも異なる新型コロナウイルスが原因と確定し,とうとう死者が出た(1月11日初報)。大変心配。
毎日新聞でWuhanの新型コロナウイルスについて「英研究チーム」が感染者数が報告数よりずっと多いと推計したという記事が出たようだ(有料記事なので後半は読めていない)。発表したのはImperial CollegeのFergussonのグループでこれ。いくつかのシナリオで数理モデルで感染者数を推定しているが,おそらく1000人以上で,もっとも控えめな推計シナリオの95%信頼区間下限でも190人と書かれていた。筆頭著者のNatsuko Imaiさんは,感染症疫学の論文をいろいろ書かれている。二日熱マラリアの論文も書いてるのか。
中国当局が新型コロナウイルス感染者が200人を超えたと発表したそうだ(ProMEDによると患者198名,うち3名死亡だが)。たぶん隠していたわけではなく,発症と検出と報告には時間差があるということだと思う。インペリグループの発表が的中していたのは,ある意味当然か。
たぶん北大の西浦さんのグループも今頃は夜を徹して論文書いているだろうなあ。→(追記20200123)やはりそうで,インペリグループと類似の手法で中国国内での22日までのincidence推定をした論文がアクセプトされたそうだ。凄いなあ。
WHOはPHEICをまだ宣言しなかった。この文書によると予備的に計算したヒト=ヒト感染のR0が1.4-2.5,CFRは発表とともに変化しているが概ね2-3くらいだから,どちらもSpanish Fluと同レベル。中国以外で患者が確認された国(タイ,日本,韓国,シンガポール,ベトナム)の患者は,これまでのところすべて中国で感染して移動してきた人で,まだ中国以外では持続的なヒト=ヒト感染が確認されていないからPHEICにならなかったが,ここに至って封じ込めはかなり難しくなってしまったように思う。
たしかギーゲレンツァーの本に書いてあったと思うが,絶対リスクと相対リスクの違いは重要だ。
統計学的には5%未満の確率しかない現象は滅多にないことだから偶然で起こるとは考えられない,という判定が下されることが普通だった。これは,逆に言えば,5%未満の稀な例外だったら判断が間違っていても諦めましょうという合意とも言える。医薬品の臨床試験で,副反応のリスクを評価する際に,有意水準を5%として検定し,有意差がないから実質的には安全と判定してしまうとしたら,そういう判定を下していることになる。
しかし,化学物質の安全性などでは少し厳しい基準がとられていて,10万分の1とか100万分の1未満のリスクを許容可能とすることが多かった。急性感染症の重篤度の評価は,確定診断がついた患者中その感染によって死亡転帰に至った割合,即ちCFR(致命割合)で示されることが多いが,100%の狂犬病とか,数十%以上の高病原性鳥インフルエンザやエボラウイルス感染症に比べると,スペイン風邪や,現在流行中の2019-nCoV肺炎の2-3%という値は小さく感じられるかもしれない。けれども,まあ流行が根絶できなくても仕方ないかと思えるのは,CFRでいうと0.001-0.01%レベル=1万分の1から10万分の1レベルで,季節性インフルエンザとか普通の風邪くらいの低さが社会的に要求されると思う。
しかも,これらはすべて相対リスクの話であり,実際にそれらによって増加する死者の人数は,それらに曝露し(て発症し)た人口を掛けた値になる。それが絶対リスクである。分母が小さい高病原性鳥インフルエンザやエボラウイルス感染症に比べるとCFRはずっと低いが,世界に広まったスペイン風邪による死者は2500万人と言われている。
新興感染症(それまでヒトの病気としては存在しなかった感染症なので,誰も抗体を持っていない)がどれくらい広まるかはR0(基本再生産数: Basic Reproduction Number,周囲の人が全員その感染症への免疫がない状態で,一人の患者から平均何人の二次感染者が生まれるかを意味する値)によって予測できるが,エボラウイルス感染症やMERSではR0が1未満なのでパンデミックには至っていない。WHOが2019-nCoVの中国国内のヒト=ヒト感染におけるR0を1.4-2.5と推定したということから考えると,よほど迅速に隔離とか行動制限とかワクチン開発して大勢の人に接種するなど感染リスクを下げる対策がドラスティックにとられない限り(もちろん衛生水準や行動パタンが異なる他国ではR0はもっと低いかもしれず,1未満にできるならばパンデミックには至らない可能性もある。麻疹のように飛沫核感染するためR0が10を超えるような感染力だったら,ワクチンができてR0でなくRt[=実効再生産数]を1未満にすれば良い状況にもっていけない限り,ほぼ制御不能だが,このウイルスの感染力はそこまで高くない),このウイルスが広まってしまう可能性が高いことを意味する。
米国CDCは,CFRが季節性インフルエンザと同じ程度だった2009年のA型インフルエンザ(H1N1)pdmについて,米国内の1年間の累積罹患率が6100万人,死者が12470人という推定値を出しているが,これだけ多くの人が罹患してもそれほどインパクトが大きくなかったのは,ひとえにCFRが小さかったからだ。もしあの時と同様なパンデミックが起き,大雑把に考えて人口の1/5が罹患するとしたら,世界人口のうち14億人が罹患することになり,CFRが2%もあったら死者は2800万人という,それこそスペイン風邪に匹敵する大惨事になってしまう。R0をこれまでの推定値より小さくできてヒト=ヒト感染を抑え込むことができればまだ良いが,そうでなかったら,現在は存在しない治療薬を早急に開発してCFRを下げないと,絶対リスクとしてはスペイン風邪に匹敵する大惨事に至る危険がある。WHOは10日以内に再びPHEICにするかどうかの会議を開くとしているが……。
今の感じからすると,A型インフルエンザH1N1pdm2009のときのような研究ラッシュが起こるだろう。
まだWHOが2019-nCoVと仮称で呼んでいて,正式名称が決まっていないので仕方ないのかもしれないが,Natureの動画がWuhan Coronavirusと呼んでしまっているのはまずい気がする。
ただ,NatureもScienceも特設ページは作っていないのは,正式名称が決まっていないからだと思う。それでも,NatureはEditorialといくつかのニュース,JAMAはViewpointを1つ掲載している。
BMJは既に特設ページを開設している。NEJMにはEditorialと原著論文が掲載されている。Lancetも特設ページはないが,患者の臨床的特徴についての原著論文と家族集積性があることからヒト=ヒト感染が示されるとした原著論文が載っている。
日本政府は2019-nCoV感染症を指定感染症にする方針だという報道があった。
指定感染症に指定された疾病はほとんどないはずで(高病原性鳥インフルエンザくらいか),感染症法の第6条8『この法律において「指定感染症」とは、既に知られている感染性の疾病(一類感染症、二類感染症、三類感染症及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)であって、第三章から第七章までの規定の全部又は一部を準用しなければ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるものとして政令で定めるものをいう。』によれば,「既に知られている」ものでなくてはならず,今回の場合は,これまでの新興感染症がそのカテゴリに入ることが多かった新感染症(感染症法第6条9『この法律において「新感染症」とは、人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう。』)の方が適切だと思う(まだ中国以外ではヒト=ヒト感染が起こっている証拠はないけれども,中国では人から人へ伝染することが明らかだし)。
敢えて指定感染症にするとしたら,たぶん第7条で指定感染症は他の条文を準用すると書かれているからか。
新感染症だと第15条で検体採取は知事の権限で強制できるし,第46条で入院勧告もできるが,第18条の就業制限が適用できないということなのか(そうだとすると,なぜ新感染症に対して就業制限できるという条文を作っておかなかったのかが謎だが)。厚労省のこのページだと新感染症が直ちに全数報告するカテゴリに書かれていないが,感染症法では新感染症も直ちに全数報告することになっているから,情報把握の面では指定感染症と変わりないしなあ。
しかし閣議決定すると報道されているが,厚労省の指定感染症についてという2007年の文書や,感染症の範囲及び類型についてというプレゼン資料でいう,厚生科学審議会の意見を聞いて「政令で定める」というときの「政令」って,厚生労働省令だと思うんだが。なぜ閣議決定なのだろう?
法律通りに考えたら厚生労働大臣の権限のはずだが。忽那賢志さんのような感染症専門医も指定感染症にすることに異を唱えていないので,何かぼくが勘違いしているのかもしれないが,素人代表としてこの2点(なぜ新感染症指定でないのか? なぜ厚生労働省令でなく閣議決定なのか?),メディアから質問してくれないかなあ。
TWEEDEESの沖井さんが2019-nCoVへの感染防御手段を知りたいとTweetしていたので,WHOのイラスト入り資料とハフィントンポストの高山先生の記事を紹介した。
ちなみにWHOのイラスト入りメッセージを簡単に日本語訳すると,
- 「石鹸と水で手を洗うか,アルコール除菌クリーナーで手を拭ってきれいにする」
- 「咳や鼻水が出るときはティッシュか肘で鼻と口を覆う」
- 「風邪やインフルエンザ様の症状がある人には近づかない」
- 「肉と卵は完全に調理する」
- 「生きている野生動物や家畜と保護手段無しでの接触をしない」
ということで,まあ当たり前のことばかりだが。
2019-nCoVを指定感染症にすると閣議決定されたという報道。昨日書いた疑問はどのメディアも突っ込んでくれない。疑問に思わないのか?
国内でのヒト=ヒト感染が起こったという厚労省発表があった。これでWHOもPHEICを宣言せざるを得ないだろう。
関連して,本日18:00から,厚労省にコールセンターが設置された。
今夜22:00からのクローズアップ現代+は新型ウイルス肺炎 封じ込めはできるのかという緊急特番で,既に患者数推定の論文を発表している,北大の西浦さんの研究室も出るとのこと。
内閣官房「新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する対応について」からリンクされている関係省庁による対応一覧の厚労省のところを見ると,「1月28日 新型コロナウイルス感染症を指定感染症及び検疫感染症と定める政令を閣議決定」と書かれているので,やはり厚生労働省令には違いないようだ。普通は閣議決定ではなく,厚生科学審議会の意見を聞いて厚生労働大臣が発令するものだと思うがなあ。
クロ現を視聴。北大取材は録画だったようで,今日の国内のヒト=ヒト感染例の話はスタジオでしか語られなかった。西浦さんたちのモデルによると,27日までに感染者数は2万人を超えている可能性が高いと語られていたが,モデルの外挿期間を延ばしただけなのか,新たなデータも加えて推定し直したのかは説明がなかった。たぶん後者と思うが。
西浦さんは,積極的疫学調査により感染した可能性が高い人を追跡することの重要性に触れた上で,中国ではそれが不可能なフェイズに入っているのではないかとコメントしていたが,今日発表された国内感染の方も,風邪様の症状が出てからもなかなか診断がつかず10日ほど仕事を含めて動き回っているので,接触した可能性がある人をすべて探すのは不可能に近いのではないか,とも思う。押谷さんが言われていたように,不顕性感染や軽症例が多く(つまり感染発症指数が高くなくて),そのような上気道感染している状態でも感染力があるのだとして,たぶんその後20%くらいの確率で重症化して肺炎を起こし,その10分の1くらいが死に至るという話なのだとすると最悪だ。その場合,スペイン風邪レベルの災厄にならないためには,かなりの社会インフラの制約をするか,早急に治療薬かワクチンを実用化するしかないだろう。押谷さんはSARSの場合にR0が高かったのはスーパースプレッダーのせいとも言っていて,そういう人への迅速な対処が大事と説明していたように思う。仮にスーパースプレッダーというハブホストが存在するのなら,ネットワークトポロジーとしてはスケールフリーネットワークだから,ハブホストをネットワークから取り除けばネットワークは容易に崩れるのだが,ランダムリンクなのにR0が1を超えているのだとしたら,その方が対処は難しい。
渡航歴のない国内患者発生の意味についての忽那賢志先生の記事。ただ,この患者自身へのリンクは確かに辿れるだろうが,症状が出てから結構動いているので,積極的疫学調査によって接触した可能性がある人を同定・フォローするというのは,かなり難しいのではないだろうか。中国からの帰国者のうち武漢滞在歴がある人についてはフォローアップセンターで継続対応することにしたようだが。
フランスのevacuation。日本の緊急避難についての情報は,大変探しにくいが外務省のサイトにあった。
北大西浦研からの2019-nCoVについての論文2本目についてのtweet。こういう状況だと新しい情報をフォローアップするだけでも大変なのに,こうやって世界と競って論文を出していくのは凄いなあ。
神戸大学の拡大防止のための対処。Twitterでも広報された。自宅待機を容易にすることは感染拡大防止のために有効だと思う。
2019-nCoVの検査キットについてWHOが1月14日付けで出した中間ガイドラインと,リアルタイムRT-PCRによる検出プロトコル。
CDCに2019-nCoVの特設ページができていた。
文部科学省に新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する対応についてというページができた。今後は,大学の学生対応も,基本的にはここの指示に従うことになるはず。
岩田健太郎先生がtweetされているように,患者の人権は守られねばならない。公衆衛生学講義の「感染症とその予防」の回でも,最初のスライドで強調している点。
メルボルン大学Doherty研究所のチームが2019-nCoVの培養に成功したというニュースリリースと会見動画。
NY Timesの記事に載っている
厚労省の2020年1月のリリース一覧からリンクされているが,2019-nCoVの無症状キャリアの情報については,報道機関の情報よりもこのページの方が詳しいように思う。1月29日時点の世界の感染者情報もリンクしておく。
今朝のハフィントンポストの高山先生の記事をリンクしておく。
テレビで,WHOが2019-nCoVのアウトブレイクについてPHEICを宣言したという報道(それを受けた厚労省のリリース)。時間の問題だったが。
PHEICはIHR2005で規定された概念で,IHRの枠組みについてはこの厚労省の資料が参考になると思う。加盟各国政府は,ここからリンクされている附録に書かれている体制と能力を備えなくてはならず,日本は達成していると評価されているが,すべての国で2012年までに整備するという目標は達成できなかった。
去年のエボラもPHEIC宣言されたし,CFRが高いのでアフリカでは大きな問題だったが,それほど感染力が強くなくてパンデミックになる可能性は低かったので,たぶん多くの先進国にとっては,IHR2005に基づいた対応は続けていても,どこか対岸の火事だったと思う。2019-nCoVはCFRはエボラよりずっと低いが(とはいえ,現在の推定値だと季節性インフルエンザより2,3桁大きくスペイン風邪と同等),感染力が強いので,パンデミックになる可能性が高く,世界中どこの国にとっても他人事では済まされない。
メディアが死亡率とか致死率とか呼ぶことが多い指標,何度かCFRという略称を書いているが,正しくは致命割合(確定診断がついた患者のうち,その疾病で亡くなる割合)という。以前はCase Fatality Rateと呼ばれていた。しかし定義から明らかなようにRateではないので(分母が人時ではないので),最近の疫学者はRatioを推奨する人が多かったように思う。2009年のパンデミックインフルエンザのときは,分母を確定診断がついた患者で計算した場合をcCFR,症状がある患者で計算した場合をsCFRと区別しようという話もあった。2019-nCoVについて最近出た西浦さんたちの論文では,Riskとなっている。確かにRiskは疫学的にCumulative Incidenceと同じで,要因に曝露した人のうち観察期間内にイベントが起こった人の割合を示す用語なので,Ratioよりも正しい。