舞台は未だにヤンの元帥府。
「まずはアスターテの勝利と元帥昇進を祝わせてもらうよ。”
「そっちもヴェスパトーレ男爵夫人とよろしくやってるみたいで何よりだよ。”メック”」
ヤンががっちり握手してるのは、士官学校以来の付き合いとなる友人、”芸術家提督”の二つ名を持つエルネスト・メックリンガーだった。
「フフン。お前から挨拶で女性の話題が出るとはな。やはり時間は流れるものだ」
「違うよ、メック。時間は都合よく流れたりなんてしない……積み重なるもんだ」
妙に実感のこもった言い回しに少し首をかしげるメックリンガー。
「それと忘れてるみたいだから言っておくけど、私とて今や妻帯者だ。この程度の冗談は返せるさ」
「忘れるもんか。あのときの結婚式は度肝を抜かれたもんだ」
「……ああ。私もだよ。まさか国家ぐるみの
ヤンの言う”こじんまりとした結婚式”というのは、相手が相手だけに流石に無理だろうが……
ただそれを差し引いても少しだけ、いや、かなり
その皇族も裸足で逃げ出すような盛大すぎる結婚式……正直、今は夫婦揃って鬼籍に入ってる皇太子のご成婚の儀でさえも、もう少し控えめだったはずだ。
もしもノリノリで皇帝やリヒテンラーデが自ら黒幕となり準備に勤しんでいなければ、不敬罪に問われていたかもしれない荘厳さと派手さだった。
式場までこの日のために用意されたらしい馬車でパレードさせられたことで、一度死を乗り越えた筈のヤンでさえ”生涯稀に見る受難の一日”と言わしめた一日が始まった……
その馬車を護衛を兼ねて囲むのは、華やかな儀仗隊に扮した
無論、先頭を切るのはオフレッサー。そしてオフレッサーが乗って潰れない馬がいることに驚くヤン。きっと”遺伝子操作した馬”とか”馬に似た別の生き物”と言われても信じたに違いない。
なんでも、皇族じゃないので本家儀仗隊は出せないと典礼省あたりに言われたらしいが、「ならば飲み友の晴れ舞台、ワシが一肌脱いでやろう!」と名乗りを上げたのがオフレッサーだった。
どう考えても迫力とか威圧感では本家に圧勝し、結婚式場ではなくこれから古式ゆかしい合戦に向かうと言われた方が説得力がありそうなインチキ儀仗隊に誘導されつつ、着いたのは伝統と格式に彩られた大聖堂。
ヤンはもうこの時点で嫌な予感全開、できれば失踪したかった。
無論、世界はヤンにそんなに甘いわけでも優しいわけでもなく、待っていたのはどんな心境からか神父役を買って出たミュッケンベルガー……ヤンは頭痛薬を持ち歩いてなかったことを酷く後悔したらしい。
そこから状況は(主にヤンにとって)加速度的に悪化していった。
リヒテンラーデが参列しているのは親族ゆえに覚悟していたが、上座には何食わぬ顔で
その時、もしフリードリヒに尋ねたら、したり顔で答えたに違いない。
『アンネローゼの
と……
ヤンは、眩暈と共に帝国の未来に暗雲が立ち込める姿を幻視した。でもそれは、ただのヤンの心象風景だったのだろう。
その後、ワルキューレの編隊が大聖堂上空で曲芸飛行とスモークで祝賀のメッセージを描くわ(これがやりたいために会場が新無憂宮じゃなくなったらしい。新無憂宮上空は飛行禁止)、宇宙艦隊はずらりと最新鋭艦を並べ、当時は受け取ったばかりのブリュンヒルトを中心にして主砲の一斉射で”宇宙の花火大会”を演出するわ……もう何の式典だかわからない状況だったらしい。
無論、これだけ派手にやるのだからその模様は帝国全土に生中継され、録画された情報はフェザーンを通じて同盟にも流れた……その事実を知ったとき、ヤンは心の中で『亡命……は消えたな』とつぶやいた。
ケスラーとシューマッハが手を組んだ情報統制のせいで、事前にここまで派手にやるとは聞いてなかった
むしろ終始ご機嫌だった
自分は未だあのときの事を思い出すと、背中に変な汗が滲み出るというのに。
ヤンはその時の記憶を振り払うように首を小さく左右に振り、
「ウルリッヒも迎えにいってくれてご苦労だったね」
「いえいえ。大した手間ではありませんでしたし」
軽く恐縮してみせるケスラーだった。
☆☆☆
しばらくすると、まるでオフレッサー登場の再現のように執務室の扉が再び勢いよく開かれる。
姿を現したのは、
「”
これまたオフレッサーに負けず劣らずデカい声で入ってきて、古風な挨拶と共にビシッと敬礼を決めるのは、”フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト”中将。
ヤンを師匠と呼び尊敬する、オレンジの鶏冠頭がトレードマークの愛すべき宇宙時代の猪武者だ。
ここで少しヤンとビッテンフェルトとの出会い、そしてビッテンフェルトが何故ヤンを”師匠”と呼ぶのか触れてみよう。
実はヤン、士官学校に特別講師、シミュレーター教官として何度か足を運んでいた。
というより彼にしては珍しく、自ら進んで時間を見つけ出向いていた。
勿論、下心満載での行動で前世において強敵だったラインハルト揮下の綺羅星若手将軍の今生の腕前を確かめに行っていたのだ。
無論、将来を見越してスカウトするかの見定めに。
士官学校としては、驚くもありがたい話だったろう。
二大門閥でさえ一目置く名門超有力貴族なのに、その戦働きは素晴らしいを通り越して凄まじく、三長官や陛下の覚えもめでたい雲の上的な存在直々の申し出だ。
おまけに出自が出自だけに問題児だらけの貴族子弟も、家柄では誰にも劣らぬヤン相手では面と向かっては反発しにくい……
そして戦を知るヤンからシミュレーションを通して、現在の”生の戦場”を片鱗でも学生達が感じることができれば御の字だろう。
それに上手くすればヤンとのパイプも出来るかもしれない……
ともかくそんな旨み満載な申し出を断るわけなかった。
基本、ヤンが優秀な生徒を指名するという方式が取られたが……ある年の選ばれた生徒の一人がビッテンフェルトだった。
そして最初の戦いでビッテンフェルトは、ハンデをもらっておきながらボロ負けした。
前世では既に提督となった後にリアルでボロ負けしたのだから、前世まで含めれば半世紀以上生き、トータルで当時のビッテンフェルトの年齢以上に同盟と帝国で軍人として戦ったヤンに学生の身分と経験で勝てというほうが無茶であろう。
ただ、そんな裏事情を知らないビッテンフェルトは、素直に悔しがり再戦を挑んで……また負けた。
だが、今度はただ負けたわけじゃなかった。まさに猪のような彼の気性を気に入ったのか、ヤンはなぜ負けたのか懇切丁寧に教えたのだ。
そしてビッテンフェルトだけでなく選抜し戦った若者たちに、
『もし私とまた戦いたいなら、時間が合うなら相手をしてあげよう。屋敷のシミュレーターで良ければだけどね。それまで腕を磨き、自分の敗因をよく考え吟味してみることだ』
と言い残して。
ビッテンフェルトは学生時代と任官後も含めてキルヒアイスを除けば全ての教え子中最多、のべ30戦以上戦い、全敗していた。
だが、無為に負け続けたわけでない。ちゃんと成長し、改善し、最後はハンデなしでヤンに肉薄できるところまで来ていた。
そしていつの頃からか、ヤンを”
続々と集まりつつあるヤンの元帥府。
果たして次回は、誰が着任するだろうか?
ケスラーは元々元帥府にいて、メックリンガーを迎えにいってたでござる。
それにしてもこの帝国、無茶をやる(笑