エルフィン様、刃物でサクッがこじれてなんだか大変なことに……
さて舞台は未だオーディンのヴェンリーないしローエングラム別邸。付け加えるとキルヒアイスのお隣さん。
より深く言うと玄関ホールだ。
そこで抱き合うヤンとその妻のエルフリーデ。
もう一人、登場人物を挙げるなら主の帰宅に合わせて玄関をあけ、入ると無粋にならないよう音を立てずに素早く閉めた執事服姿の美丈夫、現在『私は彫像です。お気になさらないでください』モードで二人、夫の帰還を全身で喜ぶ新妻の図を生暖かい目で見ているレオポルド・シューマッハだ。
「と、ところでエルフィン、なんというか……随分と扇情的な格好をしてるね?」
するとエルフリーデはちょっと名残惜しそうにヤンの腕から抜け、ついっと社交ダンスのように裾をつまみあげる。
ただしつまみあげたのはドレスではなく、フリフリで純白のエプロン。
そして、その場でターン。
形のいいお尻が丸見えだった。
「うふふ♪ 最近、庶民の間で流行ってる”裸エプロン”という装いですの。あなたって庶民の風俗とか芸能文化とか好きでしょ?」
ヤンは天井を仰ぎ見て、視線をそのままスターチュー・モードを続けてるシューマッハにスライドさせ、
「……レオ、犯人は君だね?」
するとシューマッハは涼しい顔で、
「私が愚考しますに、お家のためにもお世継ぎは必要かと。それもなるべく早く。きっと
「あの二人がそんな殊勝なもんか。せっかく帝国貴族やらヴェンリー家やらの枷が外れたんだ。孫云々の前にきっと今頃、この宇宙のどこかで私やアンネの知らない弟や妹の量産体制に入ってるだろうさ。パコパコとね」
ちなみに先代の妻であるアザリンが夫のタイラーを呼ぶときの愛称が”パコパコ”……自分で言っておいてなんだが、まさか子作りの擬音だとは思いたくはないヤンだった。
それはともかく、
”ぎゅっ”
エルフリーデは再び抱きつき、上目遣いで……
「駄目……だった?」
ヤンは精神的白旗をあげつつ、再びエルフリーデをハグハグする。
戦場では常勝無敗という表現がよく似合うヤンだが、今のところ一度も妻に勝ったことはなさそうだ。
ヤンとて人間、たまには勝てない相手もいるのだろう。きっと。
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さてその数時間後……
ローエングラム別宅の玄関に入ったキルヒアイスを出迎えたのは、
「いらっしゃい。ジーク♪」
またしても金髪が美しい美少女だった。
金髪つながりでエルフリーデの娘?と言いたくなるが、いくらなんでも年齢が近すぎる。
どちらかといえばエルフリーデ、もしくはアンネローゼの妹だろう。
「やあ、マルガレータ。元気そうで何よりだよ」
さて、この名前でピンと来た紳士諸兄もいらっしゃるだろうが……
この少女の古き名は”マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー”、そして現在の名は”マルガレータ・フォン・ローエングラム”、そうヤンの養女である。
別の世界線ではベンドリング少佐と共に同盟に亡命したマルガレータが、なぜこうも堂々とオーディンにいるかと言えば……それはもう運命の皮肉としか言いようがない。
まず皇帝家にまつわる遺伝子障害の秘密を知ってしまったヘルクスハイマー伯爵が、リッテンハイム侯爵に消されようとした経緯や指向性ゼッフル粒子発生装置まで持ち出し、これらを手土産に一族で同盟に亡命しようとした経緯は変わらない。
ただ、イゼルローン方面に向かった伯爵の船の針路には、ヴェンリー船舶技研での改造を終えたヒューベリオンの試験航海に託けて、ヴェンリー通運やヴェンリー通商のお得意様である辺境貴族たちへの挨拶がてらに辺境の遊覧航海を楽しんでいた休暇中のヤンとキルヒアイスがいたのだ。
ヒューベリオンと辺境星域でエンカウントしたヘルクスハイマーは、無理もないが帝国領に単艦潜入した同盟艦だと思い接触をかけた。
運が悪いことにヘルクスハイマーの船からは真正面に近かったせいか、はたまた単に見落としたのか? 側面に描かれたヴェンリー家の家紋、通称”
その通信にキナ臭さを感じたヤンは一計を案じ、
『私は自由惑星同盟軍准将、ヤン・ウェンリーだ。貴艦が接触を望む意図を聞きたい』
と同盟軍人のふりをしてサウンド・オンリーで返答したのだ。
そのあまりに堂の入った演じっぷりにキルヒアイスを含むブリッジクルーは目を丸くしたらしい。
『どうだい? 私の
『先生が多芸であることは知ってましたが……まさか演技までこれほどの完成度を誇るとは思いませんでした。姿が見えなければ誰でも同盟軍の士官だと信じるでしょう』
『ま、まあ、”昔取った杵柄”というところかな?』
キルヒアイスは「先生は昔、演劇とかもかじってたのかな?」と思ったとか思わなかったとか。
ただ、この逸話に尾鰭がついて、ヤンの元に同盟に潜入工作する人員のレクチャー依頼が後を絶たなかったという。
それを受けてしまうあたり、やっぱりヤンだったりするわけで。
ただ、もし世界の修正力というものが実在するとすれば、本当に根性悪だと思う。
地獄に仏と喜んで
誰のせいでもない事故により、目の前で血族全員を失い呆然とするマルガレータ……
その姿が前世の出会った頃のユリアンに重なったヤンは放置することも出来ず、そのまま保護したのだ。
本来なら彼女はヘルクスハイマーの唯一の生き残りとして家督を継げるはずだが、現状ではあまりに危険すぎた。
そこでヤンはマルガレータの協力を得てサルベージした”公開できない話”をネタに交渉。データを十分に取った軍事機密の発生装置もそのまま軍へ返納することとした。
ただリッテンハイム侯自身はマルガレータの身の安全を保障し、何かと商売柄付き合いのある彼のことは個人としては信頼していたが、それでもヘルクスハイマーを継がせるのはハイリスクだった。
まだ年齢が二桁に乗ったばかりの幼女が、財産目当ての野獣どもに性的な意味で食い散らされでもしたら目も当てられない。
そこでヤンは妹を通じて宮廷工作を行い、ヘルクスハイマーの家督と財産/領地は陛下の名において預かり(事実上の凍結)とし、マルガレータが成人するまでは養女として自分が保護し、彼女が成人したら改めて継承するかを問うという形にしたのだ。
☆☆☆
以上のような経緯でマルガレータはフォン・ヴェンリーを経由してフォン・ローエングラムの姓を名乗ることになった。
もっとも成人したら普通にヘルクスハイマーを継承しようとは思っているが。
フォン・ヴェンリーはともかくフォン・ローエングラムなら門閥作れそうだし。
「あれ? ところで先生は?」
「お
「えっ?」
「まあ、必ずしもベッドの中とは言えないのが、お
と呆れたような表情だが平常運転モードで語る美少女。
ヴェンリーあるいはローエングラムを名乗る以上、いちいちこの程度では動じなくなるようだ。
毒されたとも言うが。
「え、えっと……」
リアクションに困るキルヒアイスに、
「しょうがないって。お養母様ってばHENTAIって名の淑女なんだし。あれ? それとも淑女って名のHENTAIだったかしら? ともかくお養母様の愛って色々重いのよ。自分に素直すぎるし……でも貴族らしいと言えば貴族らしいわね」
マルガレータはため息をついて、
「私の見立てだとお養父様って、それこそ貴族らしい特殊性癖の持ち主ってわけじゃないはずなんだけど……付き合いがいいというか。あれでお養母様にベタ惚れしてるみたいだしね。一種の”惚れた弱み”ってやつかしら?」
とマセたことをのたまうのであった。
まあ、これが彼ら&彼女らの日常といえば日常だろう。
この後、魔術師が再び姿を現すまで、マルガレータとキルヒアイスはシューマッハが気を利かせて用意したお茶で、優雅なティータイムを楽しんだという。
蛇足ながらあの事件以来、顔を合わせる機会も多く比較的歳も近いこともあり、キルヒアイスに少なからぬ好意を持っているマルガレータは終始ご機嫌だった。
基本、世話焼きはキルヒアイスのパーソナル・スキルだが、ご他聞にもれず暇があれば何かとマルガレータの世話を焼いたことも、きっとこの二人を近づけているのだろう。
まあ、未来は誰にもわからないが……なんとなく期待させてくれる
蛇足ながら……ほどなくヤンと一緒に姿を現したエルフリーデの肌が妙に艶々していたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
とりあえず登場した三人のヒロインの二つ名を、唐突に考えてみた。
嫁→”
妹→”
娘→”
ヒューベリオンがさっそく存在意義を発揮?