「『ひえー』と声にしている人は実際に見たことがない」
筆者は先日Twitter上で、そんな趣旨の投稿を見かけました。
なるほど、言われてみるとそうかもしれません。筆者も思い返してみて、世間一般で「ひえー」と言ってる人は、あまり見かけた記憶がありません。
ただし、将棋界は別です。将棋界ではプロからアマまで、驚く時には多くの人が「ひえー」と言います。実際に声に出して、そう言うのです。ためしにYahoo!で「将棋 "ひえー"」で検索してみると、将棋関係者は年がら年中「ひえー」と驚いていることがわかります。

1月31日、藤井聡太七段-今泉健司四段戦がおこなわれました。
記事を書きました。
藤井聡太七段(17)今年度勝率8割到達! 棋王戦予選初戦で今泉健司四段(46)に勝利(松本博文) - Y!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20200131-00161261/ …
その藤井七段-今泉四段戦の感想戦でも「ひえー」が聞かれました。
(AbemaTVの映像で10:01:53のあたりから)
今泉「あっちって、でも、飛車取ってったら、詰むんすか?」
藤井「あ、詰みはないと思ったんですが・・・」
今泉「いや、だから(指で盤面の左側を示して)こうしようかと」
藤井「ひえー。でもなんか、角持ってもそちらが・・・」
感想戦はこんな調子で進んでいきました。藤井七段も驚く時には「ひえー」と声にするわけです。
藤井七段が四段デビュー以来、無敗で連勝街道を突き進んでいた時、「望外」(ぼうがい)や「僥倖」(ぎょうこう)という、中学生らしからぬ言葉を使って、話題になりました。
「ひえー」は難しい言葉ではありません。しかし将棋界で一般的に使われるという意味では、「望外」や「僥倖」と同じかもしれません。
ネット中継のコメントを見ていると「控え室の検討陣から悲鳴が上がった」という定番のフレーズがあります。この悲鳴とともに起こる声はたいてい「ひえー」です。
過去の新聞観戦記を見ても、検討陣だけではなく、対局者もまた頻繁に「ひえー」「ひぇー」「ひええ」「ひょえー」などと言っていることがわかります。
筆者が調べてみた限りでは、「ひえー」と声をあげる代表格は、現在の将棋連盟会長・佐藤康光九段です。新聞データベースで「佐藤康光 ひえー」で検索しただけでも、12件ヒットしました。以下はその一部です。
それまで局後の検討を黙って聞いていた森内名人が「ここで△7四金はありませんか」と問いかけたのが図の場面。その時の両者の反応といったら……。見たこともない物体に出合ったような感じだった。「飛車を取れるんだ」と谷川。「ひえー、そんな手があったんですか」と佐藤。佐藤は「そんな手は1秒も読んでませんでした」と後に語っていた。
その瞬間、佐藤は目を見開き「ひえー」と3度も繰り返した。
▲7四銀に佐藤は「いやいやいやいや、ひえー……」とつぶやき、両こぶしで頭をコッコッコッと小突いた。
佐藤康光九段は驚きが素直に現れるタイプなのでしょう。
他の例も見てみましょう。
本譜は両者が一手ごとに「ひいー」と悲鳴をあげながら指す難しい終盤となった。(中略)またもや先崎が「ひえー」と悲鳴をあげ、頭を抱えた。
「ひえーっ」と行方が声を上げた。こちらも既に1分将棋だ。
一分将棋の行方は、「ひぇー」と悲鳴のような声を上げた。
丸山は夜食用のカロリーメイトを食べ、しきりに席を立つ。丸山がいなくなると、久保は「ひえー」「いやー」とつぶやいている。
(控え室の検討では)一手進むごとにどよめきが起き、予想を裏切る両者の指し手に「ひえーっ」と悲鳴が上がった。羽生三冠の反撃に遭い、深浦さんの攻めが途切れたか、と思われたその時、絶妙手が飛び出した。
(前略)渡辺は「ひえー」と小声でつぶやく。手にした携帯用使い捨てカイロをもみ込む。その手つきがいら立たしげだ。
△2一歩の一手とみていた渡辺は「ひぇー」と小さく漏らし、盤面をのぞきこむ。
どれもその場面の情景が浮かぶようです。
「ひえーざん延暦寺」
という言い回しは「ひえー」の派生として、昔から将棋の対局中の「地口」としてよく聞かれました。
「ひえーじままいこ」
という言い方は女流棋士の比江嶋麻衣子さん(現姓・藤田さん)に由来するもので、十数年前によく耳にしました。
では将棋だけでなく、ボードゲームをする人が全般的に「ひえー」と言うかというと、必ずしもそうではないようです。「ひえー 囲碁」で新聞データベースを検索してみたところ、将棋とは対照的に、囲碁の観戦記は1件もヒットしませんでした。
藤井聡太七段が将棋界の王道を歩む若者であることは、誰もが認めるところでしょう。そして「ひえー」と声をあげて驚く点もまた、将棋文化を忠実に受け継いでいると言えるのかもしれません。
