かつてホラーゲームは、映画作品をインスピレーションの源として、数々の名作を生み出しました。広く知られているところでは『クロックタワー』(1995)がイタリア映画『フェノミナ』(1985)から多大な影響を受けたこと。ヒロイン名「ジェニファー」を拝借し、キャラクターデザインの風貌までほぼ当て書きによって演出されています。そこまで露骨でなくとも、ワープの出世作『Dの食卓』(1995)はコッポラの『ドラキュラ』(1992)に多くの着想を得て、当時としては先鋭的な形で映画的演出をゲーム内に取り込んでいきました。
そういった時代を経て、時の洗礼を受けたホラーゲームは語り継がれ、今やクラシックと呼ばれる評価が定まりつつあります。現在、インディーデペロッパーにおいては、既存の名作ゲームを念頭に置いて行われる作品づくりも珍しくありません。『クロックタワー』トリビュートという名目でプロジェクトがはじまった本作『Remothered: Tormented Fathers(以下、リマザード)』も、一個人のクリエイターが発起人となり生み出された作品で、かの名作への敬意とプレッシャーのせめぎ合いによって成立しています。

本作は映画館でチケットを買う心持ちでプレイできます。現在、1520円(税込)というお手頃な価格でSteamに配信されており、今後はPS4、およびXbox One版などコンソール機でのリリースも控えています。これから紹介するディレクターのクリス・ダリル氏は、日本のゲームへの愛を常々口にしているので、その際は日本語版ローカライズも切に願うところ(Steam版は、日本語対応しています。彼はそのサポートを使命と感じていたようだ。グレイト!)。
『シェンムー』の新作ほどではないかもしれないけれど、当作も完成までに紆余曲折を経てきた作品です。発起人であるクリス・ダリル氏が本作のコンセプトに着手しはじめたのは、そもそも2007年まで遡ります。当時18歳、その年齢にまず驚かされます。現在のようにUnreal Engine 4によって表現されたグラフィックではなく、当初2Dスタイルを模索していたというエピソードからも、あくまで初代『クロックタワー』に忠実なホラーゲームを目指していたことが想像できます。2017年現在のインディー文化に慣れ親しんでいる我々にとって、ドット絵はある種のメンタリティーの表われとして受容できるが、その頃はかなりアウトサイダー気味であったかもしれません。日本国内においてはひたすら『Wii Sports』が爆売れしていた、そんな牧歌的な時代。クロックタワーリスペクト? エッジ、キレッキレだぜ、ダリルさん(もちろん、良い意味で)。
ダリル氏の歩みは、その後もドラマチック。2011年頃、リマザードはそのIPとしての価値を認められ、彼はとあるデペロッパーとパートナーシップを結びます。ですが、それはボタンの掛け違いに終わってしまいました。このチームとの共同作業に隔たりを感じた彼は、パートナーシップを解消し、プロジェクトの中断を決意します。ここまでは、まあ……よくある話でしょう。けれども他作品への参加を通し、彼のクリエイター人生はよりストレンジな方向へと転びはじめることとなります。『Forgotten Memories』(2015)で美術監督・コンセプトデザイナーを務めたあと、何の運命のイタズラか、かの『クロックタワー』を手がけた張本人・河野一二三氏のプロジェクト『NightCry』(2016)の参加へと至るのです。
受け継がれるジェニファーの遺伝子
いわば武者修行のような期間をくぐり抜けたのち、新たなパートナーStormind Gamesと共に作り上げられた本作。プレイヤーは、女医師ローズマリーを操り、奇病に悩まされる老博士フェルトンが住む、古びた屋敷に出向きます。物語の序盤早々、ローズマリーの真の目的がほかにあることが明らかにされます。彼女は、老博士の娘が謎の失踪をとげていることを不審に思い、その真相を探ろうと身分を偽装し潜入を図っていたのです。ローズマリーが手にした娘の写真、その裏に書かれた「ジェニファー」という名前。そう、このゲームもまた、その名をもつ少女にまつわる物語であることが宣告されるのです。受け継がれるジェニファーの遺伝子。
しかしあまり『クロックタワー』の冠にとらわれ、当作の認識を狭めてしまうのは良くないことでしょう。その実、プレイアブルキャラクターであるローズマリーは中年の女性であり、よりリアリズムに沿って状況に対処する能力を有しているので、アドベンチャー要素とアクション要素の比率が、かの作とは大きく異なっています。企画立案当初のダリル氏が持ち得ていなかった要素・ノウハウもそのキャリアから育まれ、『クロックタワー』も数あるホラーエッセンスの一部として溶け込んでいます。その要素のみを過度に期待しすぎると、コアなファンほど肩透かしをくらうことになるかもしれません。
見過ごせないのは映画『羊たちの沈黙』(1991)の影響
散りばめられたエッセンスの顕著な例として、いちばん見過ごせないのは映画『羊たちの沈黙』(1991)の影響で、ローズマリーにはクラリス(ジョディ・フォスター)が完全に憑依していますし、蛾というモチーフも、本作の世界観の根幹に関わってきます。あるいは操作系に関しては、『Friday the 13th: The Game』(2017)。これは感覚的な部分で説明が難しいのですけれど、挙動全般が同様にもっさりしていて(プレイヤーが弱者)、「逃げる」というアクションにいっそうの負荷がかけられています。インタラクトできるアイテムの種類も、かなり似通っていて、追跡者に対して、その場しのぎの回避にしかなりません。いわば防衛手段としての効力に重きが置かれているんです。これは『Dead by Daylight』(2016)に代表される非対称型対戦サバイバルホラーゲームでよく見受けられる、今日スタンダードな要素でもあります。
物語の冒頭、主人公が「ジェニファー」の名前を口にした途端、老博士フェルトンの態度は豹変し、彼女は屋敷を追い出されてしまいます。ホラーのお約束ではあるけれど、ここで素直に帰っておけよ、と誰もがツッコミを入れたくなるところですが……。さあ悲劇の幕開け、今度はこっそりと屋敷内に忍び込び、ローズマリーはそこで図らずもフェルトンの妻の死骸を発見してしまいます。死後相当の歳月が経過しているのは明白で、腐敗が進み、なぜか大量の蛾が集っています。そこに、日中とは打って変わり錯乱した様子のフェルトン(しかも、全裸にエプロン姿)が現われ、彼女はクローゼットに隠れなんとかやり過ごそうとします。ここから、ローズマリー=逃亡者/フェルトン=追跡者という構図が始まります。製作者の意図したゲームプレイの本番です。

このゲームは、ざっくりいうと2つの要素が根幹を成しています。屋敷からの脱出を最終目標としながらも、フェルトンの娘、セレステ失踪の真相を探るアドベンチャーパート(さらに、「ジェニファー」とは誰を指すのか? そう、フェルトンの娘の名は、なんとセレステであると語られるのです。この齟齬が物語の肝となります)。もう一方は、追跡者となったフェルトンから見つからないよう、状況判断を試されるアクションパート。屋敷は主として3階層に分かれていて、マップ表示はありません。主人公とプレイヤーは、同じ立場。自分の足で屋敷を探索しながら、覚えていくしかありません。
おまけに、オートセーブされるシーンは限られているので、こまめにセーブポイントに出向かないと、無残なやり直しを食らうことになります。かつ、セーブポイントは絶妙に少なく絶妙に行きにくいという、まさにオールドタイプのゲームに忠実なやきもきとさせられる仕様。物語は一夜に起こった出来事で、プレイ時間もそれに沿っています。おそらくこれは、かなり意識的に設定した要素ではないでしょうか。真夜中からプレイ開始すれば、臨場感は抜群。私の場合、数十回とゲームオーバーを繰り返して7時間ほど。ホラーゲーム慣れしている人なら、もっと短い時間で堪能できるかもしれませんね。シンプルなゲーム性とその価格からすれば、相応なバランスです。

薄暗い屋敷では、クリーチャーが出現するなどの非現実的な現象は起きません。けれども、老人のほかには誰一人いない、私たち2人きりなのだ、という逆説的な恐怖がプレイ中にずうっとつきまとってくる。年季の入った屋敷の床はきしみやすいので、私(プレイヤー)は老人の足音に耳をすませて、相手から悟られぬようゆっくり動くことを求められます。軽率にダッシュなどすれば、すぐにフェルトンはローズマリーの位置に気づいてやってきます。それはもはや老人だと侮れない、恐怖のスピードで。凶器を振り上げ迫りくる老博士の形相に、屋敷の捜索のモードはすっかり吹き飛ばされ、本気の追いかけっこが始まることでしょう。

ドキドキとイライラの狭間で、追跡者に出くわさないことを祈りながら、次のドアを開けていくカタルシス
そんなわけで、この屋敷を脱出するためのキーアイテム探しはなかなか捗りません。一旦、逃げおおせたとして、警戒心を抱いた老人が循環する中でアイテムを探さねばならない緊張感は、プレイヤーに嫌な汗をかかせます。アイテムは数多くあり、確かにプレイヤーを助けてくれます。しかし同時に、至るところに散らばりすぎているので、キーアイテムが見つかりにくい状態でもあり、いわば神経衰弱ゲーム状態にもなっています。「ない! ない!」と思いながら、部屋から部屋へ。焦る焦る。だが走れない……。ドキドキとイライラの狭間で、追跡者に出くわさないことを祈りながら、次のドアを開けていくカタルシス。もう、あなたの感覚はすっかりホラーの世界に迷いこんでいることでしょう。ここでひとつアドバイス、ドアはゆっくり開けよう。ドアの先には、悲劇のはじまりが待っているかもしれないのですから。

3部作として構想されているリマザードサーガ。本作のヒロイン、ローズマリーは昨今あまり見受けられなくなった、「銃を撃たない」タイプの女性キャラクター。それはディレクターのクリス・ダリル氏がイタリア人であること、ひいては日本のホラーゲームを熱心にリスペクトしていることに根差しているのかもしれません。そう、海外開発のホラーゲームで、「銃を撃たない」ヒロインという人物像は、これという前例が思いつかない(「思いついたよ。あれがあるじゃん」という人がいたら、今回ぜひともコメントを残していただけると、うれしいです)。ジェニファー、ローラ、『DEMENTO』のフィオナ、トワイライトシンドロームシリーズ、零シリーズ、それこそ日本発のホラーヒロインを挙げていけば、キリがないんですけどね。

ローズマリーの魅力はやや正統派ヒロインから外れているところ
あくまで個人的な好みもあるでしょうが、本作ローズマリーの魅力は、戦闘訓練を受けていない民間人で(学者タイプで、運動神経はイマイチ)、三十代半ばは過ぎた中年女性であること(まるきり少女性はない)、煙草をワイルドにひっきりなしに吸う様(とてもクールだ)などなど、やや正統派ヒロインから外れているところにあります。作中の会話、朽ちた文書などの様子からは、本作が比較的70年代というカルチャーにフォーカスを当てた作品だという印象。その時代を題材にした映像作品に関心をもつ人などは、ローズマリーというキャラクターに親しみを持てることでしょう。つまりそのヒロイン像とは、勇敢にサヴァイヴする「銃を撃つ」タフなヒロイン像のひな型、映画『エイリアン』(1979)以前の、サイコホラーが芽吹きつつあった『エクソシスト』(1973)から『ハロウィン』(1978)頃までの、女性としての身体性を残しつつも、悪役を引き立てる魅力も持ち得るという、絶妙なバランスで成り立っていた彼女たち。そんなローズマリーがこの屋敷に導かれた運命は、ゲームプレイで明らかになるのでぜひとも見届けてほしい。
最後に、『Remothered: Tormented Fathers』というタイトルについて。この字面からゲームの内容が分かりづらいのが、勿体なくてならない。損してますよね。あくまで希望的観測ですが、もしもコンソール機の日本語版がリリースされたときにはあらためたほうが……この作品、もっと多くの人々の目にとまると思うのです。タイトルはおそらく造語なので活かすとして、「リマザード:苦しんだ父親」。これが直訳となります。なのでやや踏み込んで、「リマザード:父をやめるまで」としたら、どうでしょう。より内容が気になってプレイする人が急増すればいいのですけれど。思わせぶりで、じれったいです? ごめんなさい、意地悪して。けど、だったら成功です。