photography Giovanni Bozzoli

多様性と解放:音楽フェスは社会を変えるか? イタリア篇「サトゥナリア」

時代は空前の「音楽フェス・ブーム」に突入。コーチェラなど海外フェスもすっかり馴染みのものとなった。本シリーズでは世界の知られざる音楽フェスを紹介していく。第一弾は、ミラノにあるスクワットの文化施設MACAOで開催される〈Saturnalia(サトゥナリア)〉。

photography Giovanni Bozzoli

高度資本主義社会における音楽フェスティバルというのは、主催者がエンターテイメントとしての音楽をプログラム・提供し、それに見合う対価を支払って観客が集まり、受動的に楽しむというモデルが当たり前となっている。

近年は世界各地で多様な目的やスタイルのフェスが開催され、「フェスティバル・ブーム」とも言えるような様相を呈している。現在ではその多くが商業化され、開催地の観光業や町おこしも巻き込んだ一大事業と化しているが、世界的に有名なフェスティバル、例えばフジロックが手本としている英〈グラストンベリー〉や、最近ではシリコン・バレーのテック・ベンチャーのエリートたちもこぞって行っているらしい米〈バーニングマン〉などは、元々参加者の常識や先入観をひっくり返すような、ある種のユートピアを日常とは離れた場所に、一時的に出現させるものだ。

そこで集団的な一体感を共有し、既成概念を覆すような表現を見て、普段は接しないような人たちと交流することは、単なる現実逃避ではなく、日々の生活や習慣を見直し、偏見や先入観、現行の社会規範を問い直すきっかけになる。そう考えると、たとえそれが数日間の体験だったとしても、音楽フェスティバルというのは社会に変革をもたらすことができるのではないだろうか。

日本でもGEZAN主催の〈全感覚祭〉やTurtle Island主催の〈橋の下世界音楽祭〉、〈THE M/ALL〉などは、まさにそれに挑戦している例だと言える。おそらく私たちが知らないだけで、世界のいたるところでこのような催しが行われているのだろう。

この全三回のシリーズでは、筆者がここ数年で体験したフェスのなかから、特に野心的でビジョンを持った国外のフェスティバルを紹介する。第一回は、イタリアはミラノで開催される〈Saturnalia(サトゥナリア)〉だ。

saturnalia-2019, サトゥナリア, ミラノ, イタリア, レイヴ, 音楽フェス

Saturnaliaのことを初めて知ったのは2017年の6月末、開催直後だった。〈Terraforma〉という、これまたセンスが良く意識の高い、ミラノ近郊の夏の野外フェスティバルで会った音楽業界で働くドイツ人の友人が、興奮気味にその前週に開催されたSaturnaliaのことを教えてくれた。「あらゆる種類の人たちが混ざっていて、内容もむちゃくちゃ尖っている。絶対好きだから行った方がいい」と勧めてくれたのだ。

信頼できる友人の勧めだったので、もうこの時点で2018年はSaturnaliaに行くと固く心に決めていた。そして2018年の6月に初めて会場である〈MACAO〉を訪れ、Saturnaliaを体験し、私は完全にこの場所とその精神、それを運営する人々の虜になった。

サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Pier Paolo Moro

MACAOは自らを「芸術・文化・リサーチのための新センター」と呼ぶ、スクワットの文化施設である。「スクワット(無断占拠)」という概念は日本では馴染みが薄いが、ヨーロッパでは特にオルタナティブな文化シーンにおいて非常に重要な運動として誰でも知っている。

端的に言えば、空家や廃墟を所有者や行政の正式な許可を得ずに勝手に使用/占拠することだが、ヨーロッパの多くの国では、一定期間占拠するとそこに居座る法的権利が発生するという、占拠者の側を守る法律もある。筆者が在住するベルリンはかつてスクワットのメッカの一つであったし、現在もいくつかは存在している。「学生の頃はスクワットに住んでいた」という人にもぼちぼち出会う。

ただ歴史的にはスクワッティングに寛容であったイギリスやオランダ、ドイツでも、ジェントリフィケーションによる地価高騰などを受けて、強制退去に追い込まれるケースも多く、近年ではめっきり数が減ってしまった。現在も占拠を続けている人々は、政治運動として関与していることがほとんどで、DIYカルチャーやアナキズム運動と密接に関係している。MACAOも例外に漏れず、実はいつ強制退去に追い込まれてもおかしくない状況で、ずっと運営が続けられている。

サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Carlotta Menozzi
サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Carlotta Menozzi

MACAOは観光客で賑わう市街地の中心部の東側、プラダ財団美術館の少し北に位置する、元食品市場の屠殺場跡地にある。広大な市場の敷地内にあるほとんどの建造物が、荒れ果てた状態で今も空家だ。夜はお化け屋敷にしか見えないようなところである。

表にバナーが掲げられた、大通りに面した入り口を入ると、すぐにメインホールにつながっている。柱で囲まれた2階まで吹き抜けになっているこの大きな部屋には、時間の経過の重みと不思議な厳かさが漂っており、思わず息を飲む。映画か演劇のセットのようで、非現実世界に入り込んだみたいだ。

この部屋の右側にはもう一つ中くらいの部屋があり、正面には小さな部屋が二つ、左手の階段を降りると地下の屠殺場、階段を登るとインスタレーションが設置してある屋根裏スペースがある。さらに建物を抜けて裏口から出ると、かなり広い中庭が広がっており、背後の広大な市場の廃墟が見渡せる。

MACAOは2012年からこの建物を占拠し、先進的な文化・政治プログラムを提供する公共スペースとして有志たちによって運営されてきた。MACAO自体は必ずしも毎日ではないが通年でハードコアからアンビエントまで、音楽やダンス、ワークショップといった文化・芸術プログラムが多数展開されており、Saturnaliaは年に一度の集大成的なフェスティバルである。

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photography Giovanni Bozzoli

出演アーティストの一人とまだ開場準備中のMACAOに着くと、フレンドリーなスタッフが受付をしてくれて、どこから来たのか、MACAOは初めてか、といった他愛のない会話をし、その中で私は特に考えもせず、「あなたはどのくらいMACAOで働いているんですか?」と質問した。これに対し、大学生くらいの意志の強そうな目をした受付係の女の子はきっぱりとこう言った。

「ここで働いている人は誰もいません。みんなアクティヴィズムとしてやっていますから。これは仕事ではありません」

私はハッとさせられた。これに最も近いものでは、ベルリン近郊の自称「共産主義フェスティバル」の〈Fusion〉や、アムステルダムの〈OT301〉という元スクワットの文化施設は訪れたことがあったが、イタリアでも最も裕福できらびやかなミラノという街に、仕事でもなく、(経験を積むための)ボランティアやインターンでもなく、アクティヴィズムとして音楽フェスティバルの運営を進んでやるという若者が、これだけ存在し結束している場があることに衝撃を受けた。聞けばミラノは、伝統的にパンクやアナキズム運動が盛んな都市であったという。

サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Alessio Costantino
サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Alessio Costantino

その伝統を受け継ぎ、Saturnaliaのプログラムには、建物の地下にあるタイル張りの屠殺場にパンク/ハードコア・バンドが立て続けに登場する。例えば今年はこの部屋でPrison Religionを見た。他には、例えばタンザニア発の高速ストリート・ダンス・ミュージック、シンゲリの代表的にアーティストであるDJ DUKE & MCZO、ブリストル・ダブの進化系を提示しているレーベルBokeh VersionsFuckPunk/NoCornerのジョイント・ショーケースにBokeh Edwards、Ossia、Kinlaw & Franco Franco、Spiritfleshなどがラインナップ。

MACAOの運営には、これらのレーベル・アーティストの作品も多数発表しているHaunter Recordsの共同設立者も中心的な役割を担っている。かと思えば、初日メインホールのオープニングは、パリのマルチ・メディア・アーティストAlexandre Bavardによる荘厳なパフォーマンス・ピースBulkyや、Mark FellとダンサーJustin F. Kennedyによるコラボレーション・パフォーマンス『XXYZZY』などもあり、またポーランドのMorgiana Hz、パリのCrystalmess、UKのLOFTre:niといった女性アーティストも多く招聘しつつ、地元のMACAOコレクティヴのメンバーでもあるPiezoArcangeloも抜かりなくフィーチャーしたプログラムとなっていた。

日中にはカフェ・スペースでワークショップやディスカッションがあり、今年は「AI」「実験音楽における女性の連帯」「レイヴの権利」といった興味深いテーマが取り上げられていた。

Saturnalia-Bulky, サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Sasha Stavnichuk
Pier Paolo Moro, サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Pier Paolo Moro

このようなトピックを取り上げ、似たような出演者をラインナップしているフェスティバルは、ヨーロッパには他にもたくさんある。ではSaturnaliaの何が他と違うのか? それはその徹底ぶりである。入り口で渡されるプログラムや会場内には、以下のステートメントがはっきりと書かれている。

MACAOはみんなのために、みんなの手で作られたスペースです
私たちは身体の解放を推奨します
私たちは多様な魂の出会いと交流を促進します
私たちはあらゆるタイプのジェンダーとセクシュアリティと表現の自由を称賛し、
”異花受粉”を個人および集団の成長を促す最上級の知識のあり方として推奨します
MACAOはクィアで、パンセクシュアルで、変態的で、多形的であることに誇りを持っています
この空間に足を踏み入れることは、あなたもその中に居る身体と感性に
絶対的な敬意をもって関わることを約束することです
MACAOはいかなる差別、辱め、いじめ、性別に基づく暴力または嫌がらせの一切を容認しません
またあらゆる形態の抑圧と支配を拒絶します
私たちの意図をここに書き出すだけでは、これらの問題は消滅しません
この空間を通過するすべての人に、あらゆる形態の暴力を回避および防止し、誰かがそれを指摘した場合は、それを止めるよう対応する責任があります
より安全なスペースは、集団的協力によって構築されます
ここにいる私たち全員が、自分自身の行動に責任を持ちましょう
攻撃のリスクを減らすため、協力し合いましょう
私たちはあらゆる抑圧のシステムを認知し、拒絶します
フェスティバルの開催中、ボランティアのTake Careチームを簡単に見つけることができます
(分かりにくい場合は、入り口またはバーでお尋ねください)
彼らはあなたや、助けやアドバイスが必要な全ての人たちのためにここに居ますので、
いつでも気軽に話しかけてください
MACAOはあなたを歓迎します。私たちとここにいるすべての人々と共有する時間を楽しんでください!

そもそも母体がどこにも”公的”な登録や許可がないスクワット集団なので、当然のことながらスポンサーはいないし公的助成金もない。出演者やそのエージェントなどにもその特殊な状況が説明され、理解した上で出演しているのだ。

なるべく多様な社会階層やコミュニティの人に来場してもらうため、チケット代は最低限に抑えている。3日間のパスが25ユーロ(約3千円)、初日木曜日のデイチケットは5ユーロ(約600円)、金・土曜それぞれのデイチケットは10ユーロ(約1200円)となっている。

そのため、アーティストの出演料も低い。だから、出演しているアーティストも、基本的には趣旨やMACAOの活動に賛同する人たちだ。今年はのべ三日間で約4000人が訪れたという。

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photography Sasha Stavnichuk

プログラム内容は挑戦的なものばかりで、決して分かりやすくはないのだが、実際に来場している客層を見てみると、実にバラエティーに飛んでいる。決して文化偏差値の高いエリートやニッチな物好きだけに向けてやっているわけでないのだ。やや年配のアナキストやヒッピーみたいな人たちもいれば、ごく普通の「出演者は誰も知らない」という大学生や専門学校生もたくさん来る。

イタリアの他の都市からも、音楽や文化事業に関わる人たちも来ているし、ミラノ在住の移民の若者、奇抜なファッションの美大生やアーティストも。そういった様々なコミュニティの人たちがフラットに混ざり合ってフェスティバルを楽しむ様子は、実に美しい。

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photography Sasha Stavnichuk

しかし、そうしたことが可能なのは、主催者側の不断の努力があるからだろう。入場料を下げ、敷居を下げ、あらゆる人を受け入れて「自由」を掲げながら、アルコールやドラッグが消費される会場敷地内の安全を維持し、トラブルを回避するのは容易なことではない。スリや痴漢のような犯罪や単なる個人間のケンカも起こり得るし、トランスジェンダーや有色人種の人たちに差別的な言動をとる者も出てくるかもしれない。しつこいナンパで嫌な思いをする女子もいるかもしれない。

流動的ではあるが、Saturnaliaの運営にはおよそ100名が運営に関わっており、中心メンバーは約20名だという。彼らは、どのようにこれに取り組んでいるのだろうか?

「極力誰も排除しない。理解を求めるよう努力しています」と説明してくれたのはコアチーム・メンバーの一人、フランチェスコだ。ステートメントにもあるように、彼らはMACAOメンバーと有志によるTake Careというチームを組織。全員が基本的な考え方と応急処置のトレーニングをした。

Take Careのサインをつけたメンバーが会場内を(フェスティバルを楽しみながら)巡回しており、トラブルがあった場合は、まず事情を聞いて話し合ってみる。明らかにどちらかに非があったとしても、その人を排除する(追い出す)ことはしない。その人にもフェスティバルを楽しむ権利があること、楽しんで欲しいことを説明し、そのために他の人たちをリスペクトしてほしいと伝える。

どうしても退場してもらわなければいけない場合は、入場料を返金して帰ってもらう。過去にはそういう事例もなかったわけではないが、年々減ってきたという。今年は外部から雇ったプロのセキュリティーは数人のみで、主にピークタイム時のエントランスと出口の管理を手伝ってもらったというが、会場敷地内はTake Careチームだけで対応したそうだ。

「迷惑な人をただ追い出すだけでは、そこでコミュニケーションが遮断され、分断されるだけ。根気よく、なぜそれが迷惑なのかを理解してもらい、フェスティバルを楽しんで帰ってもらえたら、それは小さな変化を起こしたことになる」

ちょうどその頃、日本では都内のクラブでハラスメントを受けた女性のことが話題になっていて、クラブやセキュリティーの責任が問われていた。その後、クラブ側からはセキュリティの教育の徹底と基本的には「強化」の方向性が声明として出されていたので、それもあって、このTake Careのアプローチは「目から鱗」だった。

加害者をつまみ出すのではなく、主催チームが自らセーフスペースの重要性を説明して理解してもらう、という根気のいるアプローチは全く思いつかなかった。安全な空間を実現するためには主催者だけでなく、その場にいる全員が協力し合わなければない。真の意味でのダイバーシティ(多様性)とインクルーシビティ(包括)を実現するためには、誰も排除しないことを目指すことが重要なのだ。

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さらにSaturnaliaの凄いところは、これを人里離れた砂漠や山の中で実験的にユートピアのモデルを出現させるのではなく、大都会のど真ん中、日常の生活圏の中で実践していることだ。しかもフェスティバル期間中だけでなはく、MACAOは通年でこれに取り組んでいる。

最後に、昨年末に完成した2017年のSaturnaliaの様子をまとめたショート・ドキュメンタリーがあるので、ぜひご覧いただきたい。MACAOとSaturnaliaの雰囲気や姿勢がよく伝わる内容だったので、特別に日本語字幕をつけて公開させてもらう許可をもらった。昨今話題となっている音楽や芸術と、政治や権力との関わりについて、インスピレーションを与えてくれる内容だと思う。

※日本語字幕は「字幕」ボタンを押すと表示されます

黒人ゲイ男性たちを写した実験ドキュメンタリー『タンズ・アンタイド』は何が革新的だったのか?

昨年公開30周年を迎えた、米映像作家マーロン・リグスの『Tongues Untied/タンズ・アンタイド』は現在世界中で再評価や特別上映が進んでいる。本作は何が画期的だったのか? 『ムーンライト』の先駆けともなった歴史的重要作の試みとは。

2019年に公開から30周年を迎えた、アメリカの映像作家マーロン・リグスの代表作『Tongues Untied/タンズ・アンタイド』は、アメリカで黒人ゲイ男性として生きる人々の経験を描いた革新的な作品と言われる。

タイトルを直訳すれば「ほどかれた舌たち」となる。口の中でギュッと結ばれていた舌をほどき、口々は話し始める。黒人ゲイ男性たちのその姿、声、言葉、表へと出された感情を捉えたのが本作である。

この映画を、公開当初の1989年に見たという、アーティストのテーリ・テムリッツは近年こう振り返っている。「この映画は、繰り返される無視と沈黙の合間で自己愛を求めて上げられた叫び声の集まったものだった」

アメリカの黒人が置かれた状況というと、白人中心の主流社会との関係をまず思い浮かべる人も多いだろう。しかし本作が焦点をあてるのはブラック・コミュニティである。そこでゲイはいないものとされていた。公然とホモフォビックな言葉を浴びせかける「同胞」たちもいた。

同性愛は罪であると熱心に説教する黒人牧師。「伝統的」な家族や性のあり方を固守しようとするブラックナショナリスト。彼らが投げつけてくる、答えようのない問いーーお前は「黒人であることとゲイであること」そのどちらを選ぶのか? この時期のアメリカを襲っていたエイズ危機は多くの命を奪い、このようなホモフォビックな声をも大きくしていた。

詩のビジュアル化

そんな中でも黒人ゲイ男性たちはたしかに生きていた。リグスが注目したのは、彼らの中に、詩を通して自らの経験を語る声が現れ出てきたことだった。

1985年から86年頃の彼らにとって、黒人かつゲイというアイデンティティを表現する主要な表現手段は詩であり、そこではあらゆる形式や表現が用いられていた。リグスは黒人ゲイの声が表現された詩やショートストーリー、実験的なエッセイが収められたアンソロジーに次々と目を通し、これらの詩人たちに関する作品を作ることを思いつく。そして、詩の映像化という困難な課題に、ありったけのクリエイティビティを注いでいった。それまで詩に親しみがなかったというリグスも、彼らに触発されながら自らも黒人ゲイの一人として自伝的文章を書き、作品へと組み込んでいる。

マーロン・リグス, Tongues Untied, タンズ・アンタイド, 日本, 上映
Signifyin' Works

その成果は本当に見事なものだ。〈ニューヨーク・タイムズ〉紙は昨年、『Tongues Untied』公開30周年の特集上映プログラムを取り上げた記事でこう評している。

「マーロン・リグスの名前を聞いたことがない人は、どうして今まで知らなかったのか不思議に思うだろう。なぜこんなに賢明で先見の目がありフランクで赤裸々で好奇心をそそり、そして深くて勇敢なーーしかも笑える!ーー作家がアンテナに引っかからなかったのかと」

“乱交的”なまでの編集

リグス自身完成したこの作品の美点として「容赦のない正直さ(brutal honesty )」を持つことを挙げている。黒人でゲイである体験について「包み隠すことがなく」語ること。それがブラック・コミュニティにとって無いことにしたいようなものであっても、勇気を持って、それぞれの個人の視点から事実を語ること。

リグスは、彼らの用いる詩的な言語がコミュニティ内でしか通じないようなものであっても、それをそのまま映像に、オーディオトラックに刻み込んでいった。

『Tongues Untied』が取り上げる語りの方法は、詩だけに留まらない。黒人ゲイ男性がよく行う体の前で腕をしなり指を鳴らすスナップ、またヴォーギングダンスのようなサブカルチャーの身振り。黒人文化・芸能のど真ん中から引用される伝説的女性アーティストたちの歌声や、ドゥーワップ形式のコーラスグループが歌うオリジナル曲。あるいはラップのようなパフォーマンスもある。

マーロン・リグス, Tongues Untied, タンズ・アンタイド, 日本, 上映
Signifyin' Works

この作品が多様な表現形式の断片から組み立てられていることについて、リグス自身は「私は形式の選択について“乱交的”だった」とゲイカルチャーの言葉遣いで言っている。

また、本作編集中にラフカットを見たある人が、短いクリップをリズミカルに洗練されたスタイルでつないでいく編集についてだろうか、「これはMTVみたいだ!」と言ったのに対して、リグスは「MTVのように見えたとしても僕は気にしない。それがうまくいっているならば、それで構わないよ」と語ったという。

たしかに本作は、黒人ゲイ男性の多様な経験をさまざまな形式で語るスケッチを、リズム感よくつないで見せていくことで、刺激的で引き込まれる視聴体験を生み出している。

“沈黙”は破られたか?

2016年に公開されアカデミー賞で作品賞も獲得した映画『ムーンライト』。黒人のゲイである少年の成長を描いたこの作品の革新性を語るi-D USのレビューのなかで、『Tongues Untied』は黒人ゲイのアイデンティティを深く探った重要な先行作品として言及されている。

「アメリカが続ける"残忍なまでの沈黙"を打ち崩そうとした」作品であると。しかし、レビューはこう続く。「公開された1989年以降、映画界において性的・人種的相違についての沈黙が続いた」

いったいどういうことだろう? 「ほどかれた舌たち」によって沈黙は破られたのではなかったのか? 彼らは声を上げ続けているが、人々は耳と口を塞いだまま、というように単純に捉えることはできない。

「Your silence will not protect you(沈黙はあなたを守らない)」という、近年の日本で、社会で声をあげることを励ますように広まったフレーズがある。その引用元であるオードリー・ロードは、公民権運動やフェミニズムに関わり活躍した非白人のレズビアン詩人として、後進の若い黒人ゲイ男性が詩を書くことにも大きな影響を与えた。実際に本作にも、その名の言及はないもののロードの引用を皮切りに、沈黙の社会的・政治的・心理的メカニズムが語られる場面がある。

『Tongues Untied』を見ることは、沈黙を破る行為が形を変えながら繰り返しパフォームされるのを目撃することだ。しかし同時に、沈黙の構造やその複雑さを掘り下げる語りを辿っていくこともできる。それは本作公開後の30年間に起こった/起こらなかったアメリカ社会、人々の考えの変化を捉えていくことにつながるはずだ。そして、沈黙のなかにいる人々がアメリカの/黒人/ゲイ男性に限らないことに気がつくことになるだろう。


『Tongues Untied/タンズ・アンタイド』特別上映
日時:2020年1月13日(月・祝) 14:30~16:30(14:00開場)
入場料(会場で選択いただき、その場でお支払いいただきます)
・2500~3000円 『タンズ・アンタイド』+『知られざる結末、斬新な幕開』資料込み|料金スライド式
・2000円『 タンズ・アンタイド』資料込み
・1500円 22歳以下|『タンズ・アンタイド』資料代込み
会場:日比谷図書文化館 日比谷コンベンションホール(東京都千代田区日比谷公園1-4)
予約ページ:https://forms.gle/193Hm3TAAFUe...
主催:Normal Screen|C.I.P. BOOKS
連絡先:normalscreen@gmail.com

同時上映:『知られざる結末、斬新な幕開け』
リグスのレガシーをさらに発展させる現代のアーティストによる映像7作品。ミッキー・ブランコ、ブロンテス・パーネル、シェリル・ドゥニエらがアメリカ黒人コミュニティにおけるHIV/AIDSの影響を大胆に映しだす。

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NulbarichのフロントマンJQが語る、ミュージックとファッションの相思相愛

結成からわずか2年で武道館公演を成功させたバンド、Nulbarich(ナルバリッチ)。今月ミニアルバム『2ND GALAXY』をリリースしたばかりの彼らだが、流動的なメンバー構成などによっていまだに謎の多い存在でもある。中心人物であるJQにその“謎”の正体や新譜、日本固有のファッションと音楽の関係を訊いた。

2016年、デビューシングル「Hometown」がラジオのヒットチューンになったことを皮切りに、スターダムを駆け上がったNulbarich。2018年は武道館公演を成功させ、今年2月には3枚目のフルアルバム「Blank Envelope」、続く11月にはミニアルバム「2ND GALAXY」をリリース。さらにきたる12月1日にはさいたまスーパーアリーナでワンマンライブを開催予定だ。

フロントマンのJQは、流麗な歌声だけでなく、その個性的なファッションスタイルも注目されている。その一方でメンバーのキャリアなどは謎に包まれており、ミステリアスなバンドでもある。そこでワンマン前のJQを直撃し、Nulbarichについて、そして自身のクリエーションにとって必要不可欠だというファッションについて話を伺った。まずは、今回の撮影を担当したフォトグラファー・青木柊野が21歳だったことがトークのきっかけに。

ティーンの頃からファッションクレイジー

━━21歳のときって何してましたか。

JQ:何していたんだろう。もう音楽活動はしていましたね。もともと自分で歌っていたわけじゃなく、プロデューサーや作家として活動していて。稼いだお金を全部服につぎ込んでいたんじゃないかな(笑)。20歳過ぎから、作曲でなんとなく食べられるようにはなっていたから、ショップに通いつめて、ファッションブランドの展示会に行きまくってた。

━━当時はどういうブランドが好きだったんですか?

JQ:中学の頃からスケーターだったので、割とストリートっぽいブランドがずっと好きですね。当時はDELUXEのデザイナーのHUEさんや、スタイリストの高橋ラムダさんに影響を受けていました。いわゆるアパレルの中の”カリスマ”たちに憧れて、展示会にどう潜り込もうか試行錯誤してましたよ。Sasquatchfabrix.とかWACKO MARIA、BEDWIN & THE HEARTBREAKERS、ちょっと新しいですけれどBlackWeirdosももうずっと好きですね。毎週末は渋谷や原宿で服を見るというのが中高時代の定番でした。

━━ご自身の進路としてはファッションでなく、音楽だったんですね。

JQ:洋服を作ることにあまり興味なかったんです。それより、すごい人が作ったものを着たいという(笑)。

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━━20歳ごろからすでにミュージシャンとして成功していた中で、2016年になってからバンド活動を始めたきっかけは?

JQ:作家の仕事を通して仲良くなったミュージシャン達と飲んだり遊んだりする中で、いつかバンドを組んでみようという話はしていたんです。それが実現したのがたまたま2016年。「ちょっとやってみない?」と言って作った曲が、ラジオでドーンとかかって。僕たちとしては「やばい!まだアーティスト写真ない」「じゃあロゴ、キャラクター作ろう」みたいな(笑)、レギュレーションも何もない状況でした。

━━固定のメンバーはいるんですか。

JQ:10人ぐらいですかね。だいたい各セクションに2人かな。ドラム2人、ベース2人みたいな感じです。メンバーの中には、プロのミュージシャンとして活動しているメンバーもいるので、今回は3人でとか、今回は4人でやってみるとか臨機応変なんです。みんなで「これいいよね」という曲を作ったら、それをどう遊ぶかがメインで。だから、その時の参加メンバーで、作る音も全然変わる。同じセクションでも、オルガンあがりの奴もいれば、ジャズピアニストもいるっていう感じなので、別のメンバーが入るだけでバンドがガラッと変わるんです。むしろその変化が肝ですね。でも、今のところこういうスタイルをうまく世の中に説明する言葉がなくて。バンドじゃないと言われたらバンドじゃないかもしれないけれど、でも僕たちはバンドだと思っています(笑)。

━━それだけの個性が集まっていると、1つの作品を作り上げるときにうまく噛み合わなかったり、衝突したりしないんですか?

JQ:逆に、みんな「俺やりたい! 俺やりたい!」みたいなのはあまりないんですよね。この曲は誰と作ろうかということで揉めたこともないし。そもそもそれぞれ好きな音楽が全然違うんですよ。唯一いいよねって重なる部分、僕たちの共通言語がブラックミュージックなんです。そこは世の中の他のバンドの人たちとわかりやすく違うところだという気がしますね。そういうバンドだからこそ、1つのアルバムの中でも楽曲の振り幅が広いんだと思います。

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ソロよりバンドなのは、みんなとやったほうが楽しいから(笑)。

━━ソロプロジェクトではなくて、あえてバンドの形を選んだのには理由があるんですか?

JQ:みんなとやったほうが楽しいから。ほんとそれだけですね(笑)。そもそも表に立つつもりで音楽をやっていなかったので、1人だったらこういう形の音楽はやっていないと思うんですよ。中学生の「バンド組もうぜ」みたいなノリから始まって、ありがたいことにデビューしてから2年で武道館ライブができて。友達とアパレル始めたらそれがバズっちゃったみたいな感覚があります(笑)。

━━メンバー間のハブになっているのがJQさんということなんでしょうか?

JQ:僕が声をかけたということもあって、メンバーの中で共通の友達が多いのが僕っていう感じかな。お互いに存在は知っていたけど、まさか一つのバンドを組むとは思っていなかった人たちもいて、そういう意味では僕を通して矢印が結びついたメンバーは多いと思う。彼らがすごくフレッシュにケミストリーを起こしていく感じは、僕としても想定外ですごく面白い。

━━他のメンバーは顔出ししていないですよね。

JQ:他の活動をしているメンバーが多いので、レギュレーション上、顔出しや名前の公表などは控えているんですよ。でも、ライブには普通に出ていますし、全然隠してはいないです。音源だけを聞いている人は実態をつかみにくいのかな。デビュー時に先入観なしで音源を聞いてもらえたというのは、僕ら的にプラスだったとは思いますけどね。

━━アルバムごとの印象も全く違いますね。

JQ:そうですね。1st、2nd、3rdのどこから聞いたかでも、イメージは全然違うと思う。このメンバーで、このスタイルだからこそ生まれるケミストリーを毎作楽しんでほしいですね。

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━━先ほどもおっしゃっていたように、一曲一曲の音楽性にも振り幅がありますよね。それらをアルバムとして編む場合、グランドコンセプトみたいなものに則るというより、作った曲をどう並べるかが重要になってくるんでしょうか。

JQ:そうですね。僕はDJでもあるので、曲順にはこだわりがあります。とはいえ、今回のミニアルバム「2ND GALAXY」は、さいたまスーパーアリーナでのライブが発表された後に作っているので、その影響を受けているとは思いますね。あえて意識するようなことはなかったけれど、その事実は消しようがない(笑)。だから今まで以上の規模のステージで、わかりやすくちゃんと多くの人に届けることが大前提だ、という意識は自分の中にありました。こうやって振り返ってみると、前の作品よりも音数も少なくシンプルで、大きいところで鳴ってもごちゃごちゃしないようなアレンジになっていると思います。

━━さいたまスーパーアリーナ、大きいですよね。

JQ:でかいですね。ぼそぼそMCしたら、ブォンブォンブォンってなっちゃって、聞き取れなさそう(笑)。

━━確かに(笑)。どんなライブになる予定ですか。

JQ:スーパーアリーナとなれば、もうお祭りですからね。超贅沢なホームパーティーみたいな気分です。

ファッションとミュージックの深い関係

━━ライブの衣装もご自分でお選びになっているそうですね。

JQ:はい。初期は全部自分でスタイリングしていたんですけれど、今は一緒に仕事がしたい一心で、高橋ラムダさんにお願いしています。ラムダさんと一緒に服を選ぶとか本当にやばい(笑)。常に刺激をもらっていますね。次のライブの衣装は今絶賛話し合い中。ステージ上で映えるものを選ぶのは、普通の服を選ぶのとは全然違うんですよ。例えばそのステージの照明は、シンプルなのか、LEDが後ろにバンってあるものなのか、赤が強めなのか、とかね。さらにステージチェンジするとなると、また選ぶ服も変わってきちゃう。

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━━JQさん、なんだか楽しそうですね(笑)。

JQ:めっちゃ楽しいですね(笑)。常に音楽のことを考えているから、ファッションは最高の息抜きです。ラムダさんと一緒にパリコレのルックを見て「これいいよね」「これやばかったね」ってお酒を飲みながら話すのは本当に楽しい。今でもお付き合いさせてもらっているアパレルの先輩方も、普段音楽では得られないインプットをくれるので、すごくいい刺激になっています。

━━JQさんが音楽を続けていく上で、ファッションは欠かせないものですか?

JQ:そうですね。僕の場合は10代からずっとファッションが好きなこともあって、音楽とファッションがイコールで結びついています。そもそも音楽って、そこに付随したファッションが生まれて、それが一つのカルチャーになっているものが多い。ヒップホップや、レゲエは代表的な例です。日本は後から音楽をインポートしてきたところがあるので、音楽とファッションがあまり密接にないというのは感じますね。でも、そのごちゃっているところが日本の良さだと思うんです。僕みたいなのもいれば、ヨレヨレのTシャツで歌うロックンロールも、かなりファッション的にイケてる。別にバンドでハイブランドを着てる奴がいてもいいと思うし、お互いにそれをリスペクトしあうのがクールだと思う。

━━バンドのあり方や、作る音楽、そしてファッションの捉え方など、JQさんのスタイルは固定観念にとらわれず柔軟ですよね。

JQ:別に「僕たちはこういう音楽だけをやるんで」と言うようなこともないし、その分、明日違う曲を書いたとしても誰かに文句を言われる筋合いもない。僕らが楽しければそれでいい。もちろん、本音はお客さんに全部の曲を四六時中聞いていてほしいけど、でもそんなわけにはいかないじゃないですか(笑)。「その人がはまったタイミングで聴いてくれればいい」って思ってるんです。例えば、Beastie Boysのセカンドアルバムって、当時はすごく叩かれたんですよね。かなりゴリゴリのヒップホップをやったから「あのバンドが!?」と驚かれてしまった。でも、ヒップホップ業界では名盤と言われているんですよ。やっぱりいろんな奴がいるから、僕たちが合わせると言うより、相手にどこかではまるタイミングがくるといいなという気持ちです。

━━ご自身のスタイルが確立しているんですね。

JQ:そうですか? でも、ほら、僕っていうことに関しての世界一位って、僕以外にいないから。

━━めちゃくちゃいい考え方!

JQ:誰かと比べるとしんどくなるじゃないですか。だからこそ、そう思うようにしているんだと思います。根はネガティブなんですよ(笑)。音楽や、夢に向かっていくことって、見たことのない景色に飛び込むことだから、不安とワクワクは表裏一体です。コイントスみたいなもので、ワクワクが勝っていればその分不安は見えないし、不安のときはワクワクが見えなくなってしまう。せっかくコインを投げているんだったら常に表のワクワクが出るようなチートをしたいと思っているんです。もちろん、たまに裏にもなるんですけどね。そういうときは「神様、意地悪っすね」って考えるようにしています(笑)。「ポジティブでいいね」と言われることもありますけど、でも「そっちの方がよくね?」って単純に思うんです。

Credit

Styling Lamda Takahashi
hair-make Daiki Okinaga

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