いだてん紀行

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2019年12月1日放送

東洋の魔女

『東洋の魔女』メンバーの谷田絹子さん。
谷田さん
魔女って言われるのは、最初はすごく嫌でしたね。でもやってるうちに、自分から「魔女はね…」という言葉が出るようになって。
当時は、選手も監督もアマチュア。昼間は工場で働き、練習は夕方から。
谷田さん
練習が終わるのは、先生がよしと思ったら。その日のうちに終わったことはないですね。
「なぁブタまん。なぜボールを前に飛ばすんじゃ。上にあげるんじゃろ。こんな高い手でバテーンと当てたら飛んでしまうやろ」大松博文監督〈映画『挑戦』(1964年)より〉
『鬼の大松』といわれた監督は、選手にとって父親のような存在。厳しい指導でしたが時にはけんかも。まさに家族のような一体感が生まれました。
谷田さん
私がこれだけ一生懸命すれば、この人も一生懸命やってくれるだろう。そういうのが集まって、一つの輪ができるんであってね。
オリンピックで獲得した金メダルは、監督との絆で生まれたものでした。
谷田さん
先生だけ(メダルが)ないから、みんなのメダルを先生の首に全部かけて。「先生いっぱいメダル持ってるやん」とか言いながら。それで「返してね、これ私のやから」って(笑)。「勝ってよかったね」ってみんな喜んでくれたけど、自分には「あんたたちのためやない、自分のためや」って、そう言い聞かせていました。人のために、できますか?

演出 山崎エマ/西口友人プロデュース 橋本佳子