元関東テニス協会 常務理事 金田昭彦さん
(五輪当時)熊谷さんだけは軟式のグリップで、そのまま軟式のスタイルで硬式の試合をやられました。
テニスが日本に伝わった明治時代、硬式ボールは輸入品しかなく、当時はとても高価なものでした。そこで安い国産のゴムボールを代用した「軟式テニス」が日本で生まれます。
熊谷は軟式のプレースタイルで大活躍した後、ニューヨークに渡り、銀行員として働きます。アメリカでもプレーを続け、全米3位まで駆け上がりました。
そして迎えたアントワープ。金栗たちの苦戦を受け、今までにない緊張の中、試合に臨んだそうです。
金田さん
この人がいなかったら、日本のテニス界の発展も、テニス人口の増加もなかったでしょう。そのつながりで、ここまでポピュラーなスポーツになってきたんだと思います。
錦織選手らの活躍が期待される東京五輪。熊谷のメダルからちょうど100年です。